夏雲 (駆逐艦)

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1939年11月22日に撮影された夏雲
艦歴
計画 マル2計画
起工 1936年7月1日
進水 1937年5月26日
就役 1938年2月10日
その後 1942年10月12日戦没
除籍 1942年11月15日
性能諸元
排水量 基準:約2,000t、公試:2,400t
全長 118.00m
全幅 10.386m
吃水 3.71m(平均)
機関 艦本式オール・ギアードタービン2基2軸
ロ号艦本式重油専焼缶3基
50,000hp
最大速力 34.85kt
航続距離 18ktで5,190浬
燃料 重油580t
乗員 230名
武装(新造時) 50口径12.7cm連装砲 3基6門
25mm機銃 Ⅱ×2
(または13mm機銃 Ⅱ×2)
61cm4連装魚雷発射管 2基8門
(九〇式魚雷16本)
九一式爆雷×36

夏雲(なつぐも)は、大日本帝国海軍駆逐艦朝潮型の7番艦である。

艦歴[編集]

佐世保工廠1936年(昭和11年)7月に起工、1938年(昭和13年)2月に竣工し、同時に第41駆逐隊に編入された。のち第三予備艦となり横須賀海軍工廠蒸気タービン機関の改造工事を実施した(臨機調事件)。

1939年(昭和14年)11月15日、所属の第41駆逐隊が第9駆逐隊となり、翌年11月15日、第9駆逐隊は第2艦隊第4水雷戦隊に編入された。

太平洋戦争開戦時には、同型艦「朝雲」「山雲」「峯雲」と共に第9駆逐隊に属し、ジャワ島攻略作戦、クリスマス島攻略作戦を支援した。1942年(昭和17年)4月20日から横須賀で入渠修理を実施し、6月のミッドウェー海戦に参加した。一時、北方部隊に編入されたが、8月19日、トラックに入港し、24日の第二次ソロモン海戦に参加、さらにガダルカナル島増援輸送に3回従事した。

1942年10月12日、ガダルカナル島輸送の帰途に、サボ島沖海戦での生存者を救出した。更にガダルカナル島から発進した米軍機の空襲を受け航行不能となった駆逐艦「叢雲」の救援に向かったが、サボ島沖で米軍機の至近弾を受け浸水により沈没。塚本艦長以下18名が戦死し、生存者は「朝雲」に収容、11月15日に除籍された。

歴代艦長[編集]

艤装員長[編集]

  1. 北村昌幸 中佐:1937年8月16日 - 1937年12月18日

艦長[編集]

  1. 北村昌幸 中佐:1937年12月18日 - 1938年11月15日
  2. 溝畠定一 中佐:1938年12月1日 -
  3. 原田耕作 少佐:1939年1月20日 -
  4. 大田春男 少佐:1939年7月24日 -
  5. 塚本守太郎 中佐:1940年1月25日 - 1942年10月12日戦死

参考文献[編集]

  • 雑誌「丸」編集部『ハンディ版 日本海軍艦艇写真集17 駆逐艦 初春型・白露型・朝潮型・陽炎型・夕雲型・島風』光人社、1997年。