塩水港精糖
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| 種類 | 株式会社 | ||
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| 市場情報 |
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| 本社所在地 | 〒〒103-0012 東京都中央区日本橋堀留町2-9-6 |
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| 電話番号 | 03-3249-2381 | ||
| 設立 | 1950年7月1日 | ||
| 業種 | 食料品 | ||
| 事業内容 | 砂糖の製造販売、不動産業 | ||
| 代表者 | 代表取締役社長 浅倉三男 | ||
| 資本金 | 17億5000万円(2006年3月31日現在) | ||
| 売上高 | 単体174億2700万円、連結252億4400万円(2006年3月期) | ||
| 総資産 | 単体415億8800万円、連結416億6700万円(2006年3月31日現在) | ||
| 従業員数 | 単体45人、連結90人(2006年3月31日現在) | ||
| 決算期 | 3月 | ||
| 主要株主 | 三菱商事24.0%、自己株式14.31%、パールエース8.25%、みずほコーポレート銀行4.27%(2006年3月31日現在) | ||
| 主要子会社 | パールエース | ||
| 外部リンク | http://www.ensuiko.co.jp/ | ||
塩水港精糖株式会社(えんすいこうせいとうかぶしきがいしゃ)は、砂糖の製造販売を行う製糖会社。
目次 |
[編集] 概要
『パールエース』印の砂糖で知られる。
1903年(明治36年)に台湾鹽水港廳下岸内庄(現・台南県塩水鎮所属)に設立された製糖会社が源流。日本で3番目に古い伝統を持つ製糖会社である[1]。また、台湾での創業から社名がそのまま単独で受け継がれている、数少ない企業の一つである[2]。
1964年から大洋漁業(現在のマルハ)と資本提携を行っていた。2005年3月には傘下を離脱、新たに三菱商事の系列となった。
澱粉を原料としたサイクロデキストリン(環状オリゴ糖)に関する技術を有し、開発した商品は甘味料における「オリゴ糖」ブームのきっかけともなった。
[編集] 沿革
- 明治36年12月 台湾塩水港庁岸内庄で(旧)塩水港製糖会社が創立。
- 明治42年5月20日 軽便鉄道規格の専用線新営庄-塩水港間旅客営業開始、台湾最初の糖業旅客鉄道。
- 昭和20年11月 台湾における資産が国民政府に接収された。
- 昭和25年7月 大阪府大阪市において(旧)塩水港製糖会社の資産を引き継ぎ、塩水港倉庫株式会社として設立。
- 昭和25年8月 塩水港精糖株式会社に改称。
- 昭和26年1月 精糖事業を復活。
- 昭和36年10月 東京証券取引所第2部に上場。
- 昭和38年8月 粗糖輸入自由化実施。
- 昭和39年8月 大洋漁業株式会社(現在のマルハ)と資本提携。
- 昭和48年1月 大阪府泉佐野市に大阪工場竣工。
- 昭和54年7月 大阪工場を大新製糖株式会社に譲渡。
- 昭和57年4月 農林水産省食品総合研究所と共同して、サイクロデキストリンの研究に着手。
- 昭和57年4月 エントウ産業株式会社(現株式会社イーエス)設立。
- 昭和58年10月 東洋精糖株式会社と業務提携し、太平洋製糖株式会社を設立。横浜工場を賃貸し、昭和59年1月に共同生産開始。
- 昭和58年10月 サイクロデキストリンの生産を開始。
- 平成2年11月 乳果オリゴ糖の生産を開始。
- 平成4年3月 乳果オリゴ糖の市販用製品販売開始。
- 平成5年10月 大新製糖株式会社を吸収合併。
- 平成7年10月 乳果オリゴ糖「オリゴのおかげ」厚生省「特定保健用食品」標示許可取得。
- 平成9年5月 「横浜さとうのふるさと館」開館(平成16年5月閉館)。
- 平成9年6月 株式会社横浜国際バイオ研究所設立。研究部門を分離。
- 平成13年3月 東洋精糖、日本精糖(現フジ日本精糖)と業務提携し、太平洋製糖株式会社で10月共同生産開始。9月横浜工場を太平洋製糖株式会社へ譲渡。
- 平成13年10月 大日本明治製糖と業務提携(11月大東製糖が参加)し、平成14年3月に関西製糖株式会社を設立。大阪工場を賃貸し、平成14年7月に共同生産開始。
- 平成17年3月 マルハとの資本提携解消。三菱商事と資本提携。パールエースの株式取得[3]。
[編集] 関係会社
[編集] 連結子会社
- パールエース(東京都千代田区)(食品事業)
- イーエス(東京都中央区)(食品事業)
- 横浜国際バイオ研究所(神奈川県横浜市金沢区)
[編集] 関連会社
- 太平洋製糖(神奈川県横浜市鶴見区)
- 関西製糖(大阪府泉佐野市)
- 南西糖業(鹿児島県鹿児島市)
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ 塩水港精糖株式会社公式ホームページより
- ^ 台湾製糖の流れを持つ、三井系の「台糖株式会社」もあるが、戦後の一時期に社名が台湾とは関係ない名前になっている。また同じく台湾で創業した明治製糖も、内地で創業の大日本製糖と合併している
- ^ マルハはパールエールを通じて塩水港精糖の発行済み株式50.18%を持っていたが、その内24%を三菱商事に30億 円弱で譲渡し、パールエース株式全部を塩水港精糖に売却した。

