塀内夏子

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塀内 夏子
(旧:塀内 真人)
本名 塀内 夏子
生誕 1960年6月30日(53歳)
日本の旗 神奈川県川崎市宮前区
国籍 日本の旗 日本
職業 漫画家
活動期間 1979年 -
ジャンル 少年漫画
青年漫画
スポ根漫画スポーツ漫画
代表作 オフサイド
Jドリーム』など
受賞 別マ少女まんがスクール銀賞(1979年
週刊少年マガジン新人漫画賞入選(1982年11月)
公式サイト なつこの部屋
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塀内 夏子(へいうち なつこ、1960年6月30日 - )は、日本漫画家神奈川県川崎市宮前区出身。女性。元ペンネームは、塀内真人(へいうち まさと)。主に講談社漫画雑誌スポ根モノを手がける。

経歴[編集]

神奈川県川崎市宮前区出身。神奈川県立多摩高等学校在学中に本格的に少女漫画を描き始め、処女作の「ボロクズ」が別マ少女まんがスクール銀賞を受賞し、『別冊マーガレット』(集英社1979年2月増刊号に掲載されてデビュー。その後、武蔵野美術大学に進学するものの中退(塀内本人は学費未納で除籍と言っている)。大学在学中に石垣プロダクションに勤務[1]するが、1年ほどで辞めて、少年漫画を描き始める。山をテーマにした「背負子と足音」が週刊少年マガジン新人漫画賞に入選(1982年11月入選)し、『週刊少年マガジン』(講談社1983年1・2合併号に掲載されて、再デビューを果たす。

その後、主に講談社系の少年誌にスポ根漫画を発表。2000年代半ばからは青年誌・女性誌にも発表の場を広げる。

人物[編集]

  • 本名では恥ずかしいということで、弟の名前を拝借して塀内真人というペンネームを使用。『週刊少年マガジン』からも女性が描いた少年漫画では評判が悪くなるということで、そのまま使用していた。『オフサイド』の連載途中、元号平成に変わったのを機にペンネームの使用を止め、本名に戻した。
  • 『週刊少年マガジン』1984年39号で発表した読み切り「海よ、おまえは」で、石垣島の空港建設(新石垣空港)をテーマに空港建設が決まったかのように描き、石垣島空港建設に反対するグループから猛烈な抗議が寄せられた。数号後、同誌上で塀内のイラスト入りでお詫びの文章が掲載された。
  • スポ根を描くならスポーツを好きでなくてはならないという信念を持ち[2]、大のスポーツ好き。高校時代はワンダーフォーゲル部に所属し、2008年には日本百名山の完登を果たしている。2000年にはスノーボードで骨折している。
  • 『Jドリーム』の取材旅行中、ドーハの悲劇を現地で体験している。
  • 魁!!クロマティ高校』の大ファンで、キャラクターの人気投票に投票し、同作品の見出しで「東京都の塀内夏子ちゃん、応募ありがとう!!」と誌面で晒された。
  • 島本和彦ラジオ番組島本和彦のマンガチックにいこう!』に出演したことがある(2004年2月14日放送)。
  • 『フィフティーン・ラブ』連載時にプロ野球・近鉄バファローズのファンであることを公表していた。同作の主人公のテニスウェアが作の途中からバファローズのウィンドブレーカーをモチーフにしたデザインに変更されている。

作品リスト[編集]

主な連載[編集]

短編・読み切り等[編集]

短編の大半は、「ダイヤモンド芸夢」「夢千代パラダイス」「サーカス★ドリーム」「塀内夏子短編集1」「塀内夏子短編集2」(いずれも単巻)及び、連載作品のコミックスに収められている。『週刊少年マガジン』、『週刊少年マガジン増刊』、『マガジンFRESH』、『マガジンSPECIAL』等で不定期に掲載された漫画家漫画は、「雲の上のドラゴン」(全1巻)として刊行されている。

脚注[編集]

  1. ^ 六神合体ゴッドマーズ』等の作品にクレジットされている。
  2. ^ 『雲の上のドラゴン』P.45

外部リンク[編集]