埼玉県立熊谷高等学校
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| 過去の名称 | 埼玉県第二尋常中学校 |
|---|---|
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 | 埼玉県 |
| 学区 | 旧第六学区 |
| 校訓 | 質実剛健 文武両道 自由と自治 |
| 設立年月日 | 1895年6月1日 |
| 開校記念日 | 10月6日 |
| 共学・別学 | 男女別学・男子校 |
| 課程 | 全日制課程 定時制課程 |
| 設置学科 | 普通科 |
| 学期 | 3学期制 |
| 高校コード | 11102D |
| 所在地 | 〒360-0812 |
|
埼玉県熊谷市大原1-9-1
北緯36度9分14.9秒東経139度22分45.4秒 |
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| 電話番号 | 048-521-0050 |
| FAX番号 | 048-520-1057 |
| 外部リンク | 公式サイト |
埼玉県立熊谷高等学校(さいたまけんりつくまがやこうとうがっこう)は埼玉県熊谷市にある県立の高等学校。
目次 |
[編集] 概要
1895年(明治28年)、埼玉県第二尋常中学校として創設された。県下の公立校としては埼玉県第一尋常中学校(現埼玉県立浦和高等学校)に次ぐものである。戦後、新制埼玉県立熊谷高等学校となった。開学以来男子校である。早くから私服での登校が認められており、校風は極めて自由である。
通称は、特に若年層や中学校・学習塾の進路指導の場面において、熊谷工業高校の略称である「熊工」と区別するために「熊高(クマタカ)」と呼称する場合もあるが、伝統的には「熊高(クマコウ)」であり、校歌に歌われていることもあって学校関係者は世代に関係なくこちらを使用することが多い。
[編集] 校訓
- 「質実剛健」「文武両道」「自由自治」
- 部活動への加入率は高く[1]、また自由な校風を有している。
[編集] 校風
自由な校風を有することが特徴である。その中のひとつとして、「カクト」と呼ばれる制度がある。これは、担当教員の出張などにより授業が休講となる場合に出される自習時間のことであり、「各自図書館自習」の略称である。しかしながら、実質的には何をしても良い時間であり、自習時間の利用方法は生徒各々の自主性に任される。また、カクトの時間を最終時限目と入れ替え、放課を早めることができる場合もある。この行為は「トを上げる」と呼称される。このため、同校においては生徒が授業時間中に校内を歩いていたり食堂で食事をしていたとしても、教員がそれをとがめることは通常ない[2]。
このほかの同校の自由な校風を象徴するものとして以下のようなものがある。例えば文化祭の出し物はクラス単位で行われることが一般的であるが、同校の熊高祭においては仲の良いグループを募って「サークル」を形成し、そのサークル単位で行うことが恒例となっている[3]。また、修学旅行に関してもほとんどがグループ単位での行動であり、宿泊地もグループ単位で異なる[4]。また、服装検査や頭髪検査、持ち物検査などの校規検査は一般的に行われない。
このほか、小規模な行事であろうと肩を組んで校歌を斉唱する習慣がある。文化祭や体育祭、生徒集会や全校集会などの行事では必ず肩を組んで校歌が斉唱される。生徒が自ら好んで校歌を歌うことが多い[5]。
[編集] 学校生活
[編集] 学校行事
男子校ならではの特徴的な行事がある。以下に主な行事について記述する。
[編集] 40キロハイク
毎年5月中旬から下旬ごろに行われる行事。熊谷の荒川河川敷から秩父線上長瀞駅までのおよそ40キロを歩いたり、走ったりする。服装は基本的に自由であるが、大半の生徒は仮装をして参加する。仮装の内容は社会風刺や下ネタ[6]などがある。完歩率は高く、例年90パーセント以上を維持している。[7]
[編集] 臨海学校
1年次の7月中旬に行われる行事。新潟県柏崎市の鯨波海岸で、主に遠泳が行われる。県内では浦和高校と蕨高校と同校の3校のみでみられる行事である。[8]開始以来無事故。これまで毎年行われてきたが、2007年度は開始予定前日に発生した新潟県中越沖地震の影響で初めて中止となった。
[編集] 熊高祭
毎年9月に行われる、文化祭と体育祭の総称である。前者については、先述の通り仲の良い者同士や部活動単位で「サークル」を形成し、そのサークル単位で出し物を行うことが特徴である。また、応援団による「勝利の伝統」や、「秩父支部劇」、女装してパフォーマンスなどを行う「ミス熊高」などが行われる。体育祭に関しては、珍棒(ちんぼう)を用いる「珍百足」(ちんむかで)や、水泳やタイヤ引きなどを連続して行い体力と気力を試す個人競技「鉄の男」といった特徴的な種目がみられる。
[編集] 修学旅行
2年次の11月頃に行われる。例年の行き先は関西地方や九州地方、北海道などであるが、行き先は1年次に決定される。このほか、先述の通り宿泊地をグループ毎に各自選択することができることが大きな特徴である。例えば、行き先が関西地方の場合は、初日の広島が宿泊地として指定されているのみで、それ以降の宿泊地は岡山、神戸、高松、大阪などからグループごとに選択することができる。初日が広島、2日目が岡山、3日目が大阪、4日目が京都というグループがある一方、初日が広島、2日目が神戸、3日目が高松、4日目が京都、というグループがあるなど、自由に選択できる幅が広い。
[編集] 部活動
「文武両道」の精神にのっとり、部活動への加入率は高い傾向にある。なお、2008年度における部活動への加入率は、運動部が63.8%、文化部が14.6%、愛好会(サークル)が15.6%であり[9]、これらを合計するとのべ94%である。2つ以上の部活動を兼部することもできる。
硬式野球部が1951年、1982年などに3回夏の甲子園に出場しており、うち1951年の大会においては準優勝した。このほか、剣道部、陸上部、軟式野球部、ラグビー部、水泳部、弓道部、ソフトテニス部、バレーボール部、山岳部、将棋部なども県大会や全国大会へ出場を果たしている[要出典]。
[編集] 授業
2008年度からは土曜日の授業が隔週で行われるようになった。このほか、医歯薬科系進学クラスが設けられている。
[編集] 進学実績
例年、一橋大学、東北大学などの国公立大学に現役浪人合わせのべ100名前後の生徒が合格する。また、私立大学に関しても同じく早稲田大学、慶應義塾大学、MARCHなどの難関大学に合格する生徒が多い。
[編集] 設備
校舎は、各教室が集まるホームルーム棟(4階建て)、職員会議室などがある本館(3階建て)、そして各種理科室などがある理科棟(3階建て)の3つがある。このうち本館は1980年に竣工したものであるが、かつての本館(木造2階建て)は1978年3月18日に焼失した。なお、校歌に歌われている「赤甍」とは旧本館のそれを指し、現在の本館の赤甍風の屋根はそれの模倣である。理科棟を除き全館冷暖房完備。このほか、屋内型温水プール、記念館(図書館)、学生食堂、合宿棟などの設備がある。
[編集] 校歌・応援歌
- 校歌(作詞:石坂養平、作曲:山田耕筰)
- 埼玉県内の旧制中学校の流れを汲む学校としては唯一新制高校の校歌を新作したが、当時音楽教員であった荒井敬正が山田耕筰との間に交流があったことから作曲されたという経緯がある。他に応援歌として「第一、第二応援歌」等があり、山田耕筰が作曲した明治大学校歌・応援歌「紫紺の歌」を規範としたといわれる[10]。応援歌では六校応援団による「日輪の下に」や熊谷高校応援団披露「勝利の伝統」があり、部活動応援で生かされる。
[編集] 校外交流
特に古くからの関係を持つ埼玉県立浦和高校、川越高校、春日部高校との交流、対抗試合等には多くの関心が寄せられ、また早稲田大学本庄高等学院、慶應志木高校等の埼玉県下有名校に対して同様な意識を維持しながらも、110年の歴史の中で育まれた熊高文化を形成している。
新制以降、県外では東京都立国立高校、神奈川県立小田原高校、福島県立安積高校との交流関係が築かれた時期もあった[要出典]。近年では熊谷市の姉妹都市として締結されたニュージーランド・インバーカーギル市に所在する Southland Boys' Highschool, SBHS との交流がある [11]。
[編集] 交通
- 熊谷駅より徒歩30分
- 秩父鉄道秩父本線上熊谷駅・石原駅より徒歩20分
- 朝日バス熊谷駅-妻沼仲町経由-太田駅・西小泉駅・妻沼聖天前・(東武CITY)妻沼 各線:気象台入口停留所または西箱田停留所下車、徒歩10分
電車通学を行う生徒は最寄駅から自転車を利用することができる。
[編集] 主な出身者・関係者
[編集] 政治・行政
- 佐々木正峰 - 元文化庁長官、国立科学博物館長
- 江利川毅 - 厚生労働事務次官、元内閣府事務次官
- 戸苅利和 - 元厚生労働事務次官
- 北爪由起夫 - 駐カタール大使、日本貿易保険理事、特許庁総務部長、通産官僚
- 大澤芳夫 - 長瀞町長
- 富岡清 - 熊谷市長
- 新井家光 - 深谷市長
- 増田敏男(旧制中学退学 - 少年航空兵) - 元熊谷市長、元衆議院議員・厚生労働副大臣等
- 田並胤明 - 元衆議院議員
その他、県議、区市町村議を多く輩出。
[編集] 経済
- 大塚睦毅 - JR東日本代表取締役会長
- 福田敏夫 - 東芝電子アジア社長
- 根岸徹次 - テントエンターテイメント プランニングオフィス代表取締役
- 藤重貞慶 - ライオン株式会社代表取締役取締役社長
- 重崎高至 - 株式会社シバソク代表取締役社長兼CEO
[編集] 学者・研究者
- 服部陽一 - 金沢工業大学副学長、工学部教授
- 片柳亮二 - 金沢工業大学 工学部教授
- 井桁和浩 - ATR(国際電気通信基礎技術研究所)環境適応研究所
- 竹本修三 - 京都大学大学院理学研究科教授
- 樋口忠彦 - 京都大学大学院工学研究科教授
- 桜井至 - アントリム・デザイン・システムズ社技術研究所
- 今村都南雄 - 中央大学法学部教授
- 安田延壽 - 東北大学理学部教授
- 鈴木淳一 - 昭和大学小児外科講師
- 嶋村紘輝 - 早稲田大学商学部教授
- 根岸俊雄 - 大妻女子大学ライフデザイン学科講師
- 横山篤史 - 日本テキサス・インスツルメンツ技術者
- 原口悟 - 東京大学海洋研究所海洋科学特定共同研究員
- 大谷弘之 - 東京工業大学大学院生命理工学研究科准教授
- 荘司郁夫 - 群馬大学工学部機械システム工学科准教授
- 戸矢学 - 日本文化・神道研究者「古神道・陰陽道論」
- 薗田稔 - 京都大学名誉教授
- 江原淳 - 専修大学教授
- 松本健一 - 麗澤大学教授、日本思想史研究者、司馬遼太郎賞受賞
- 桑子敏雄 - 東京工業大学大学院社会理工学研究科教授
- 鳥海基樹 - 首都大学東京建築都市コース准教授
- 浜日出夫 - 慶應義塾大学文学部社会学専攻教授
- 乾孝治 - 明治大学准教授
- 関根義彦 - 三重大学大学院生物資源学研究科教授
- 橋本修一 - 徳島大学大学院工学研究科教授
- 新井達郎 - 筑波大学大学院数理物質科学研究科教授
- 根岸雄一 - 東京理科大学理学部応用化学科講師
- 佐藤吉信 - 東京海洋大学教授
- 新井由紀夫― 御茶ノ水大学准教授 西洋史学、イギリス中世後期史
- 宮川公男 - 一橋大学名誉教授
[編集] 法職
- 南雲芳夫 - 川崎公害訴訟等
- 遠山勉 - 日本知的財産協会
[編集] 医師
- 堤治 - 東京大学大学院医学系研究科教授
- 金谷文則 - 琉球大学医学部整形外科学講座教授
- 内山真一郎 - 東京女子医大教授、長嶋茂雄主治医
- 新井達太 - 東京慈恵会医科大学心臓外科元教授、埼玉県立循環器・呼吸器センター名誉総長
- 大澤三金吾(旧制中学から東京医専)- 稲川会副理事長、七代目八木田一家総長
- 押田茂實 - 日本大学医学部法医学教授
- 富田靖 - 名古屋大学大学院医学系研究科皮膚病態学教授
- 白倉賢二 - 群馬大学医学部附属病院リハビリテーション部教授
- 宮下和也 - インターネット医科大学甲状腺科・感染症内科教授
- 大島茂 - 群馬県立心臓血管センター院長
- 加部一彦 - 小児科医、愛育病院新生児科部長、文仁親王妃紀子の長男悠仁親王出産を担当
- 太田嘉英 - 東海大学医学部外科学系口腔外科学教授
- 篠村恭久 - 札幌医科大学第一内科 教授
[編集] スポーツ
- 荻原隆 - 元プロ野球選手
- 田岡利久 - 元プロ野球選手
- 服部茂次 - 元プロ野球選手
- 福島郁夫 - 元プロ野球選手
- 佐々木保昌 - 元プロ野球選手
- 横川賢次 - 元立教大学野球部監督
- 宿澤広朗 - 元ラグビー日本代表監督
- 山岸範宏 - 浦和レッドダイヤモンズGK
[編集] 音楽
[編集] 俳優・タレント
- 相島一之 - 「新選組」「ショムニ」「富豪刑事」等
- 田中順一 - HONDAのCMや雑誌モデル
- 市川治 - 声優「機動戦士ガンダム第08MS小隊」「超電磁マシーンボルテスV」等
[編集] 詩歌文芸
[編集] メディア関連
- 佐藤健 - 元毎日新聞論説委員
- 江森陽弘 - 元朝日新聞論説委員
- 関口健 - NHKアナウンサー
- 稲垣伸寿 - 小学館編集長
- 吉田匠 - モータージャーナリスト
- 大野治夫 - 気象予報士
- 増田卓 - NHKアナウンサー
[編集] 芸術・雑
- 弘中又一 - 夏目漱石の小説「坊っちゃん」の主人公のモデルとなった第二中学の教員
- 小林秀三 - 田山花袋『田舎教師』モデル
- 関口照生 - 写真家・コメンテーター
- 須田剋太 - 日本画家
- 嶋崎誠 - ガラス作家:ガラス彫刻コンペティショングランプリ
- 入江悠 - 映画監督
[編集] 脚註
- ^ http://www.kumagaya-h.spec.ed.jp/zennichi/dayori/dayori_1.pdf 熊高だより 2008年4月号
- ^ 「われら」(熊谷高校生徒会発行)第50号 15頁、「われら」(熊谷高校生徒会発行)第47号 17-33頁
- ^ 「われら」(熊谷高校生徒会発行)第50号 17頁
- ^ 「われら」(熊谷高校生徒会発行)第50号 21頁
- ^ 「われら」(熊谷高校生徒会発行)第50号 17頁
- ^ 「われら」(熊谷高校生徒会発行)第48号 33頁
- ^ 2009年の完歩率は96%であった。これは平年よりも高い。
- ^ 同行事と40キロハイクとを経験して初めて「真の熊高生」となるとも言われる、1年次メインの行事のひとつである。
- ^ http://www.kumagaya-h.spec.ed.jp/zennichi/dayori/dayori_1.pdf 熊高だより 2008年4月号
- ^ 『熊谷高校百周年誌』「甲子園大会出場と新校歌の誕生」(記:鈴木長作)606-608頁
- ^ "国際交流" (日本語). 熊高公式ホームページ. 2009-02-14 閲覧。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 埼玉県立熊谷高等学校
- 熊高祭 - 熊谷高校の文化祭

