城田じゅんじ
| 城田じゅんじ | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生名 | 城田純二 |
| 出生 | 1949年12月30日(62歳) |
| 学歴 | 京都産業大学法学部 |
| 出身地 | |
| ジャンル | フォークソング ブルーグラス |
| 担当楽器 | 歌 バンジョー ギター フィドル |
| 共同作業者 | ザ・ナターシャー・セブン |
城田 じゅんじ(しろた じゅんじ、本名・城田純二、1949年12月30日-)は、日本のバンジョー演奏家のパイオニア。静岡県生まれ。京都産業大学法学部卒業。
高石ともやとザ・ナターシャー・セブン(文中、ナターシャーと略)のメンバーとして知られる。
[編集] 音楽活動
ナターシャーの前身である、バックステップ・カントリー・バンドの頃から高石ともやと活動。
1970年代を通してナターシャーとして活躍していたが1980年代に入り意見の対立からグループは活動停止状態となる。そのためアルバム制作ができなくなりレコード会社とは契約不履行となり、ナターシャーの全アルバムが廃盤状態となってしまう。
メジャーレーベルでの活動ができなくなったため、各メンバーはそれぞれ独自の活動を余儀なくされる。 城田は坂庭省悟との活動は継続しつつ、バードランド(アイリッシュ、ブリティッシュ・トラッド、ジャズ、クラシックを融合した独自の音楽)との活動にも参画するが、やがて活動の拠点をアメリカに移す(1984年)。アルバイトを余儀なくされる苦境にありながら世界的なバンジョープレイヤーとしての地位を勝ち得る。
1990年代の終わり頃、ナターシャーもようやく雪解け状態になり過去の音源もCD化されリユニオン・コンサートもたまに開かれるようにはなった。
代表的なソロアルバムは「Soft shoes」(東芝EMI)。このアルバムのサブタイトルには「城田じゅんじ from THE NATARSHERE SEVEN」とクレジットしてある。
2004年に下記の事件を起こし芸能界を去るが、2010年、アイリッシュパイプ奏者のパディ・キーナンのサポートメンバーとして活動再開。
2011年7月10日、京都・円山音楽堂で開催された「最後の宵々山コンサート」に、ザ・ナターシャー・セブンとして久しぶりに顔を見せ、高石ともやらと一緒に演奏した。
[編集] 傷害致死事件
バンジョーが趣味であった、タレントの田中美羽と知り合い、2000年ごろから田中は城田のマネージャーとなる。また、私生活面でも二人は交際・同棲するようになった。
2004年5月27日夜から翌日未明にかけ、結婚を巡り二人は口論となった(城田は別居中の妻子がいたが、離婚は成立していなかった)。
その際、逆上した城田は田中の頭部を何度も強く殴打、田中は急性硬膜下血腫により28日に搬送先の病院で死亡が確認された。城田は傷害致死容疑で逮捕、その後起訴される。
同年12月2日、東京地方裁判所は城田に対し懲役5年の実刑判決を言い渡した。