坂東家橘 (初代)
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初代 坂東 家橘(しょだい ばんどう かきつ、弘化4年(1847年) - 1893年(明治26年)3月18日)は幕末から明治にかけての歌舞伎役者。市村座座元の十四代目 市村 羽左衛門(じゅうよだいめ いちむら うざえもん)としても知られる。屋号は橘屋。定紋は、家橘としては根割り橘、羽左衛門としては根上がり橘、替紋は渦巻。俳名に家橘がある。
十二代目羽左衛門の三男で十三代目羽左衛門(後の五代目尾上菊五郎)の弟。嘉永3年(1851年)から三代目市村竹松を名乗る。明治元年8月(1868年9月)に十四代目市村羽左衛門を襲名。明治3年8月(1870年9月)には五代目市村家橘を襲名する。その翌年には市村羽左衛門に復名するが、同年秋にはまた市村家橘になり、翌年春には市村座の興行権を失ったことから市村姓を避けて初代坂東家橘を名乗った。
役者としては坂東家橘時代に最も活躍し、晩年になるにつれて芸域も広がり、和事・実事双方に本領発揮した。兄菊五郎ほど個性はなかったが品があった為「大納言」と言われた。 養子が十五代目市村羽左衛門。
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