坂戸駅

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坂戸駅
ホーム(2008年9月15日)
ホーム(2008年9月15日)
さかど - Sakado
所在地 埼玉県坂戸市日の出町1-1
所属事業者 東武鉄道
電報略号 サト
駅構造 地上駅
ホーム 島式 2面4線
乗降人員
-統計年度-
26,775人/日
-2010年-
開業年月日 1916年大正5年)10月27日
乗入路線 2 路線
所属路線 東上本線
キロ程 40.6km(池袋起点)
若葉 (1.7km)
(2.1km) 北坂戸
所属路線 越生線
キロ程 0.0km(当駅起点)
(2.8km) 一本松
備考 1976年 坂戸町駅から改称
南口(2004年12月25日)
北口(2004年11月14日)

坂戸駅(さかどえき)は、埼玉県坂戸市日の出町1番1号にある、東武鉄道である。

目次

[編集] 利用可能な鉄道路線

[編集] 駅構造

島式ホーム2面4線を有する地上駅で、1面を東上本線が使用し、もう1面を越生線が使用している。東上本線と越生線との間の乗り換えは跨線橋を経由する。

エスカレーターエレベーター定期券売場を設置している。

貨物営業を実施していた頃は、秩父鉄道または秩父鉱業線などから当駅で折り返して日本セメント専用線へ向かう列車、または日本セメント埼玉工場から下板橋のセメント包装所へ向かう列車などが行き交い、そのジャンクションの駅でもあったため、4線の本線の他、4線の貨物列車専用線を有していた。構内の若葉駅寄りに坂戸機関区が置かれ、電気機関車の基地となっていた。廃止後も当時の検修庫が残り、その線路のうち1線は越生線電車の留置線としても使用されている。また4線の貨物専用線のうち2線はすでに撤去され(現在の3番線の南側にあった貨物専用線跡は、3番線ホームの拡張に転用された)、4番線ホームの北側に2線のレールが一部残っている。

自由連絡通路が設置されていないため、公道で反対側に移動する必要のある市民からの不満が多かった[1]。そこで坂戸市では、当駅南北自由通路と橋上駅舎化のアイデアを募集し東武鉄道に働きかけた[2]。その結果、2007年12月に新駅舎を建設することが決定し、2008年3月に着工、2010年度に完成予定となっている[3]2009年3月20日から寄居・越生方に仮設した連絡通路を供用開始すると同時に既存跨線橋の池袋方の階段を閉鎖した[4]。その後、同年11月17日から新駅舎のうち中央階段とエスカレーター・エレベーター部分の供用を開始した[5]。2010年10月24日より、改札と事務室が橋上化され、南北の通路の行き来が可能となった。ただし、北口側の本階段・エレベーターは工事中となっている。


2011年4月21日より3・4番線で発車メロディーの使用を開始した。

[編集] のりば

1 越生線 川角武州長瀬東毛呂越生方面
2 越生線 川角・武州長瀬・東毛呂・越生方面
3 東上線 東松山森林公園小川町方面
4 東上線 川越ふじみ野志木和光市池袋
有楽町線 新木場副都心線 渋谷方面
  • 貨物列車専用線があった当時は、最も南口寄りの線が1番線、越生線と東上線下り本線との間にあった線が4番線となっており、そのため現在の1番線が2番線、2番線が3番線、3番線が5番線、4番線が6番線となっていた。

[編集] 利用状況

  • 2010年度の1日平均乗降人員は26,775人である。

[編集] 駅周辺

坂戸市の中心となる駅だが、幹線道路沿いにロードサイド店舗が多く進出したことなどから、当駅前の旧市街地はやや衰退傾向にある。このため、坂戸市では「坂戸駅周辺活性化推進室」を設置し、駅の橋上化とともに駅周辺の活性化を模索している[6]

[編集] 北口

[編集] 南口

[編集] バス路線

乗り場 系統 主要経由地 行先 運行事業者 備考
坂戸駅北口   大橋線 今宿・鳩山町役場前 大橋 川越観光自動車
  西コース 鶴舞東・西大家駅川角駅入口・坂戸駅北口 坂戸市役所 坂戸市内循環バス
西コース 北坂戸駅西口・健康増進施設・川角駅入口・坂戸駅北口 坂戸市役所 坂戸市内循環バス
東コース 運動公園勝呂公民館前・ことびき荘・東坂戸団地・若葉駅 坂戸市役所 坂戸市内循環バス
西コース
東コース
  坂戸市役所 坂戸市内循環バス
  ミッドナイトアロー東松山・森林公園駅   森林公園駅 東武バスウエスト 降車専用
川越駅東口本川越駅
金曜深夜運転
坂戸駅南口   ウィングライナー 京都駅大阪駅前東梅田駅)・湊町バスターミナル あべの橋 近鉄バス 夜行
高速バス成田線   成田空港 川越観光自動車
東武バスウエスト
千葉交通
羽田空港線   羽田空港 国際十王交通
東京空港交通
  鶴舞東・鶴舞南 - 坂戸駅南口コース 花影町 鶴舞東 坂戸市内循環バス 夕運転
  上新田・脚折線 関越病院・一本松駅入口 前山団地 つるワゴン
上新田・脚折線 長久保小学校入口・星和住宅前 鶴ヶ島市役所 つるワゴン
朝夕便 坂戸駅線 長久保小学校入口・保健センター・関越病院 坂戸駅南口 つるワゴン 朝夕運転

[編集] 歴史

  • 1916年大正5年)10月27日 - 坂戸町駅として開業。
  • 1932年昭和7年)2月17日 - 越生鉄道(後の越生線)開業。開業当初は貨物営業のみ。
  • 1934年(昭和9年)12月16日 - 越生鉄道(後の越生線)、旅客営業開始。
  • 1976年(昭和51年)9月1日 - 坂戸町の市制施行(同日)に伴い、坂戸駅に改称。
  • 1986年(昭和61年)11月1日 - 坂戸機関区廃止。
  • 2008年(平成20年)3月 - 駅舎改良工事着工。
  • 2011年(平成23年)4月 - 駅舎改良工事完成。

[編集] 砂利軌道線

砂利軌道線跡

当駅の西方、東上本線と越生線が分岐する中間にもう一本の線路が存在するが、これはかつて高麗川の河原で採取された砂利トロッコなどの簡易的な方法で運搬していた軌道跡である。1926年国土地理院発行の5万分の1地形図にはこの軌道がすでに記載されており、越生線よりも先に存在していたことになる。軌道は西方へ真っ直ぐ延び、現在の坂戸市立浅羽野中学校の敷地をかすめるように通って高麗川の河原へと進んでいた。1926年当時は更に高麗川沿いに先へ延びて、埼玉県道114号川越越生線の万年橋の近くまで達していた。後に途中の、現在の坂戸市三光町の地内に工場が設けられ、その専用線としての機能も有していた。

1960年頃には、前述の浅羽野中学校の先の河原までに軌道が短縮されている。全廃となった現在では、埼玉県道74号日高川島線の手前で線路は途切れ、その先は一部道路に転用されているが、一部は区画整理により廃線跡は消滅している状態である[7]

[編集] 隣の駅

東武鉄道
東上本線
TJライナー・快速急行
川越市駅 - 坂戸駅 - 東松山駅
急行・通勤急行・準急・普通
若葉駅 - 坂戸駅 - 北坂戸駅
越生線
坂戸駅 - 一本松駅

[編集] 脚注

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[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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