圓教寺

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圓教寺
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摩尼殿
所在地 兵庫県姫路市書写2968
位置 北緯34度53分28.1秒
東経134度39分29.3秒
山号 書寫山(しょしゃざん)
宗派 天台宗
寺格 別格本山
本尊 如意輪観音
創建年 康保3年(966年
開基 性空
別称 西の比叡山
札所等 西国三十三箇所27番
播磨西国三十三箇所1番
播州薬師霊場16番
神仏霊場巡拝の道 第75番
文化財 大講堂、鐘楼、釈迦如来及び両脇侍像、阿弥陀如来坐像ほか(重要文化財)
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食堂より常行堂を望む
左より常行堂・食堂・大講堂

圓教寺(円教寺、えんぎょうじ)は、兵庫県姫路市にある寺院で、天台宗別格本山である。山号は書寫山(書写山、しょしゃざん)。 西国三十三箇所第27番。

目次

[編集] 概要

「西の比叡山」とよばれるほど寺格は高く、西国三十三箇所中最大規模の寺院で、比叡山大山とともに天台の三大道場と並び称された巨刹である。京都から遠い土地柄でありながら、皇族や貴族の信仰も篤く、訪れる天皇・法皇も多かった。

境内は、仁王門から十妙院にかけての東谷、摩尼殿を中心とした中谷、三つの堂のある西谷に区分される。伽藍がある書写山(標高371m)山上一帯は兵庫県指定書写山鳥獣保護区の特別保護地区に指定されている。

山内の本多家霊所には本多忠刻に仕え、殉死した宮本武蔵の養子宮本三木之助の墓がある。 室町時代から明治時代までは女人禁制だったため、女性は東坂参道の入り口にある女人堂(現如意輪寺)までしか行けず、そこに札を納めて帰っていた。

2003年公開のハリウッド映画『ラストサムライ』の主なロケ地になり、2003年のNHK大河ドラマ武蔵』の重要なロケ地にもなった。

[編集] 歴史

書写山の山上にあり、康保3年(966年)、性空(しょうくう)上人の創建と伝える。元は素盞嗚命が山頂に降り立ち、一宿したという故事により、「素盞ノ杣」と言われ、性空入山以前よりその地には祠が祀られていたと言われる。山号の由来はこの「素盞」からのものと言われ、創建当初は「書写寺」と称した。姫路市と合併する以前は、飾磨郡曽左村と呼ばれていたが、この「曽左」も素盞に由来する。

性空の生年については西暦910年説、928年説があるが、いずれも没年からのものだが、98歳説、80歳説による。『性空上人伝記遺続集』によれば、性空は延喜10年(910年)の生まれで、貴族の橘氏の出であったという。性空は出家した時はすでに36歳であり、それから約20年間、霧島山脊振山など九州で修行を積んだ後、霊地を求めて旅に出、康保3年(966年)、57歳の時、書写山に庵を結んだのが書写寺の始まりであるという。『遺続集』によれば、天人が書写山内の桜の霊木を賛嘆礼拝するのを見た性空は、弟子の安鎮に命じて、生木の桜に如意輪観音の像を刻み、それを覆うように堂を建てた。これが如意輪堂(現摩尼堂)の創建で、天禄元年(970年)のことという。性空の伝記や説話は、前述の『遺続集』のほか、『元亨釈書』、『今昔物語集』などにもみえる。それらによると、性空は俗事を厭い、栄華や名声に関心がなかったが、都の皇族や貴顕の崇拝が篤かったという。中でも性空に対する尊崇の念が強かった花山法皇は、寛和2年(986年)来山して圓教寺の勅号を与え、米100石を寄進。性空はこの寄進をもとに大講堂を建立したという。花山法皇以外にも、後白河天皇後醍醐天皇など多くの皇族が行幸、また勅願により建物の改築・改修、建立がおこなわれている。

花山法皇勅願の「円教」という寺号には、輪円具足を教えるという意味がある。円の形は徳において欠けたところがなく、人間として最も成就した状態を象徴していることから、自己完成の道を教える寺ということになる。性空と結縁した法皇は、性空の姿に崇高な僧侶本来の姿を見たのであろう。

武蔵坊弁慶は一時期書写山で修行したとされており、机など、ゆかりの品も伝えられ公開されている。ただし史実である確証はない。 一遍一向俊聖国阿時衆聖らが参詣したことでも知られる。一遍は入寂直前に書写山の僧に、聖教を預けた。

[編集] 伽藍・境内

護法堂、手前が若天社、奥が乙天社
食堂1階
食堂
常行堂
榊原家墓所
本多家墓所(正面奥)

[編集] 境内の概要

圓教寺の境内は、姫路市街の北方に位置する書写山(371メートル)の山上一帯を占め、境内地は東西に長く広がる。市街地から近く、標高もさほど高くないが、境内地には自然環境が良好に保持され、山岳寺院の様相を呈する。古来、書写山への登山道としては、東坂、西坂、六角坂、刀出坂(かたなでさか)、鯰尾坂(ねんびさか)、置塩坂(おしおさか)の6つのルートがあったが、1958年に東坂に沿ってロープウェイが開通してからは、ロープウェイ山上駅から仁王門を経て、本堂にあたる摩尼殿へ上る参道がメインルートとなっている。

境内地は、明確な境界線はないが仁王門などのある「東谷」、摩尼殿付近の「中谷」、大講堂、食堂(じきどう)、常行堂、奥之院などのある「西谷」に分けられる。西国三十三所観音霊場の札所でもある摩尼殿が一山の中心となる堂であるが、大講堂や開山性空の像を祀る奥之院も、信仰上重要である。

[編集] 東谷

ロープウェイ山上駅から、ゆるやかな登りの参道を歩み、仁王門を経て摩尼殿までは徒歩15分ほどである。山上駅から仁王門へ至る参道は「西国巡礼の道」と称され、道の左右には、西国三十三所の各札所本尊を表した銅像が設置されている(1989年完成)。仁王門を通り、寿量院、圓教寺会館、十妙院を過ぎると、道は「権現坂」と称する下りの階段になり、下りきったところが摩尼殿の縁下である。

  • 椎名麟三文学碑 - ロープウエイ山上駅近くの広場にある。地元出身の作家椎名麟三を記念して1980年に建立されたもの。「言葉のいのちは愛である」の碑文は岡本太郎書。
  • 慈悲(こころ)の鐘 - 山上駅近くにある鐘楼で、1992年10月建立。鐘は参拝者が自由に撞くことができる。
  • 如意輪観音像 - 銅製。摩尼殿(本堂)本尊の分身像。1987年11月造立。
  • 西国三十三観音像 - 慈悲の鐘から仁王門までの参道沿いに並ぶ西国三十三箇所の観音像。
  • 仁王門 - 切妻造八脚門。江戸時代初期建立。県指定文化財。安置する金剛力士(仁王)像は室町時代の作で、姫路市指定文化財。
  • 圓教寺会館(宿坊)(旧金輪院)。本尊は阿弥陀三尊。

[編集] 中谷

前述の「権現坂」を下りきると、湯屋橋という小さな石橋があり、その先、崖上に本堂にあたる摩尼殿がある。

  • 摩尼殿 - 入母屋造、本瓦葺き、懸造の仏堂である。旧堂が大正10年(1921年)に焼失した後に再建に着手され、昭和8年(1933年)に落慶したもので、設計は武田五一である。近代の再建ではあるが、伝統様式による木造建築で、国の登録有形文化財に登録されている。内陣に造り付けの大厨子は5間に分かれ、向かって左の間から広目天、増長天、本尊如意輪観音、多聞天、持国天の各像を安置する。いずれも秘仏で、1月18日の修正会に開扉する。
    • 木造如意輪観音坐像 - 昭和8年(1933年)、石本暁海作。六臂の坐像である。像高97.0cm。
    • 木造如意輪観音坐像 - 県指定文化財。摩尼殿の厨子内から発見され、2006年の開山性空一千年忌に初めて公開された。像高18.9cm。像底の銘により、延応元年(1239年)、当時の住僧・妙覚によって供養されたものと判明する。
    • 木造四天王立像(重要文化財) - 持国天、増長天、広目天、多聞天の4体で、前述のとおり内陣厨子に安置する。摩尼殿再建前は大講堂の釈迦三尊像の周囲に安置されていたもので、寺の創建当時、10世紀の作とみられる。
  • 三十三所堂 - 西国三十三所の観音像を安置。
  • はづき茶屋 - 摩尼殿前。端月茶屋。性空作「冥きより冥き道にぞ入りぬべき遙かに照らせ山の端の月」からとられた名前。
  • 本坊(寺務所・旧妙覚院)
  • 石造笠塔婆 - 鎌倉時代、延慶4年(1311年)銘、県指定文化財
  • 弁慶のお手玉石(護法石)
  • 放生池
  • 牛墓

[編集] 西谷

摩尼殿正面の階段下から西へ向かう参道があり、これとは別に、摩尼殿の裏手から西へ向かう山道もあるが、いずれの道を経由しても、徒歩数分で大講堂のある広場に出る。白砂の広場を囲んで、右(北)に大講堂、正面(西)に食堂(じきどう)、左(南)に常行堂の3棟が「コ」の字形に並ぶ一画は中世の寺院景観を現在に伝えており、これら3棟を総称して「三之堂」(みつのどう)と呼ばれている。大講堂に接して、築地塀で囲まれた本多家墓所がある。「三之堂」の南方には鐘楼、法華堂、榊原家墓所、金剛堂などがあり、その南の一段低くなった区域には、松平家墓所及び薬師堂がある。「三之堂」の西方には奥之院があり、開山堂、護法堂、護法堂拝殿、不動堂などがある。

  • 大講堂(重要文化財) - 大講堂、常行堂、食堂の「三之堂」は元徳3年・元弘元年(1331年)の落雷と、永享8年(1436年)の火災で焼失し、現存する各堂は室町時代、15世紀半ばの再建である。北側に位置する大講堂は重層入母屋造、本瓦葺き。正面7間、側面6間。内陣には釈迦如来及び両脇侍(文殊菩薩・普賢菩薩)像を安置する。像は圓教寺創建期の10世紀の作である。
  • 常行三昧堂(重要文化財) - 大講堂に向き合う位置に建つ。方5間、入母屋造の常行堂の北側に正面10間、側面2間、切妻造の吹き放しの建物が接続する、特異な形式の建物である。屋根はすべて本瓦葺き。常行堂部分は東を正面とし、本尊阿弥陀如来坐像を安置する。切妻造部分は東半部を「中門」(ちゅうもん)、西半部を「楽屋」と称し、中央部には唐破風造の「舞台」が突出する。
    • 本尊木造阿弥陀如来坐像(重要文化財) - 像高251.0cm。『延照記』(『円教寺旧記』所収)の記述により、性空の弟子の安鎮により寛弘2年(1005年)頃に造立されたものとわかる。
  • 食堂(じきどう)(重要文化財) - 正面15間、側面4間、入母屋造、本瓦葺き、総2階建ての長大な仏堂である。日本の近世以前の仏堂建築で、このように長大かつ総2階とするものは他に例がない。1階は柱間15間のうち、北寄りの1間を引戸とするほかはすべて蔀戸とし、腰壁を設け、内部は円柱が並ぶ広大な1室とするなど、他に例をみない構成になっている。2階はガラスケースを設置して宝物館としており、食堂本尊の僧形文殊像のほか、寺内の諸堂にあった仏像などがここに移されている。2階の屋根は隣の常行堂の屋根と互いに接している。堂内は仏像や絵画などの寺宝が展示されている。
  • 弁慶鏡井戸
  • 大黒堂
  • 杣観音堂 - 本尊は石造如意輪観音像
  • 白山権現 - 大講堂裏または摩尼殿裏から木の根道を登った山中に位置する。性空の来山以前から素盞嗚命が祀られていたという。
  • 鐘楼(重要文化財) - 鎌倉時代。銅鐘は県指定文化財
  • 法華三昧堂 - 本尊は普賢菩薩
  • 金剛堂(重要文化財) - 旧塔頭普賢院の持仏堂。室町時代。
    • 本尊木造金剛薩埵坐像(県指定文化財) - 延文4年(1359年)康俊作。現在は食堂2階の宝物館に移座。
  • 展望公園
  • 薬師堂(県指定文化財) - 鎌倉時代。
  • 開山堂(県指定文化財) - 宝形造。江戸時代初期、寛文年間の建立。
    • 木造性空上人像(重要文化財) - 開山堂本尊として厨子内に安置。『遺続集』所載の記録によれば、本像は弘安9年(1286年)に焼失した旧像に代わり、正応元年(1288年)慶快が作ったものである。旧像の像内にあった瑠璃壺入りの性空の遺骨は焼け残ったので、新像にあらためて納入したという。2008年、奈良国立博物館によるエックス線撮影調査により、本像の頭部内には、所伝どおり遺骨と瑠璃壺が納められていることが判明した。また翌年2009年6月、解体修理中の開山堂須弥壇下から、石櫃、五輪塔、夥しい数の経石が発見され、石櫃内に分骨された性空の遺骨が発見された。蔵骨器を納めた桐箱に「性空御真骨」の文字がある。
    • 御真骨の分骨は、1286年の火災の時で、一部は慶快作の性空像の頭部に、残りは須弥壇下に納めた。更に石櫃の下には御遺灰が埋納されていることが記されている。なおこの分骨のことは一切記録がなく、2010年4月に発表された。1288年に分骨した僧侶はもちろん、約400年後の寛文13年(1673)の新築工事にたずさわった人々も発見に驚いたが、このことを秘密にし、一切を伝えていない。
    • 木造性空上人像(県指定文化財) - 1998年、塔頭仙岳院から発見されたもので、平安時代、11世紀頃の作。
    • 左甚五郎作の力士像 - 開山堂軒下に三躯。一躯は重さに耐えかね逃げ出したという伝承がある。
  • 護法堂 乙天社・若天社(重要文化財) - 開山堂前に2棟並ぶ、一間社隅木入り春日造の社殿。檜皮葺き。室町時代、永禄2年(1559年)建立。乙天・若天は性空を守護した護法童子とされ、それぞれ不動明王・毘沙門天の化身とされる。
  • 護法堂拝殿(県指定文化財)- 切妻造本瓦葺き。正面7間、側面2間の細長い建物。天正17年(1589年)建立。
  • 不動堂
  • 和泉式部歌塚(鎌倉期、宝筐印塔。開山堂横に有り)
  • 行者堂 - 奥之院北西方、鯰尾坂参道から北に分かれた行者道沿いにある。本尊は神変大菩薩(役行者)、不動明王。
  • 弁天堂 - 行者堂近くにある。
  • 文殊堂 - 西坂参道の中腹にある。

[編集] 塔頭

  • 壽量院(江戸中期、重要文化財)
  • 十妙院(江戸期、県指定文化財)。本尊-千手観音立像、脇侍勝軍地蔵・毘沙門天。狩野永納襖絵。
  • 妙光院 本尊-阿弥陀如来坐像
  • 瑞光院 本尊-如意輪観音
  • 仙岳院 本尊-金剛界大日如来、地蔵菩薩、観世音菩薩、不動明王、性空上人像他。 山崎雲山襖絵。
  • 十地院 本尊-阿弥陀如来

[編集] 墓所

  • 本多家廟所(県指定文化財) - 姫路城主3人を含む本多家の墓所である。大講堂東側、塀で囲まれた一画に5棟の宝形造の堂が建ち、それぞれ本多忠勝忠政政朝政長忠国の墓塔である五輪塔を安置する。うち、忠政、政朝、忠国が城主となった。忠勝の廟堂の隣にある2基の五輪塔は本多忠刻とその子の幸千代の墓である。忠刻は姫路藩主本多忠政の長男であるが、藩主にならずに早世したため、堂は建てられていない。忠刻の塔の背後には忠刻に殉死した宮本三木之助と岩原牛之助、及び三木之助に殉死した宮田角兵衛の墓がある。また、政朝の廟堂内には、政朝に殉死した大谷三兵衛政明の墓がある。この墓所は日曜祝日のみ開門する。
  • 榊原家廟所 - 鐘楼の近くの石垣上にある。榊原氏は前後2回にわたり姫路藩主となったが、そのうち榊原政房政祐の墓塔がここにある。
  • 松平大和廟 - 鐘楼近くの一段低くなった土地にある。徳川家康の孫にあたる松平直基の墓塔がある。直基は山形から移封先の姫路へ赴く途上、没した。

[編集] 文化財

重要文化財(国指定)
  • 大講堂
  • 鐘楼
  • 金剛堂(附:厨子)
  • 食堂(じきどう)
  • 常行堂(常行堂、中門及び楽屋、舞台からなる) 
  • 護法堂(乙天社及び若天社)2棟(附:厨子2基)
  • 壽量院
  • 木造釈迦如来及び両脇侍像
  • 木造四天王立像
  • 木造阿弥陀如來坐像(常行堂本尊)
  • 木造性空上人坐像(開山堂本尊)
境内にある樹齢700年の杉
史跡(国指定)
  • 境内

[編集] 行事

  • 修正会(鬼追い会式)(市指定無形文化財) - 1月18日。使用される鬼面の原型作者は高村光雲、六角紫水が乾漆で作成したもの。

[編集] 御詠歌

  • 西国第27番

はるばると 登れば 書写の山おろし  松の響きも 御法(みのり)なるらむ

  • 播磨西国第1番

何ごとも こころにかなう 山なれば  これも 仏の えんぎょうじかな

[編集] 前後の札所

26 一乗寺27 圓教寺 - 28 成相寺
74廣峯神社75 圓教寺 - 76 赤穂大石神社
1 圓教寺 - 2 性海寺
15 随願寺16 圓教寺 - 17 圓明寺

[編集] 所在地

〒671-2201 兵庫県姫路市書写2968 本坊事務所

[編集] 拝観料

大学生以上一人 志納金¥500、送迎マイクロバスサービスを含んだ特別志納金¥1,000

[編集] 交通

[編集] 公共交通機関

神姫バス姫路駅北口~書写駅、書写山ロープウェイが山麓駅~山上駅を連絡している。書写駅バス停~山麓駅と山上駅~圓教寺は徒歩。

神姫バス
姫路駅北口から神姫バス8系統で、終点「書写駅」まで所要約25分。書写駅バス停からロープウェイ山麓駅まで徒歩すぐ。
神姫バス駅前ターミナルで、バス+ロープウェイ(何れも往復)割引セット券を取り扱っている
書写山ロープウェイ
山麓駅で書写山ロープウェイ乗車、山上駅まで所要約4分。山上駅から徒歩。 摩尼殿までは有料送迎マイクロバスあり。
  • 乗車料金=大人往復¥900(片道¥500)、小人往復¥450(片道¥250)。
  • 団体料金=15名様以上一般団体1割引、学生団体2割引。100名様以上一般2割引、学生3割引。300名様以上一般3割引、学生4割引。
  • 始発時間 - 年間を通じて8:30。毎時00、15、30、45分の15分ごとに運転。定員70名。
  • 下り最終時間 -
    • 4月1日から10月10日は、平日18:00、日曜日・祝日19:00。
    • 10月11日から11月30日は、平日17:00、日曜日・祝日18:00。
    • 12月1日から2月末日は、全日17:00が最終。
    • 3月1日から3月31日は、すべて18:00。

[編集] 参道

徒歩で登る場合、主に次の6つの参道がある。何れも山麓起点には神姫バス停留所が近い。

  • 東坂参道 - 書写山上駅付近は東坂13丁目で、仁王門まで山麓から全18丁、約1.1km。メインの登山ルート。 近畿自然歩道の一部。岩場が多く、全体に急峻。東坂本の如意輪寺(旧女人堂)が起点。「マムシに注意!」「スズメバチに注意!」の立て札がある。
  • 西坂参道 - 西坂本日吉神社、旧観音寺(現安養寺)が登山の起点。比較的整備された道で、許可があれば自動車で通行可能。6つの参道のうち最も傾斜がきつい。丁石は塔頭十妙院前が1丁目の起点で、山麓旧観音寺が18丁目。旧観音寺は女人堂の役目を持っていた。
  • 置塩坂参道 - おしお坂。比較的ゆるやかで整備されている。途中に磨岩仏などが多い。西国第28番成相寺へ向かう巡礼道。別名なりあい道、丹後道とも。魔尼殿に直通している。
  • 六角坂参道 - 六角村が起点。谷川沿いに参道が続く。あまり整備されていない自然道。魔尼殿に直通している。
  • 刀出坂参道 - かたなで坂。近畿自然歩道は、東坂参道から境内を経て、刀出坂を通って刀出村へと通じ、龍野へ向かう。
  • 鯰尾坂参道 - ねんび坂。新在家から開山堂まで約3km。もっとも緩やかで長い。彌勒寺参詣道。

[編集] マイカー

カーナビゲーションでルートを設定する場合は、電話番号で検索する。

  • 「書寫山」「圓教寺」でカーナビ検索すると、たどり着けないことがある。山陽自動車道「山陽姫路西」が便利。
  • 姫路城からは、北西に約5km、15分程度。市内の道路案内表示には「書写山」とある。

[編集] 周辺情報

[編集] 参考文献

  • 『小学館ウイークリーブック 週刊古寺を巡る24 円教寺』、小学館、2007
  • 奈良国立博物館、NHKプラネット近畿編『西国三十三所 観音霊場の祈りと美』(特別展図録)、2008
  • 「特集 祈りの山 書写山のすべて」『BanCul』40号(2001年夏)、姫路市文化振興財団
  • 「特集 書写山円教寺と性空のドラマ」『BanCul』58号(2006年冬)、姫路市文化振興財団

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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