国籍別による宇宙飛行の年表

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国籍別による宇宙飛行の年表: Timeline of space travel by nationality

ソビエト連邦によって初の有人宇宙飛行が成し遂げられてから、38カ国の国民が宇宙飛行を行った。このリストでは、それらの国にとって初の宇宙飛行ミッションとその日付を列挙した。38人中、女性は3人である。

なお、これら宇宙飛行士の国籍は打上げ時の国籍であり、日付は全て協定世界時(UTC)に依存する。

太字で国名が書かれているものは、自国の能力によって宇宙飛行を行った国である。

国民が宇宙へ行った年代別の地図(2008年4月)

脚注[編集]

  1. ^ a b c d ソ連の憲法によれば、初の宇宙飛行士ユーリ・ガガーリンはソ連とロシア・ソビエト連邦社会主義共和国両方を市民権を保有していた。1991年、ソ連はアルメニアアゼルバイジャンベラルーシエストニアグルジアカザフスタンキルギスラトビアリトアニアモルドバロシアタジキスタントルクメニスタンウクライナウズベキスタンに解体された。解体当時、セルゲイ・クリカレフアレクサンドル・ヴォルコフミール宇宙ステーションにソ連の市民として周回軌道上にいた。彼らはロシア市民として地球に帰還している
  2. ^ 国際航空連盟(FAI)のルールによると、ボストークミッションは真の宇宙飛行ではないという。搭乗者のガガーリンは宇宙船から出てパラシュートによって着陸したからである。FAIのルールを満たしたソ連初の宇宙飛行ミッションはボスホート1号である(参考文献: FAI Astronautic Records Commission - Sporting Code Section 8” (PDF). Fédération Aéronautique Internationale. 2006年5月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2006年4月9日閲覧。)しかしこのような議論に関わらず、 FAIはユーリイ・ガガーリンが世界初の宇宙飛行者であることを認めている(参考文献: FAI Award: The Yuri A. Gagarin Gold Medal”. Fédération Aéronautique Internationale. 2007年10月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年10月10日閲覧。
  3. ^ シェパードの宇宙飛行は弾道飛行だった。軌道に投入された初のアメリカ人は1962年2月20日のジョン・グレンである
  4. ^ a b 1993年、チェコスロバキアチェコスロバキアに解体した。
  5. ^ a b 1978年、イェーン自身と東ドイツの関係各省が「東ドイツ市民初」ではなく、「ドイツ人初」と公言した。1990年、東ドイツは西ドイツと合併しドイツとなり、ウルフ・メルボルトはドイツ統一後の1992年1月22日に宇宙飛行を行った(彼自身は2度目)。しかし、今日の統一ドイツにおいてもイェーンのフライトがドイツ人初だと考えられている
  6. ^ a b c d e f g 商業的な非政府系の宇宙旅行者。秋山、シャーマンを除き観光客(スペースツーリスト)である。
  7. ^ 国家機関の宇宙飛行士ではなく、民間人(ジャーナリスト)として宇宙へ行った。宇宙機関NASDA)の宇宙飛行士として宇宙へ行った初の日本人は1992年の毛利衛である。
  8. ^ 民間人宇宙旅行者で初めて宇宙へ行ったアフリカ人。イギリスとの二重市民権を持っている
  9. ^ ラモーンは宇宙へ行った初のイスラエル人であるが、大気圏再突入時に死亡した。これはFAIルールの下では完全な宇宙飛行ではない。
  10. ^ イランの法律によればアンサリはイラン国民と認識されるが、彼女はアメリカ国民でもあり、アメリカとロシアは彼女にイラン的なシンボルの着用を禁止した。
  11. ^ 初の女性民間宇宙旅行者
  12. ^ a b c 周回軌道に乗らない弾道飛行である。

備考[編集]

上記のリストは打上げ時におけるその人物の国籍によって記載されている。これと異なる基準によっては以下の人物が含まれる場合がある。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]