四手井綱英
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四手井 綱英(しでい つなひで、1911年11月30日 - 2009年11月26日)は、日本の森林生態学者。京都大学名誉教授。京都府立大学名誉教授。京都府生まれ。
里山概念の普及に大きな影響を与えた人物であり、関連する数多くの著書を出している。 また、京大山岳部出身で、京都大学学士山岳会での京大ヒマラヤ遠征隊の裏方を長らくつとめた。また、京大教授時代は「探検部」の顧問も務めた。
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[編集] 略歴
- 京都一中、三高を経て、
- 1937年 京都帝国大学農学部林学科卒業
- 1937年5月 山林局(現・林野庁)秋田営林局本荘営林署嘱託
- 1937年8月 山林局秋田営林局造林課勤務
- 農林省山林局(本省)勤務
- 1946年12月 国立林業試験場雪害研究室長兼釜淵分場長
- 1954年12月 京都大学農学部林学科教授(林学第三講座 1963年 森林生態学講座に改称)
- 1975年4月 京都大学名誉教授
- 1976年 日本モンキーセンター所長
- 1980年9月 京都府立大学学長(1986年8月まで)
- 1986年9月 京都府立大学名誉教授
- 2009年11月26日 肺炎のため死去。97歳没。叙正四位。
[編集] 主な著書
- 『林分密度の問題』 日本林業技術協会 1956年
- 『森林の価値』 共立出版 1973年
- 『もりやはやし 日本森林誌』 中央公論社 1974年、ちくま学芸文庫 2009年
- 『自然保護・森林・森林生態』 農林出版 1974年
- 『日本の森林 国有林を荒廃させるもの』 中公新書 1974年
- 『山と森の人々』 中公新書、1975年
- 『森の生態学 森林はいかにして生ているか』 講談社ブルーバックス 1976年
- 『山と森と人生と』 スキージャーナル 1978年
- 『森林 ものと人間の文化史』 法政大学出版局、1985年
- 『言い残したい森の話』 人文書院、1993年10月
- 『森に学ぶ エコロジーから自然保護へ』 海鳴社、1993年
- 『森林2 ものと人間の文化史』 法政大学出版局、1998年
- 『森林3 ものと人間の文化史』 法政大学出版局、2000年
- 『森林はモリやハヤシではない―私の森林論』 (ナカニシヤ出版、2006年5月) ISBN 4779500710 [1]
[編集] 編著
- 『下鴨神社糺の森』 (ナカニシヤ出版、1993年)
- 『森の人 四手井綱英の九十年』(森まゆみ共著、晶文社、2001年1月) ISBN 4794964692
- 『四手井綱英が語る これからの日本の森林づくり』(ナカニシヤ出版、2009年9月) ISBN 4779503931 [2]
[編集] 親族等
- 妻 四手井淑子 きのこ研究家・エッセイスト 妻との共著がある。
- 長兄 四手井綱正陸軍中将 1945年、関東軍参謀副長への赴任途上、台北でインドの志士チャンドラ・ボースらと同乗した飛行機の事故のため殉職した。陸士27期。『戦争史概観』の著者。
- 次兄 四手井綱彦 物理学者で元京都大学教授、山岳家。
- 三好長慶の家臣で戦国武将の四手井家保の末裔に当たる。
[編集] 逸話
- 朝日放送の探偵!ナイトスクープに、家族の依頼により、出演した(2006年8月4日放送 石田靖探偵「95歳の父が唄った謎の歌」)。
- 歌好きで幼い頃亡くなった、仲の良かった姉から教えてもらった歌の曲名について調べるよう、家族が依頼した。その歌は、西條八十作詞「夕顔」だった。
[編集] 文献
- 森まゆみ『森の人 四手井綱英の九十年』晶文社、2001年。ISBN 4-7949-6469-2