嘉田由紀子
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かだ ゆきこ
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| 生年月日 | 1950年5月18日(61歳) |
| 出生地 | 埼玉県本庄市 |
| 出身校 | 京都大学 |
| 前職 | 京都精華大学教授 |
| 所属政党 | 無所属 |
| 称号 | 学位:農学博士(京都大学) |
| 配偶者 | 元夫・嘉田良平(2008年離婚) |
| 公式サイト | かだ由紀子と歩む会 |
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| 当選回数 | 2回 |
| 任期 | 2006年7月20日 - 現職 |
嘉田 由紀子(かだ ゆきこ、1950年5月18日 - )は、日本の政治家。滋賀県知事(第8代)。
環境社会学者・文化人類学者。1973年京都大学農学部卒業、1981年京都大学大学院農学研究科博士課程修了。京都大学より農学博士(論文名『琵琶湖の水問題をめぐる生活環境史的研究』)の学位取得。元琵琶湖博物館研究顧問、京都精華大学人文学部教授を歴任。2006年7月2日の知事選に当選し、全国では5番目となる女性知事となった。元夫は元京都大学農学部教授の嘉田良平(農業経済学、専門は環境保全型農業)。
座右の銘は、「まっすぐに、しなやかに。」
目次 |
[編集] 人物
埼玉県本庄市に渡辺康雄の娘として生まれる。康雄は本庄市議会議員を務めた。埼玉県立熊谷女子高等学校時代に小田実の「なんでも見てやろう」を読み、アフリカへ憧れを抱くようになった。また同校では生徒会長を務めていた。京都大学農学部へ進学し、当時女性部員がいなかった探検部へ入部した。このとき、入部を許可するよう口論した当時の部長が後の夫である。3回生の時にタンザニアで半年間生活した。
また、下記の新幹線新駅に対し、「もったいない」をキャッチフレーズとして新駅凍結が実現に至ったことから、日本のワンガリ・マータイと称されることもある。
[編集] 学究
1973年に大学を卒業、京都大学大学院農学研究科に進学した。同年には、アフリカ・アジアの経済発展を社会開発や環境の面から研究するため、アメリカのウィスコンシン大学大学院に留学したが、教員に日本の農村研究を促され、1974年に一時帰国。琵琶湖湖畔の農村の生活形態の変化について研究した。帰国以後も海外での調査研究活動は続けていた。
[編集] 研究者
1981年に京都大学大学院農学研究科博士後期課程を修了し、琵琶湖研究所の研究員となった。以降、琵琶湖周辺の農村生活の研究を行う傍ら、ホタルダスや水環境カルテなどの調査研究活動を行った。1996年に開館した滋賀県立琵琶湖博物館には構想段階から深く関わった。また、後に滋賀県知事の座を争うことになる国松善次とは同僚であった。2000年からは京都精華大学人文学部環境社会学科の教授となった。
[編集] 滋賀県知事へ
2006年、「もったいない」を合言葉に、新幹線新駅の建設凍結、県内に計画されているダムの凍結見直し、旧志賀町に予定されている廃棄物処分場の凍結、などを主張して滋賀県知事選挙に出馬。
真に県民のための県政を目指すという「超政党」という立場から全政党に対して推薦依頼を提出。自民党と民主党がそれぞれ、国松知事と嘉田の双方から主張を聞く会を催した。民主党内には嘉田を推す声が強かったが、新幹線の新駅に対する立場を変えることができず、結果的に自民、民主両党は現職に相乗りした(民主党県連の決定直後に小沢代表の相乗り禁止指令が出た)。共産党は当初嘉田支援のために動いたが、途中で推薦から支持に切り替えた嘉田への反発と、新駅及びダム建設推進に含みを残す自民党近江八幡支部との対立から支援を見送り、対立候補(無所属の推薦候補)を立てた。嘉田側は、共産党から他党の関係者を入れないように申し入れを受け、「政党の違いは小異であり、県民党の立場で支持を求めた」が、受け入れられなかったとしている。公明党は嘉田・国松での調整がつかず自主投票とした。嘉田は、社民党への要請でも、途中で推薦から支持に切り替え、社民は不快感を表明したが、最終的に受け入れた。
最終的には嘉田には社民党の支持と、近江八幡支部をはじめとする自民党非主流派の支援が残った形となった。選挙戦の末、自民、公明、民主の3党の推す国松善次前知事を破り、当選。
2010年7月、滋賀県知事選挙に再選を目指して出馬。自民党前衆議院議員の上野賢一郎らを破り、再選。
[編集] 滋賀県知事として
知事当選により、大阪府の太田房江(当時)、熊本県の潮谷義子(当時)、千葉県の堂本暁子(当時)、北海道の高橋はるみに続く全国5人目の女性知事となった。
当選以降、自身が公約で主張した「新幹線新駅・産廃処理施設・ダム事業の凍結、見直し」政策を進め、新幹線新駅関連・廃棄物処分場については平成19年度における関係予算をつけないことが決まり、これらの事実上の凍結が達成された。 滋賀県栗東市の新幹線新駅問題では、一部では損害賠償請求を求められるという噂もあったが、JR東海の松本正之社長は2007年7月9日、今後の対応について「10月末に出る地元の結論を受けて法的対応を考えるが、工事負担金を5月に仮精算したので大きな問題はない」と述べ、地元に対する新駅計画凍結による損害の賠償請求を行う可能性は低いとの認識を示し、新幹線新駅凍結の今後は地元の事後処理へと焦点が移ることとなった。
ただ、ダム事業の凍結・見直し(撤回でも中止でもない)公約では、県内に計画されているダム6つ(丹生ダム、大戸川ダム、永源寺第二ダム、芹谷ダム、北川第一ダム、北川第二ダム)の内、県営の芹谷・北川第一のダム建設計画については平成19年2月の議会で容認と取れる答弁を行った。他方、県営北川第二ダムは公約通りの凍結方針を表明しているにもかかわらず、マスコミには取り上げられることはほとんどなかった。また、国営の丹生ダムについては、今までの貯水ダム計画には否定的な見解を示している。ただ、穴あきダムの可能性はあり得るとの発言をとりあげ、マスコミはまたも推進と報じたが、その後は推進するような態度を嘉田は示していない。統一地方選挙後は、県議会の流れの変化によるものか、ダム建設計画に前向きと思わせるような発言をすることは見られなくなった。一部ではダム建設計画への否定的な発言も見られ、また、就任一年の会見では、「社会変動の中でかつて計画したことをそのまま続けることが、本当に次の世代に喜ばれることなのか。勇気ある撤退が必要。」と新幹線のみならずダム計画の凍結に対するこだわりを感じさせる発言もあった。こうした中、2008年11月の定例県議会で、国が計画する大戸川(だいどがわ)ダム(大津市)の建設中止を事実上求める知事の意見案が廃案となった。
当選後の議会における所信表明演説においては「財政的観点からもダム事業は凍結する」という姿勢を見せていたが、一方で「治水事業の瑕疵(かし)で一人でも死者が出た場合は辞任する」とも述べていた。ダム建設を推進・要望していた大津市や彦根市をはじめ県内の自治体は知事の公約に反発、特に丹生ダム建設が計画されていた余呉町とは激しく対立した(詳細は丹生ダムの項を参照)。
本人は公約について「一切ダムを作らないという、脱ダム(という意味)ではない」、「(マニフェストでは)ダムだけに頼らない治水計画を掲げた。ダムすべてを否定はしていない」また「(現在は)ダムの必要性、効果、影響も含めて議論する過程の中にある」と述べている。この間、ダム事業に対する流れは平成18年7月豪雨をひきがねとした田中康夫長野県知事(当時)の落選や後任の村井仁知事による「脱ダム宣言」の撤回、平成16年7月福井豪雨による足羽川ダム(福井県)の凍結解除・建設再開などダム事業再評価の動きが見られ、こうした流れも微妙に影響を及ぼしている。
2007年統一地方選挙では彼女を応援する「対話でつなごう滋賀の会」が結成され、躍進した。2007年4月23日には留守番電話で、「長崎のようになりたくなければ新駅を作れ」と脅迫された。伊藤一長長崎市長の射殺事件を指しているものと思われる。
議会で新駅建設反対派が推進派を上回った結果、推進派の自民党滋賀県連は「知事の考えに従う」として新駅の凍結に賛成する意向を示した。こうした情勢を受けて中川秀直幹事長が現地入りして嘉田と対談し、7月9日には新幹線新駅の凍結方針が国から示された。森喜朗元首相に、「女の人だな、やっぱり(視野が)狭い」と批判された[1]。しかし、嘉田は「女性蔑視(べっし)だと言うのは控えたい。問題の本質は財政問題。男だから、女だからとは無縁」などと大人の対応をし、株を上げたと毎日新聞に伝えられた。
10月24日、新駅問題について国松正一栗東市長らと話し合う会議が同日午後、大津市内で開かれ、新駅建設の根拠となる各種協定が今月末で白紙に戻ることを大半の市長が容認した。嘉田知事が前年7月の知事選で「凍結」と訴えた最重要公約が約1年4カ月かけて実現することになる。
国土交通省が推し進める大戸川ダム建設については、淀川水系に属する知事として橋下徹大阪府知事・山田啓二京都府知事・野呂昭彦三重県知事らとともにNOとする共同声明を出している。また、橋下の昨年1年間の大阪府の財政改革などに対する奮闘振りに「やはりマスコミ慣れしている分、はっきりとした意見が言えるのは少し羨ましいですね」と評している。一方、ダム事業の対応についてマスコミや一部支援者から「態度が曖昧」と批判されている。
2008年1月から4月の記者会見等の中で嘉田は、県政にとっては財源の視点から道路特定財源の暫定税率廃止は困るが、しかし、暫定が続いているという現制度自体の問題点や一般財源化の議論が必要であると指摘した。新名神高速道路の大津ジャンクション予定地以西の「当面着工しない区間」については、必要な道路であるとし凍結解除を訴えている。
2009年11月、ジーエス・ユアサコーポレーションが新駅予定地跡地に電気自動車用リチウムイオン電池の新工場を建設する計画を表明。2010年4月には生産計画が発表された。嘉田は新駅凍結の代替案として「電気自動車用の電池工場の誘致に成功した」「400億円の投資と800人の雇用が見込まれる」[2]としている。
2010年2月16日、7月11日に投開票が予定されている県知事選に出馬する意向を表明した。4月2日には、新しい支援団体として滋賀の未来をひらく会が発足し、元成安造形大学長の木村至宏が会長に、県商工会連合会長の川瀬重雄が同会の副会長に就任している。
都道府県を廃止する安易な道州制の導入は地域のアイデンティティを破壊するとして、道州制にはきわめて慎重な姿勢を示している[3]。6月、みんなの党に支援を要請するが、みんなの党は道州制に関する議論で認識の違いがあるとして拒否した[4]。
栗東市のRDエンジニアリング産廃問題では、全量撤去案(240〜400億円)ではなく遮水壁案(約50億円)を提案し、全量撤去を望む住民から批判されていた。2010年1月には「有害物の除去」を柱とする案を新たに示したが、除去する有害物の範囲などで住民側と協議が難航。新たに「有害物をできる限り除去する」との方針を打ち出し、工事に取りかかるためのボーリング調査を提案。地元自治会は県の姿勢を評価し、6月20日に地元7自治会と県との間で調査へ着手することが同意された。自治会側からは「約10年を経て、問題解決に一歩進んだ」と評価する声や、「今後も継続して自治会と協議してほしい」と注文する意見が挙がっている[5]。
[編集] 親族
父は元本庄市議会議員、姉は現職の本庄市議会議員である。
[編集] 知事選挙略歴
| 当落 | 得票数 | 候補者 | 所属党派 | 前歴 | 推薦・支持 |
|---|---|---|---|---|---|
| 当 | 217,842 | 嘉田由紀子 | 無所属 | 新人 | 社会民主党(支持) |
| 185,344 | 国松善次 | 無所属 | 現職 | 自由民主党、民主党、公明党(推薦) | |
| 70,110 | 辻義則 | 無所属 | 新人 | 日本共産党(推薦) |
| 当落 | 得票数 | 得票率 | 候補者 | 党派(推薦) | 知事歴 |
|---|---|---|---|---|---|
| 当 |
419,921 208,707 36,126 |
63.17% 31.40% 5.43% |
嘉田由紀子 上野賢一郎 丸岡英明 |
無所属 無所属 無所属(共産推薦) |
現職 新人 新人 |
[編集] 著書
他多数あり
詳細は 嘉田由紀子ウェブサイト ‐ モノ、コト、ココロの環境論
[編集] 政治的背景
- 政党との関係性等
- 自民党: 近江八幡市選出の県議会議員冨士谷英正、また中谷哲夫市議(2007年に県議当選)をはじめとした近江八幡市議会保守系会派「創政会」が支援。冨士谷英正は選挙後、県議会の会派、自民党・湖翔クラブから除籍処分を受けた(その後、党籍停止処分)。自民党滋賀県連は小寺裕雄(2007年県議選挙落選)、佐野高典、清水克実(同落選)、三浦治雄、家森茂樹、吉田清一らを中心として反嘉田の姿勢を貫き続けていた。県議選での大敗を踏まえ、参議院選挙を控えていることもあり、表面上は新幹線新駅凍結を容認の立場に転換、知事の対応策を支持すると白紙委任をするような発言もあった。
- 民主党:知事選挙の結果を受けて新幹線新駅は「凍結」に転じ、基本的には協力する姿勢を示している。
- 日本共産党: 当初、自民党近江八幡支部の影響力が強く「新駅中止を貫いておらず妥協的」として、新駅中止を公約に掲げる対立候補を擁立し敗北。当選後は「嘉田の当選は新駅建設反対の世論の表れ」として一定の協力を表明。嘉田のダム計画容認発言に伴い、現在は是々非々の立場のようである。
- 公明党:是々非々の立場(梅村代表)。
- 社民党: 嘉田は全ての政党に推薦(共産、社民に対しては途中で「支持」に変更)依頼を出して、残ったのが社民党のみであった。選挙後に福島瑞穂社民党党首は、「先見の明があった」と発言している。
- 市民の党:伊沢桂子東京都議会議員ら、同党所属議員が支援をした。
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ 「森元首相「女の方、狭いなあ」新駅反対の滋賀知事に 富山の講演会で」『読売新聞』2007年7月10日
森は北陸新幹線の関西方面への延伸について説明するなかで「もったいない知事」として嘉田を批判した。その理由として、「日本列島が全部新幹線でつながると、人の動き、ものの動きが変わる。その中、 (新駅がないと)滋賀県が恩恵に浴するのは米原しかなくなる。そこまで考えて施策はやらないといけない」と述べている。なお、この後森は米原接続をした上以西は東海道新幹線の線増をすることを提言している。
北國新聞朝刊『ふるさと探査 2014年』、2008年1月30日。 - ^ 「かだ由紀子と県民がつくる 滋賀の未来をひらくマニフェスト 2010(第1版)」p.3
- ^ 嘉田由紀子(2010)「論点-42;道州制を導入すべきか」『日本の論点2010』p.412-415
- ^ みんなの党、嘉田知事支援に応じず 滋賀県知事選で『京都新聞』2010年6月2日
- ^ 栗東RD産廃 9月ごろ調査着手 残る6自治会、県に同意書渡す『京都新聞』2010年6月20日
[編集] 外部リンク
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