嘆きのボイン

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嘆きのボイン (なげきのぼいん)は、落語家漫談家である月亭可朝作詞作曲歌笑曲昭和を代表するコミックソングテイチクレコードより1969年12月発売。80万枚の大ヒットとなる。B面には『女は魔もの』が収められている。

目次

[編集] 曲想

冒頭から「ボインはぁ~赤ちゃんが吸うためにあるんやでぇ~、お父ちゃんのもんとちがうのんやでぇ~」の衝撃的な歌詞で始まるこの曲を、自らチョビヒゲ、メガネカンカン帽といういでたちとギター弾き語りのある独特の節回しで語りかけるように歌い、一世を風靡。 曲想はそのコミカルな歌詞と歌い口とは相反するかのごとく、しみじみと物悲しくエレジー調であり、「これがほんまのチチ帰るやおまへんか~、こらほんまやでぇ~」の終結部では多くの聴衆に言いようのない感動すらもたらせることに成功した。

[編集] その影響

ボインという言葉が世間を席巻し、すっかり定着。当時、全国津々浦々にいたるまで男子小学生のほぼ全員がこの歌を口ずさめた。「おおっきいのんがボインなら、ちっちゃいのんはコインやで、もっとちっちゃいのんは、ナインやで」などのくだりは、特に小中学生にはウケた。
乳房が赤ちゃんのためにある」というフレーズは子供達にとって至極当然の内容であった。但しこれに「それが父親のためにあるのではない」と付け加えられることで、子供達は母親の授乳器官が同時に性的器官であることを暗に悟らされることになった。この事実を確認するために質問をぶつけられた大人達は当惑しかつ回答に窮し、対応としては子供達を叱りこの歌を歌うことを子供達に禁ずる以外の手段を持たなかった。全国の小学校で歌ってはならない歌と定められ、これに対して子供達は殊更この歌を歌うという現象がおきた。結局、なぜこの歌を歌ってはならないかと言う合理的な理由は子供達に示されることはなかった。子供達は大人たちの気色ばんだ表情から、何かこれ以上触れてはいけないものを感じ、かつ、母親の乳房が子供の占有物ではなく、父親と想像出来ぬ形で共有している事実を悟るのであった。

この曲の、テレビというメディアを通してのコミックソングとしての大成功がその後の『赤とんぼの唄』『魚屋のオッサンの歌』 などで知られる”あのねのね”などコミックシンガーの登場の引き金となる。

[編集] ボインの語源

月亭可朝のこの曲をして「うれし恥ずかし昭和日本語」と歌われたボインという言葉の生みの親は、『野球巨人司会は巨泉』で知られる大橋巨泉といわれている。当時の人気テレビ番組11PMの撮影中、朝丘雪路水着プールに飛び込んだ際に、ビキニが取れてしまい、豊かな乳房が丸出しになってしまったのを見た大橋巨泉が「ボイン」と表現したのが始まりといわれる。しかし、現代では死語となっており、巨乳という言葉に取って代わられた。

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