善きサマリア人の法

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善きサマリア人の法(よきサマリアびとのほう、「良きサマリア人法」、「よきサマリア人法」とも、英:good Samaritan law)は、「災難に遭ったり急病になったりした人など(窮地の人)を救うために無償で善意の行動をとった場合、良識的かつ誠実にその人ができることをしたのなら、たとえ失敗してもその結果につき責任を問われない」という趣旨のである。誤った対応をして訴えられたり処罰を受ける恐れをなくして、その場に居合わせた人(バイスタンダー)による傷病者の救護を促進しよう、との意図がある。アメリカカナダなどで施行されており、近年、日本でも立法化すべきか否かという議論がなされている。

目次

[編集] 語源

聖書に書かれた以下のたとえ話が名称の由来となっている。

ある人がエルサレムからエリコへ下る道でおいはぎに襲われた。 おいはぎ達は服をはぎ取り金品を奪い、その上その人に大怪我をさせて置き去りにしてしまった。
たまたま通りかかった祭司は、反対側を通り過ぎていった。同じように通りがかったレビ人も見て見ぬふりをした。しかしあるサマリア人は彼を見て憐れに思い、傷の手当をして自分の家畜に乗せて宿屋に連れて行き介抱してやった。翌日、そのサマリア人は銀貨2枚を宿屋の主人に渡して言った。『介抱してあげてください。もし足りなければ帰りに私が払います。』(ルカによる福音書第10章第29~37節)

註:「サマリア人」を「サマリ人」と表記している場合もあるが、これは出版元や訳者による日本語カタカナ表記の違いであり、両者は同一の意味である。

詳細は「サマリア人#善きサマリア人」を参照

尚、この新約聖書の話は単に法的な免罪というのではなく、看過することは道義上の罪、看過することは偽善である、という倫理価値観を含んでいる[要出典]

[編集] 位置付け

「善きサマリア人の法」はコモン・ロー英米法)上の Good Samaritan doctrine に基づいており、基本的には民事上の概念である。コモン・ローでは、法律上の義務又は権限なく他人の事務を行うことは、いわばお節介であるとみなされることもあり、大陸法の事務管理に相当する制度が発達していない。そのため、この法理は、不法行為法における責任軽減事由として位置づけられている。

これに対し、日本の法体系の源流である大陸法では、法律上の義務又は権限なく他人の事務を行った場合の処理に関する事務管理という制度がローマ法以来存在しており、その中で事務を管理する者の義務内容として位置づけられており、特段、善きサマリア人の法に相当する法理が要求されているわけではない[要出典]

[編集] 日本の現状

仮に手当て者が何らかのミスを犯し、患者が死亡または著しい障害を負うという結末になった場合、手当て者の責任はどうなるだろうか。以下のように、日本の民法上にも「善きサマリア人の法」に相当する規定が既に存在するという学説はあるが確定的なものではなく、責任を問われる可能性は低いとしか言えないのが現状である。

[編集] 民事法

民法第698条には緊急事務管理に関する規定があり、これによると、「管理者(義務なく他人のために事務の管理を始めた者)は、本人の身体、名誉又は財産に対する急迫の危害を免れさせるために事務管理をしたときは、悪意又は重大な過失があるのでなければ、これによって生じた損害を賠償する責任を負わない」とされており、この規定によりコモン・ローにおける「善きサマリア人の法」が目的とすることが実現できるとする学説がある。しかし、現時点では通説とまでは言えず、また民事上の判例も存在していない[1]。また、緊急事務管理による免責成立のためには「重大な過失」がないことは手当て者が証明せねばならず、手当て者にとってはやや重い立証責任が課せられることとなる。

手当て者が医師である場合、真に「義務のない管理者」と言えるのかについては、医師法19条の応召義務が問題となるが、院外での事故・疾病発生時にたまたま居合わせた勤務外の医師の医療過誤に関する判例は現段階では存在しない。医師に対する無制限の応召義務を否定した地裁判例もあるが、緊急時は自宅にいる勤務時間外の勤務医にさえ応招義務が課せられるとする学説もある。医師が道端で倒れた傷病者の手当てを始めた事例などでは、診療時に当事者間に契約が成立したかが争点となり得、成立が認められれば債務不履行責任を問われ得る。また、航空機内でドクターコールに応じた事例などのように過誤発生時に契約関係がない場合にも、不法行為を根拠に損害賠償請求訴訟が起こされることは想定され、その請求が認容される可能性はある[1]

[編集] 刑事法

刑法第37条では、違法性阻却事由の一つである緊急避難に関する規定があり、「自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない」とある一方で、「業務上特別の義務がある者には、適用しない」とも規定している。謙抑的な運用が期待される刑事上は、緊急避難が成立して違法性が阻却される可能性が高いと考えられるが、やはり判例は存在せず、生じた害と避けようとした害との比較衡量、また医師の場合には応召義務成立による業務上特別の義務の成立の有無等での争いが生じる可能性は否定はできない。万一阻却が認められない場合は、業務上過失致死傷罪過失致死傷罪重過失致死傷罪などが成立し得る[2]

[編集] 事例

判例は存在しないものの、日本でも紛争に至った事例はいくつか報告されている。

  • 「ある夏の夜の深夜に、日本にある自宅クリニック前の路上で急病人が発生した。クリニックの医師が診察したところ、上気道閉塞を疑われる所見で挿管は不可能と判断された。救急車を手配して、転送のため近所の大学の救急救命センターに電話中、患者は吸気のまま呼吸が停止し呼びかけにも反応がなくなった。(首が腫れた状態で、喉仏の隆起もなく、気管切開が困難な状態であったが、一刻の猶予も許されないまま、)緊急で気管切開を行い、気管切開自体は成功したが、血管を傷つけてしまい、出血多量で死亡した。その医師を待っていたのは、警察による業務上過失致死罪の容疑による取り調べであり、さらには、当夜、あれだけ「助けてください」とその医師にとりすがった患者の妻からの弁護士を介しての損害賠償請求の通知であった。」(平沼高明:良きサマリア人法は必要か.週刊医学のあゆみ、170、953-955、1994.) 
  • 「機内で発生する事故の頻度はどれくらいなのだろう。知り合いの元スチュワーデスに聞いたところ、彼女の勤務した四年間では緊急事態が四回発生したそうである。一回程、初老の医師が名乗りをあげたそうだが、その時の患者は不幸なことに心筋梗塞で帰らぬ人となった。驚いたことに、遺族は医師の処置に疑問を抱き、一時は訴訟騒ぎにまでいったが、なんとかそれはおさまったらしい。」(松田義雄:機内での出来事.日本医事新報、3629、52-53、1993.)

[編集] 医師の意識との関係

例えば、日本国内の医師に対して行われたあるアンケート調査[1]によると、「航空機の中で『お客様の中でお医者様はいらっしゃいませんか』というアナウンスを聞いたときに手を挙げるか?」という質問に対して、回答した医師全員が上記の緊急事務管理の規定と概念を知っていたにも関わらず、「手を挙げる」と答えたのは4割程度に留まり、過半数が「善きサマリア人の法」を新規立法することが必要だと答えたという。

これは国外の航空会社がいわゆるドクターコール時に応じた場合、傷病者が亡くなっても航空会社がその行為を保障すると述べていたのに対し、国内の航空会社では「医師や看護師など名乗り出た者の責任」としていたため、法的責任を問われるリスクから消極的な回答が多いと考えられる。また国際線でも、米国以外では医師の法的責任に関する問題には明確な法律あるいは法律家の間で統一された見解はなく、どの国の法律を適用するのかについてすらはっきりしていない。実際に、上記アンケートでは2/3以上の医師がドクターコールに応じないと思う理由として「法律」を挙げたという。

より最近のアンケート調査[3]では、89%もの医師が医療過誤責任問題を重要視し、ドクターコールに応じたことのある医師の4人に1人が「次の機会には応じない」と答えている。「適切な処置を怠った、救命できた高度の蓋然性がある、応召義務があると解釈できる。あっという間に犯罪者だ」「日本の司法の現状からすると、下手をすると業務上過失致死に問われそう」「今の世の中とマスコミの報道の状況では、絶対に応じない」といった声があり、近年の司法・医療報道のあり方が傷病者の救護を阻害している現状もあることが分かる。

[編集] 立法化についての議論

医療先進国であり訴訟回数も世界一のアメリカ合衆国では、ほとんどの州で Good Samaritan doctrine に基づく制定法が存在しており、手当て者が善意の第三者として万一の過失の際の訴訟を気にすることなく傷病者に処置を施せる状態にある。上記のような事例の存在を踏まえて、近年日本でもこの趣旨の法の制定を求める声がある。

[編集] 立法化不要論

当該法律の立法化が不要だと主張するのは、主に救命現場と直接関わりのない法律家である。新たに立法しなくても緊急事務管理に関する規定で間に合う可能性が高いのは前述のとおりであり、実際には仮に救命手当を施して、蘇生後に何らかの身体障害が残ったとしても、善意に基づくものであれば現在の日本では民事上も刑事上も免責されるとするのが法学者の有力説である。実際、警察庁総務省消防庁厚生労働省日本医師会日本赤十字社などが共同で編纂した『救急蘇生法の指針』においても救命手当による副損傷や後遺症については(法的拘束力はないが)免責がはっきりと謳われている。また、救命手当を施して蘇生後に何らかの身体障害が残ったとして責任を問われた例は一例も無い[4]

また、「交通事故現場における市民による応急手当促進方策委員会」(旧総務庁)では、(医療従事者ではなく)一般市民による救助活動について、「現状においては、現行法の緊急事務管理によってほとんどのケースをカバーでき、免責の範囲はかなり広い」、「将来的な課題として、補償関係等も含め、引き続き慎重に検討する必要があるが、現時点では新たな法制定や法改正までは必要がなく、現行法における免責制度を周知させることに力点が置かれる必要がある」との結論が出された[2]

[編集] 立法化必要論

当該法律の立法化が必要だと主張するのは、前述の通り主に蘇生教育者・救命活動者などの現場の人間である。総務省の統計によると、現場で応急手当を施されていた傷病者の割合はわずか30%。他の70%は何ら手当を受けていなかった。手を出してもっと悪くしてしまったら困るからという理由が多くの「傍観者」を生み出している[5]。「訴えられても免責されると考えられる」という法律関係者の学説はあくまで学説に過ぎず、医療のプロである医師を含めた一般市民には必ずしも信頼されていないのが現状である[3]。よって、単独の法律あるいは条文として善きサマリア人の法が立法化がなされることによって、一般の人のみならず医療の専門家による救助促進も望む声がある[6]

また、「応急手当の免責に係る比較法研究会」(旧総務庁)においての検討では、「善きサマリア人の法」の制定により(1)緊急事務管理にあたるかどうかを考慮する余地がなくなり、(2)医師・看護師・救急救命士等の専門家も本法の対象となり、(3)傷病者に依頼されて手当てした場合であっても免責され、(4)重過失がないことの証明責任を問われなくて済む、などの理由から、日本でも「善きサマリア人の法」に相当する法律が必要だとの結論に達し、試案を提示している [7]

[編集] 参考

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  1. ^ a b c 大学病院医療情報ネット「航空機内での救急医療援助に関する医師の意識調査 ~よきサマリア人の法は必要か?~」
  2. ^ a b 交通事故現場における市民による応急手当促進方策委員会報告書の概要.プレホスピタルケア 7:3 14号 83-86, 1994
  3. ^ a b 特集:「ドクターコール」に応じますか?―758人の意識調査と体験談―.日経メディカル、2007.5
  4. ^ 防災・危機管理eカレッジ - いざという時役立つ知識コース 救命手当
  5. ^ 樋口範雄:よきサマリア人法(日本版)の検討,ジュリスト1158号,1999,69-71頁
  6. ^ 瀬尾理,よきサマリア人法の成立を望んで,月刊消防21巻8号,1999,89-94頁
  7. ^ 久保野恵美子: 善い隣人法案 ,ジュリスト1158号,1999,78-83頁

[編集] 関連項目