啓蟄

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二十四節気

啓蟄(けいちつ)は、二十四節気の第3。二月節(旧暦1月後半 - 2月前半)。

現在広まっている定気法では太陽黄経が345のときで3月6日ごろ。ではそれが起こるだが、天文学ではその瞬間とする。恒気法では冬至から5/24年(約76.09日)後で3月8日ごろ。

期間としての意味もあり、この日から、次の節気の春分前日までである。

目次

[編集] 季節

大地が暖まり冬眠をしていた虫が穴から出てくるころ。『暦便覧』には「陽気地中にうごき、ちぢまる虫、穴をひらき出ればなり」と記されている。

の若芽が芽吹き、ふきのとうの花が咲くころ。

[編集] 日付

日時 (UT) 日本 中国
2001年 3月5日12:32 3月5日 3月5日
2002年 3月5日18:27 3月6日 3月6日
2003年 3月6日00:04 3月6日 3月6日
2004年 3月5日05:55 3月5日 3月5日
2005年 3月5日11:45 3月5日 3月5日
2006年 3月5日17:28 3月6日 3月6日
2007年 3月5日23:18 3月6日 3月6日
2008年 3月5日04:58 3月5日 3月5日
2009年 3月5日10:47 3月5日 3月5日
2010年 3月5日16:46 3月6日 3月6日
2011年 3月5日22:31 3月6日 3月6日

啓蟄の瞬間の日時 (UT) と、日本・中国での日付は表のとおり。

[編集] 驚蟄

啓蟄のことを日本以外の漢字文化圏では驚蟄(惊蛰、拼音: jīngzhé )と書く。また日本でもそう書く場合がある。

これは、王朝6代皇帝である景帝(いみな)が「啓」(現代北方音: qǐ)であり、避諱して意味が似ている「驚」の字で代用したことに由来する。同時に、孟春正月の驚蟄と、仲春二月節の「雨水」との順番を入れ換えた。同様に、「穀雨」と「清明」の順次も入れ換えた。

  • 漢初以前 立春 ⇒ 啓蟄 ⇒ 雨水 ⇒ 春分 ⇒ 穀雨 ⇒ 清明
  • 漢景帝代 立春 ⇒ 雨水 ⇒ 驚蟄 ⇒ 春分 ⇒ 清明 ⇒ 穀雨

代に入ると、啓の字を避ける必要がなくなったことから「啓蟄」に戻された。それと同時に、順次も孟春正月中に変えられている。しかし、使い慣れないせいもあって大衍暦で再び「驚蟄」に戻され現在に至る。

日本でも、中国と同様に「驚蟄」が歴代の具注暦に使われている。後に日本でも大衍暦と宣明暦を採用したが、驚蟄は、日本では、仲春二月節とされた。日本で「啓蟄」が名称として用いられたのは、貞享の改暦の時である。従来の仲春二月節のまま、文字だけが改められた。二十四節気の名称のうちで日本と中国で異なっているのはこれだけである。

[編集] 七十二候

啓蟄の期間の七十二候は以下の通り。

初候
蟄虫啓戸(ちっちゅう こを ひらく):冬蘢りの虫が出て来る(日本)
桃始華(もも はじめて はなさく):の花が咲き始める(中国)
次候
桃始笑(もも はじめて わらう):桃の花が咲き始める(日本)
倉庚鳴(そうこう なく):山里でが鳴き始める(中国)
末候
菜虫化蝶(なむし ちょうと けす):青虫が羽化して紋白蝶になる(日本)
鷹化為鳩(たか けして はとと なる):郭公に姿を変える(中国)

[編集] 前後の節気

雨水啓蟄春分

[編集] 参考文献

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