和歌山県第2区

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
日本の旗和歌山県第2区
行政区域 海南市橋本市紀の川市岩出市海草郡伊都郡
比例区 近畿ブロック
設置年 1994年
選出議員 阪口直人民主党
有権者数 232,230人
1.12 倍(一票の格差高知3区との比較)
総務省・2011年9月2日)
テンプレートを表示

和歌山県第2区(わかやまけんだい2く)は日本の衆議院議員総選挙における選挙区域。現在の選挙区は1994年公職選挙法改正で設置。

目次

[編集] 選挙区域

[編集] 帝国議会

[編集] 国会

[編集] 歴史

小選挙区制の開始時には旧那賀郡粉河町(現・紀の川市)を地盤とする岸本光造が2度の当選を果たし、二階俊博野田実ら保守系の争いが続いた和歌山3区とは異なる安定した保守王国であった。

しかし、2002年に岸本光造が死去。遺族や後援会が息子の岸本健の擁立を求めたのに対し、自民党和歌山県連は岸本健の擁立に難色を示し、海南市長であった石田真敏の擁立を目指した。公認争いの末、石田が自民党公認を獲得し、与党統一候補として立候補した一方、公認争いに敗れた岸本は民主党、自由党、無所属の会の推薦を受けて無所属で立候補し、自民党議員であった父親の弔い合戦を野党3党で行うというねじれ現象が起きた。結果は石田が勝利し、以後の選挙でも小選挙区で勝利している。

岸本はその後、民主党入りし、2003年の選挙で比例復活当選を飾るが2005年の選挙で落選。直後に民主党を離党し、2007年の和歌山県議選に出馬し、当選した。

2009年の選挙では民主党大勝の風がここにも起こり、阪口が石田を破って初当選を果たした。

[編集] 和歌山府民

和歌山県第2区内の橋本市岩出市ではニュータウン開発が進み、1990年代には旧岩出町の人口が2倍に増加、橋本市の人口が18.76%増加した。旧岩出町では人口に対する地元出身者の割合が三分の一程度になり、残りの大半が大阪からの転入者となったとされる。これらの住民は「和歌山府民」と呼ばれ、転入者の多くが大阪へ通勤・通学し、選挙への関心が薄いという[1][2]

[編集] 小選挙区選出議員

選挙名 当選者 党派 備考
第41回衆議院議員総選挙 1996年 岸本光造 自由民主党
第42回衆議院議員総選挙 2000年 岸本光造 自由民主党
補欠選挙 2002年 石田真敏 自由民主党 ※岸本の死去に伴う。
第43回衆議院議員総選挙 2003年 石田真敏 自由民主党
第44回衆議院議員総選挙 2005年 石田真敏 自由民主党
第45回衆議院議員総選挙 2009年 阪口直人 民主党

[編集] 選挙結果

第45回衆議院議員総選挙
当落 得票数 候補者 党派 経歴
90,134 阪口直人 民主党
当(比) 71,343 石田真敏 自由民主党
  3,089 久保美也子 幸福実現党
第44回衆議院議員総選挙
当落 得票数 候補者 党派 経歴
88,915 石田真敏 自由民主党
  62,429 岸本健 民主党
  13,027 下村雅洋 日本共産党
第43回衆議院議員総選挙
当落 得票数 候補者 党派 経歴
77,102 石田真敏 自由民主党
当(比) 63,145 岸本健 民主党
  11,020 古倉伸二 日本共産党
衆議院和歌山2区選出議員補欠選挙
当落 得票数 候補者 党派 経歴
71,631 石田真敏 自由民主党
  60,398 岸本健 無所属
  13,094 奥村規子 日本共産党
  • 石田真敏は公明党、保守新党の推薦を受け出馬。
  • 岸本健は民主党、自由党、無所属の会の推薦を受け出馬。
第42回衆議院議員総選挙
当落 得票数 候補者 党派 経歴
83,419 岸本光造 自由民主党
  38,156 木村文則 民主党
  19,209 吉田小雪 日本共産党
  1,870 小松由紀 自由連合
第41回衆議院議員総選挙
当落 得票数 候補者 党派 経歴
74,134 岸本光造 自由民主党
  48,048 鶴保庸介 新進党
  19,637 吉田小雪 日本共産党
  • 鶴保はのちに参議院議員へ。

[編集] 脚註

  1. ^ 読売新聞大阪地方版/和歌山、34頁、2009年8月26日閲覧より
  2. ^ 朝日新聞大阪朝刊、36頁、2000年6月5日閲覧より

[編集] 参考文献

  • 「(2票を求めて)2区 読めない票、奪取に躍起 総選挙」」読売新聞大阪地方版/和歌山、34頁、2009年8月26日閲覧
  • 「[思惑・選ぶ側]衆院選わかやま(中)パンフ、ごみ箱に直行」朝日新聞大阪朝刊、36頁、2000年6月5日閲覧

[編集] 関連項目

個人用ツール
名前空間
変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス