ぎなた読み
ぎなた読み(ぎなた よみ、異称:弁慶ぎなた式[べんけいぎなた しき]、英語訳[1]:rading by false groupings)は、日本語における言葉遊びの一種。
文章の区切りを間違えて読むこと、および、わざと文章の区切りを意図的に変えて読むことを言う。
日本語以外の諸言語にも同様の言葉遊びは存在する。英語において「ぎなた読み」に相当するものについては後述する。
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[編集] 概説
この言葉は、「弁慶がなぎなた(薙刀)をふりまわし/\」という一節について、本来「弁慶が、なぎなたを、ふり回しふり回し」と区切るべきであるところ、1回目の「な」を間投詞の一種と解釈し「弁慶がな、ぎなたをふり回しふり回し」と読めることに由来する。
なお、同様のことを意図的に行う文学上の手法として、掛詞がある。20世紀後半までは、電文パズル電報、ワープロおよびパソコンが普及して以降は「誤変換」として意図的に楽しまれている。 また、クイズ番組でも、ぎなた読みを使ったクイズを出題することがある。(マジカル頭脳パワー「マジカルフレーズ」・サルヂエ「ダブルヂエ」、共に日本テレビ系列)
[編集] 文学作品などでの利用例
- 井上ひさしの『国語事件殺人辞典』
- 篠原資明が考案した詩のジャンル「超絶短詩」
- 一休さんの逸話に、「ここではきものをぬぐべし」(ここで、履き物を脱ぐべし)(ここでは、着物を脱ぐべし)というものがある。
- 近松門左衛門は、句点を軽んじた数珠屋に「ふたえにしてくびにかけるじゅず」を注文したという。数珠屋は「二重にして、首にかける数珠」と読んで非常に長い数珠を作ったが、実際に注文したのは「二重にし、手首にかける数珠」であった。
- 小学校の国語科の授業にて、文節や句読点の重要性を伝えるために用いられることがある。
- また、ワープロの操作説明の初歩で、文節区切りやその変更の説明に用いられる例もある。「わたしはいしゃです」→「私は医者です」・「私歯医者です」
[編集] ぎなた読みをして意味が通る例
[編集] 同音のもの
[編集] 単純に意味が異なる例
- あいたい:「会いたい」と「あ、痛い」と「相対」
- あきた:「飽きた」と「あ、来た」と「秋田」
- あくまで:「悪魔で」と「飽くまで」と「開くまで」と「空くまで」と「明くまで」
- あったかい:「暖かい」と「あっ、高い」と「有ったかい?」
- ありがたかった:「ありがたかった(有難かった)」と「蟻が集った(アリがたかった)」
- ありません:「有りません」と「有馬線」
- いぬがねこをうんだ:「犬が猫を産んだ」と「犬がね、仔を産んだ」
- いやしません:「癒しません」と「居やしません」と「嫌、しません」
- いつか:「何時か」と「五日」
- おかまでかける:「おかま、出かける」と「丘まで駆ける」
- おきもの:「置物」と「お着物」(和服)
- おしょくじけん:「お食事券」と「汚職事件」
- おのし:「お熨斗」と「小野氏(および、小野市)」
- おもてなし:「お持て成し(本義の『接待』)」と「表、無し」
- おれにくいや:「折れにくい矢」と「俺、肉イヤ」
- ○○がちょうのように〜:「○○が、蝶のように〜」と「○○、鵞鳥のように〜」
- かにくわれる:「蚊に食われる」と「蟹、食われる」と「果肉、割れる」
- かねをくれたのむ:「金をくれ(お金頂戴)、頼む」と「金をくれた、飲む」
- かみきった:「髪切った」と「紙切った」と「噛み切った」
- かみのみぞしる:「神のみぞ知る(神だけが知る)」と「神の溝知る」
- かんがえられる:「考えられる」と「缶が得られる」
- かんどうする:「缶、どうする?」と「感動する」と「勘当する」
- きくな:「聞くな」と「菊名」
- きょうちゅうにちかった:「胸中に誓った」と「今日中日勝った」
- くさかった:「草刈った」と「臭かった」
- くるって:「来るって」と「狂って」
- くるまって:「包まって」と「車って」
- くるまで:「車で」と「来るまで」
- けがされた:「怪我された」と「汚された」と「穢された」
- けがした:「怪我した」と「毛が下」と「汚した」と「穢した」
- けがない:「怪我ない」と「毛が無い」
- ここのかにはいける:「此処の蟹はいける(ここの蟹は美味だ)」と「9日には行ける」
- こらしめろ:「こら、閉めろ」と「懲らしめろ」
- さがしにいく:「探しに行く」と「佐賀市に行く」
- さんじゅうし:「三銃士」と「三十四(34)」
- じなんです:「二男です」と「痔なんです」
- だいぶつかった:「だいぶ使った」と「大分漬かった」と「大仏買った」
- つまできた:「津まで来た」と「妻できた」
- としまく:「豊島区」と「年増、苦」
- とりにくかった:「鶏肉買った」と「取りにくかった」と「鳥、難かった」(関連後述)
- ○○にあう:「○○に合う」と「○○、似合う」
- にくかった:「憎かった」と「肉買った」
- ねえちゃんと〜:「ねえ、ちゃんと〜」と「姉ちゃんと〜」と「姐ちゃんと〜」
- 上記に関連して、りかちゃんと〜(「理科、ちゃんと〜」と「リカちゃんと〜」)がある。両者共に、言葉の下に「やってる(してる)?」(「やった(した)?」)を付け加えて男性に問いかけ、それを肯定させた瞬間、いかにも性的な関係を持っているかのようにはやし立てるいたずら目的で使われる。
- はかない:「儚い」と「履かない」と「吐かない」と「掃かない」と「墓、無い」
- はげます:「励ます」と「禿げます」
- はらいたくない:「腹、痛くない」と「払いたくない」
- はりやいと:「針や糸」と「鍼(はり)・灸(やいと)」
- ぱんつくった:「パン作った」と「パンツ喰った」
- ふたつくった:「蓋、作った」と「2つ喰った」
- ぶるーすりー:「ブルース・リー」と「ブルー・スリー」
- ほるもん:「ホルモン(生理活性物質)」「ホルモン(もつ)」「掘るもん(掘る物・者)」「彫るもん(彫る物・者)」「放るもん(投げ出す物・者、廃棄する物・者)」、ほか
- もまれながら:「乳癌は、男性にも稀ながら見つかる」と「乳癌は、男性に揉まれながら見つかる」
[編集] 意味が反対になる例
- きょうはあめがふるてんきじゃない:「今日は、雨が降る天気じゃない」と「今日は雨が降る、天気じゃない」
- けいざいはきゅうこうか:「経済は、急降下」と「経済波及効果」
- まおうやまをいく「『魔王山』を往く」と「魔王、山を往く」、コンピュータゲーム『LIVE・A・LIVE』に使われている楽曲の一つで表記は「魔王山を往く」、作中の使用シーンから普通に考えると前者の読み方だが作品全体を見ると後者ともとれるため、ぎなた読みを狙ってつけられた可能性がある。
[編集] 文章・歌詞等の一節を誤解した例
表記内容は左から順に、係る文節、正しい解釈文(前者、鉤括弧「」内)とぎなた読みされた解釈文(後者、鉤括弧「」内)、解説。
- あかいわのりこ:「赤い環のリコ」と「赤岩紀子」 - 前者はコンピュータゲーム『ファンタシースターオンライン』のストーリー上で重要な役割を担う人物であるが、これをゲーム中のチャット機能で入力すると後者が変換の第一候補となってしまうため、しばしば「赤岩紀子とは誰か」という質問が投げかけられていた。赤岩紀子という実在の人物をモデルにしたとの説もあり。
- あーおもしろい:「あー面白い」と「青も白い」 - 前者は文部省唱歌『蟲のこゑ』の一節。
- あさのけいこ:「朝の稽古」と「あさのけいこ(人名)」 - 前者はコンピュータゲーム(対戦型格闘ゲーム)『ストリートファイターII』の登場人物・エドモンド本田の勝利時の台詞「あさのけいこよりらくしょうでごわす」より。力士が行う稽古のことであるが、台詞が平仮名表記であったため、「あさのけいこ」という名前の女性だと思い込んだという話が流布している。なお、後のシリーズでは漢字仮名混じり文に書き換えられている。
- うさぎおいしかのやま:「兎追いし彼の山」と「兎追い鹿の山」 - 前者は文部省唱歌『故郷』の一節。「兎美味し彼の山」と誤解されることも多い。
- おいてかれんだ:「置いてかれんだ(置いて行かれるんだ)」と「置いてカレンダー」 - 前者はスキマスイッチの曲『全力少年』の一節。語尾を「だー」と伸ばす歌い方のために生じる。
- おかしくって:「可笑しくって」と「お菓子食って」 - 前者はキャンディーズの歌謡曲『微笑がえし』の一節。
- おくにしまった:「奥に仕舞った」と「奥西(姓)待った」 - 前者は山口百恵の歌謡曲『ひと夏の経験』の一節。
- おもいこんだら:「思い込んだら」と「重いコンダラ」 - 前者はテレビアニメ『巨人の星』のオープニング主題歌の一節。主人公・星飛雄馬がタイトルバックにおいて「手動式圧延機(手動式の整地ローラー)」を牽いて訓練する場面で流れるとされた都市伝説に由来し、「コンダラ」が手動式整地ローラーの正式名称であると思い込む人が多数いた。また、そのパロディとして、コンピュータゲーム『ときめきメモリアル2』の中で、元野球少年の番長が使う奥義(技)の名称として「重いコンダラ」が使用されている。
- きみかわいいね:「君、可愛いね」と「君、皮、いいね」 - 前者は伊藤咲子の歌謡曲の一節。
- こいしくって:「恋しくって」と「小石食って」 - 前者はBEGINの曲『恋しくて』、大塚愛の『大好きだよ。』、吉幾三の『雪國』の一節。
- ここではきものをぬいでください:「ここで履物を脱いで下さい」と「ここでは着物を脱いで下さい」
- こはいかに:「此は如何に」と「怖い蟹」 - 前者は『尋常小学唱歌』に掲載の文部省唱歌「浦島太郎」の歌詞。文語調で「(帰ってみたら700年経っていた故郷に対して)これはどうしたことであろうか」という意味であるが、現代(平成期)の子供は「(故郷に帰ってみたら)怖い蟹がいた」と思い込んでしまうことが多い。
- さよならとかいたてがみ:「さよならと書いた手紙」と「さよなら東海タテガミ」 - 堺正章の歌謡曲『さらば恋人』の歌詞の一節を後者のように誤解して聴く人が多くいた。「東海(とうかい)」という地名の響きが当時の歌謡界で多用されていた「ご当地ソング」を連想させて自然に感じられたことも影響している。
- せつなさみだれうち:「刹那五月雨撃ち」と「切なさ乱れ撃ち」 - コンピュータRPG『女神異聞録ペルソナ』の技の一つ。平仮名表記であったため、後者のように誤解されたという話が流布している。
- たまのりしこみたいね:「玉乗り仕込みたいね」と「タマノリシコみたいね」 - 前者はテレビアニメ『ドラゴンボールZ』の主題歌『CHA-LA HEAD-CHA-LA』の一節。歌詞の前後の脈絡からは「玉乗り」という言葉が出てくるとは想像もつかないため、「タマノリシコみたい」という歌詞と誤解し、「タマノリシコ」とは何だろうと悩んだという話が流布している。
- ちえとちからとゆうきのこ:「知恵と力と勇気の子」と「"知恵と力"と言う(名称の)キノコ」、または、「"知恵"と"力"と言う(二種類の)キノコ」 - 前者はテレビアニメ『スーパージェッター』の主題歌。「言う」は、会話では「ゆう」と発音されることが多いため、後者のようにも解釈できる。
- つうといえばかあ:「つうと言えば、かあ」と「つう(ツー・2)と言え、馬鹿ぁ」 - 前者は「互いに気心が知れている状態」を意味する慣用句であるが、区切りを誤解することによって、後者のように眼下の者などへの命令・罵倒のような言葉と解釈されうる。
- つめたいあさのひも:「冷たい朝の日も」と「冷たい麻の紐」 - 前者はテレビアニメ『CLANNAD』の主題歌『メグメル』の一節。
- となりでわらってたかった:「隣で笑ってたかった(隣で笑っていたかった)」と「隣で笑って集(たか)った(横に付いて、笑いながら金品などをたかった)」 - 前者はプリンセスプリンセスの歌『M』の一節。
- なかじまらもたいほ:「『中島ら』も逮捕」と「『中島らも』逮捕」 - ある事件で中島姓の逮捕者が出たため前者のように報道されたが、「中島らも」という作家がいるため後者のようにも解釈できる。中島らも自身がこれをネタにしていた。
- なみだのなかにわかさがいっぱい:「涙の中に若さがいっぱい」と「涙の中には、傘がいっぱい」 - 前者は島倉千代子の演歌『人生いろいろ』の一節。
- はーもにーかなでておくれ:「ハーモニー奏でておくれ」と「ハーモニカ撫でておくれ」 - 前者はTM NETWORKの楽曲『STILL LOVE HER (失われた風景)』の一節。
- びしょっぷぼぶ:「ビショップ・ボブ」と「ビショッ・プボブ」 - 前者は種牡馬の馬名。後者は意味が通じないが、前者の種牡馬の産駒の名前をつける際に馬主が文字の区切りを勘違いし「モミジプボブ」と名づけ、中央競馬で走らせていた[3]。
- ふぁれのぷしす:「ファレノプシス」と「ファレのプシス」 - 本来は胡蝶蘭の学名であるが、同名の競走馬(1998年の桜花賞などGI3勝)が登場した際に後者と誤解され、スポーツ新聞等で「プシス激走」などの見出しがつけられたことがある。
- べいぶるーす:「ベーブ・ルース」と「ベイ・ブルース」 - 上田正樹の曲『悲しい色やね』の歌詞において、後者が「大阪ベイ(=大阪湾)ブルース」という表現で用いられている(曲のサブタイトルも「OSAKA BAY BLUES」と表記されている)。当然、野球選手の名前である前者とは全く関係はない。
- みみどしま:「耳年増」と「みみど島」 - おニャン子クラブの歌『セーラー服を脱がさないで』の歌詞の一節。「耳年増」(聞きかじりの性的な知識が豊富な女性のこと)という言葉を知らない年齢層の人達の中には、「みみど島」という名前の島があると思っていたという話が流布している。
- わがしのおん:「我が師の恩」と「和菓子の恩」 - 前者は文部省唱歌『仰げば尊し』の一節。同じ歌の中で「今こそ別れめ」(「別れむ」が係り結びにより已然形となったもの)という一節も「今こそ分かれ目」と誤解されることもある。
[編集] 異音のもの
以下は、音は異なるが、文字の区切りによってぎなた読みが起きる例。
- あぶないからはいってはいけません:「危ないから入ってはいけません」と「『危ないから』は言ってはいけません」
- 「石山坂本線」「田原本線」:前者は「いしやま・さかもと・せん」、後者は「たわらもと・せん」が正しい読みであるが、前者を「いしやまざか・ほんせん」、後者を「たわら・ほんせん」と(東海道本線や東北本線のような)「本線」と誤解するもの。実際にはどちらも支線格である。
- 「イラン人生徒らに」:「イラン人(の)生徒らに」と「いらん(要らん)人生、徒(いたず)らに」
- ここではきものをぬいでください:「ここで履物を脱いでください」と「ここでは着物を脱いでください」
- おれはまってるぜ:「俺は待ってるぜ」と「俺、はまって(嵌って)るぜ」
- 「外国人参政権」:「『外国人』参政権」と「外国『人参』政権」 - 維新政党・新風の支持者によるデモの参加者が持っていたプラカードに「外国人参」「政権反対」と改行してあるものがあり[4]、アンサイクロペディアの項目に取り上げられた。
- 「学園北大通り」:「学園北(がくえんきた)大通り(おおどおり)」と「学園(がくえん)北大(ほくだい)通り(どおり)」
- 「学園東大通り」:「学園東(がくえんひがし)大通り(おおどおり)」と「学園(がくえん)東大(とうだい)通り(どおり)」
- 「烏丸丸太町」:「烏丸(からすま)丸太町(まるたまち)」と「烏(カラス)、丸丸(まるまる)太る町」 - 前者は京都府京都市中京区、京都御苑の西南端付近に実在する交差点およびバス停の名称。
- 「旧中山道を歩く」:「旧・中山道(なかせんどう)を歩く」と「1日中、山道(やまみち)を歩く」 - テレビ番組での誤読として流布している[5]。「旧」の字を誤って分解して読んでしまったこと(手書きの原稿などの場合に起こりやすい)に起因してぎなた読みが起こったものである。誤読の例としては広く知られているが、ぎなた読みとしては特殊な例と言える。
- 「航空相撲殺される」:「航空相、撲殺される」と「航空相撲、殺される」 - 前者は2002年(平成14年)にアフガニスタンで起きた事件であるが、2ちゃんねる内で後者のような誤読が続出したため、「アフガン航空相撲」というネタとして定着したもの。
- 「この先生きのこる」:「この先、生き残る」と「この先生、きのこる」 - ここで「きのこる」は日本語の語彙には存在しないから、本来ならば全く意味をなさないはずであるが、「朝日(新聞)」→「アサヒる」などと同様の発想で、何となく「キノコ」と関係のありそうな動詞の終止形を思わせることから、「おじさん、頑張る → 頑張るおじさん」と同様の発想で「きのこる先生」という語が造られた。前述の例と同様、2ちゃんねる内でネタとして定着しているが、さらにその経過が難解な例である。
- 「親等」:「しんとう」と「親(おや)など」
- 「〜側溝」:「〜そっこう」と「〜側(がわ)溝」
- 「大人気」:「だいにんき」と「おとなげ」
- 「西武蔵野線」「東武蔵野線」:「西の武蔵野線(にし むさしのせん)」と「西武鉄道の、蔵野線(せいぶ くらのせん)」(もしくは「東の武蔵野線」と「東武鉄道の、蔵野線」) - 武蔵野線の全通開業当初、国鉄では、南浦和駅を境界として西側を西武蔵野線、東側を東武蔵野線と呼んでおり、後者のような誤読が国鉄内部でも続出したとされる。現在は、総称として「武蔵野線」、区間の呼称としては、他線同様に「武蔵野東線」「武蔵野西線」、また、旅客化されていない府中本町以南は「武蔵野貨物線」のほか、「武蔵野南線」と呼ぶ場合がある。もちろん南武鉄道(戦時買収後はJR南武線)、東武鉄道、西武鉄道と、直接関係はなく、また「蔵野線」なる路線も存在しない。
- 「人気がない」:「にんきがない」と「ひとけがない」
- のろいのはかば:「呪いの墓場」と「鈍い(のろい)のは、河馬(カバ)」
- 「東大阪大」:「東大阪大(ひがしおおさかだい)」と「東大(とうだい)・阪大(はんだい)」 - 東京大学・大阪大学がともに難関大学として有名であることから後者のように取ってしまう者もいる。
- 「暴カ二男」:「暴力二男(次男)」、「暴(あばれ)カニ(蟹)男」、および、「暴(ぼう)[6]カニ(蟹)男」 - こちらもぎなた読みとしては特殊であるが、漢字の「力(ちから)」と片仮名の「カ」、漢数字の「二」と片仮名の「ニ」の判別が、ともに困難なことから来ている。
- 「よいこはここにはいらない」:「良い子は此処に入らない」と「良い子は此処には要らない」 - 変電所・高圧鉄塔・貯水池などの危険な施設の周囲に貼られた、子供向けの進入禁止の案内表示。無論、本来は前者の意味であるが、子供にも読めるようすべて平仮名で書かれているため、後者の意味に取ってしまう者もいる。
[編集] 諸言語のぎなた読み
[編集] 英語のぎなた読み
マザー・グース(ナーサリーライム)の一つに「英語版ぎなた読み」と言えるものがある。しかしこれは「道行き」「縁語」技巧に近い。
- I saw a fish pond all on fire
- I saw a house bow to squire
- I saw a parson twelve-feet high
- (中略)
- I saw a man who saw these too
- And said though strange they all were true.
とチンプンカンプンな内容であるが、「火事で燃えていた」が次行の「家」を修飾し、「地主にお辞儀していた」で次行の「牧師」を修飾し……と、修飾する対象を一行ずらすだけで当たり前の光景を羅列したものに変貌する。
この文は末尾の「they all were true.」まで一切のピリオドやカンマ、そしてパンクチュエイションが無いためこのような読み方をさせることができる。
この手法は、既に17世紀には確立されていたらしい。
しかし17世紀以前でも、hot dog が「温度の高い犬」でなかったり、"Don't stop" が全く正反対に解釈できる("Don't! Stop!"と"Don't stop!")など特に文学作品でなくとも遭遇する。Right side が右側なのか、正しい方なのかがわからないようでは、会話が続かない。"This is a hot soup." は全く句読点の位置を変えること無く「これは、熱いスープだ」「これは、香辛料の利いたスープだ」「これは、今話題のスープだ」の3通りの意味をなす。
他には "No, too expensive" (だめ。高価過ぎる)と "No too expensive" (構わないから買いなさい)である。カンマが入るか否かで全く別の意味の文と化す。