周易上経三十卦の一覧

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八卦
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六十四卦
上経(1-30
下経(31-64

周易上経三十卦の一覧では『易経』に記載された六十四卦のうち上経にある30卦を総覧する。下経の34卦については周易下経三十四卦の一覧を参照。


1.乾 2.坤 3.屯 4.蒙 5.需 6.訟 7.師 8.比 9.小畜 10.履
11.泰 12.否 13.同人 14.大有 15.謙 16.豫 17.随 18.蠱 19.臨 20.観
21.噬嗑 22.賁 23.剥 24.復 25.无妄 26.大畜 27.頤 28.大過 29.坎 30.離

卦名次序歌訣[編集]

乾坤屯蒙需訟師,比小畜兮履泰否;
同人大有謙豫隨,蠱臨觀兮噬嗑賁;
剝復無妄大畜頤,大過坎離三十備。
咸恆遯兮及大壯,晉與明夷家人睽;
蹇解損益夬姤萃,升困井革鼎震繼;
艮漸歸妹豐旅巽,兌渙節兮中孚至;
小過既濟兼未濟,是為下經三十四。


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乾

(けん、qián)は六十四卦の第1番の卦。上下ともにKen.pngで構成され、すべてのが陽。通称「乾為天」。 四月に配される。天の表象であるが、天は目に見える形のことで、乾はその働きであると『周易正義』は説く。六十四卦の最初にこの卦が置かれ、その次に地を示す坤が置かれるのは、序卦伝において「天地あり。然る後、万物生ず」とされる。

通常の占断では構想ばかりが先行して位負けするなどの意味があり、卦の結果としては良いものではない。繋辞伝ではまず「元有利亨」とされている。


原文[編集]

乾、元亨。利貞。

  • 初九、潜龍。勿用。
  • 九二、見龍在田。利見大人。
  • 九三、君子終日乾乾、夕愓若。厲无咎。
  • 九四、或躍在淵。无咎。
  • 九五、飛龍在天。利見大人。
  • 上九、亢龍有悔。
  • 用九、見群龍无首。吉。


各爻解義[1][編集]

初九
潜龍である。用いてはならない。即ち社会的に表立って活動してはならない。飽くまでも自己を表さず、潜行密用せねばならぬ。ひそかに深く内面的に自己を養わねばならぬ。世を逃れて悶えず、よしとせられずとも悶えず、確乎としてどうすることもできない不抜さを要する。
九二
初九のひそかな自己修養の結果、自ずから人の注目する所となって、その姿を表すに至った見龍である。大人に就いて学ぶほどよい。そして、言は常に信有り、行いは常に謹み、邪を防いでその誠を存し、善・世に大いなるも誇らず、徳博くして自ずから他を化するようでなければならぬ。
九三
調子に乗って出過ぎる嫌いがある。終日努力し、夕べに反省して惕(おそ)れる所があれば、厲(あやう)いが咎はない。よく徳に進み、業を修めることである。変わらざる向上の努力(忠信)によって徳に進む。言語を修めて真実を表現し得ることによって業も維持できる。終始を全うすることが共に出来るようにならねばならぬ。
九四
外卦の初爻であり、下卦の初九に応じるものであるから、飛躍してよろしいが、尚未だ淵に在る、即ち内面的な謙虚な工夫がなければならぬ。さすれば咎は無い。
九五
従来の工夫努力によって、自ずから飛龍・天に在る境地である。しかも尚二爻に応じて、優れた人物に見(まみ)えて教えを受けねばならぬ。
上九
活動・顕現の極致である。亢龍である。悔いがある。創造は変化である。長く終始し、固定することがない。久しからずして変ずる。上九変ずれば澤上・天下の夬(かい)の卦となる。人と競わず、功に驕らず、喜んで「徳に居て、自ら忘るる」趣きがなければならぬ。去って新たに初爻に立てば、天上・風下の姤(こう)の卦となる、遇う所を選んで、やはり己を虚しくして、私を去らねばならぬ。
用九
これは乾坤二卦にのみ置いてある。つまり九(陽)と六(陰)との行動原理を明らかにしたものである。用九の場合、「天徳・首たるべからざるなり」と説いて、どこまでも謙虚に、自ら誇示してはならないと教えている。

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坤

(こん、kūn)は六十四卦の第2番目の卦。上下ともにKon.pngで構成され、すべてのが陰である。通称「坤為地」。十月に配される。地の表象であり、天である乾とともに万物を生成する。

原文[編集]

坤、元亨。利牝馬之貞。君子有攸往、先迷、後得主。利西南得朋、東北喪朋。安貞吉。

  • 初六、履霜堅冰至。
  • 六二、直方大、不習无不利。
  • 六三、含章可貞。或従王事、无成有終。
  • 六四、括嚢。无咎无誉。
  • 六五、黄裳、元吉。
  • 上六、龍戦于野。其血玄黄。
  • 用六、利永貞。


各爻解義[編集]

初六
霜を履(ふ)んで堅氷至る。霜が来れば、やがて堅い氷が張るようになる。物事は最初目立たぬようでも、段々推し進めてゆくと大変なことになるものである。馴致(じゅんち)ということを慎まねばならぬ。積善の家には必ず余慶があり、積不善の家には必ず余殃(よおう…災い)がある。臣にして、その君を弑(しい)し、子にしてその父を殺すのは、一朝一夕のことでは無い。その由来するところのものが積もり積もってのことである。これを悟って早く処理しないからである。習慣の大切なことはこの理による。もし早く良い習慣をつけて、これを育てあげてゆけば、どんな大善をも成すことも出来るのである。
六二
初めに生の徳を順に養ってゆけば、やがて内面的には正直に、外に対しては良く治まるようになるものである。無理しないでも効果のあがらぬことはない。
六三
初めと二との段階を経て、光彩(あや)が出る所であるが、それを飽くまで内に含んで、従来と変わらぬようでなければならない。さすれば、ここと言う時に自ずから外に発して分かるものである。場合によっては国家の問題にも従事するが、表立ってはやらずに、新陳代謝の激しい陽性に代わって、安らかによく終わりを保たねばならぬ。
六四
これから外卦に移るので、自然に従来三爻の成果が表れる段階であるが、尚且つ充実した袋の口を締め括らねば害はない。
六五
ここまで慎んで内実を充たしてくれば(文中)、黄裳(王者の衣裳)を着して元吉である。

   

上六
然るに坤道の極みは陽に通じ、多年の陰徳を忘れて、その功徳に驕り、龍・野に戦いて、その血・玄黄なるようなことになるものである。
用六
そこで坤道・陰徳というものは、いつまでも変わらぬものでなければならぬ。かくしてこそ終わりを大いにすることが出来る。


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屯

(ちゅん、chún)は六十四卦の第3番目の卦。内卦(下)がShin.png、外卦(上)がKan.pngで構成される。通称「水雷屯」。 序卦伝には、天地があって後、万物が生じ、天地の間に盈(み)ちるのは万物のみであるため屯でこれを受ける、とあり、屯とは「盈」「物の始めて生ず」であるとされる。
縁談では、のんびりとした誠実な人を選択すれば、大吉。

原文[編集]

屯、元亨。利貞。勿用有攸往。利建侯。

  • 初九、磐桓。利居貞。利建侯。
  • 六二、屯如、邅如、乗馬班如。匪寇婚媾。
  • 六三、即鹿无虞。惟入于林中。君子幾不知舎。往客。
  • 六四、乗馬班如。求婚媾往、吉无不利。
  • 九五、屯其膏。小貞吉、大貞凶。
  • 上六、乗馬班如。泣血漣如。


各爻解義[編集]

初九
進みがたいが、正を行う志を持って自重し、低姿勢で、大いに民心を得るようでなければならぬ。
六二
色々の問題が持ち上がるが、すべて思うようにゆかぬ。常に貞正を守って誘惑されぬようにしておれば、時至ってしっかりした本道に就くことが出来る。
六三
案内無しに鹿を追って林中に入るようなことがあってはならない。必ず行きづまる。機を見て止めるがよい。
六四
初爻と正応する。智慧を働かせ、初心をたずねてゆけばよろしい。
九五
外卦の中位であり、五の陽位に陽爻であるから正中するものである。吉であるが、何分にも、まだ開創の初期である。徳澤を及ぼすまでに至っておらない。分を守れば吉。大きく構えると凶である。
上六
幾多の困難を冒して創業してゆく至極であるから、迷い多く、涙が絶えない。しかし勝負は速い。


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蒙

(もう、méng)は六十四卦の第4番目の卦。内卦(下)がKan.png、外卦(上)がGon.pngで構成される。通称「山水蒙」。序卦伝によると、蒙とは「蒙(おろか)」「物の稚(おさな)き」であり、物が生じた当初は蒙昧であるため、屯の次に置かれるという。

原文[編集]

蒙、亨。匪我求童蒙、童蒙求我。初筮告。再三瀆。瀆則不告。利貞。

  • 初六、発蒙。利用刑人。用説桎梏、以往吝。
  • 九二、包蒙、吉。納婦。吉。子克家。
  • 六三、勿用取女。見金夫、不有躬。
  • 六四、困蒙。吝。
  • 六五、童蒙、吉。
  • 上九、撃蒙。不利為寇、利禦寇。


各爻解義[編集]

初六
理想像・模範・型を示して、良くしつけるが良い。自由を誤って放縦にすることは良くない。
九二
少年の本質を全うせねばならぬ(包蒙)。よい配合・良友・切磋琢磨の相手を得させるが良い。何でもよく出来るものである。
六三
誘惑にかからぬようにせねばならぬ。誘惑されるような相手を見ると、身が持てない。
六四
真実の自己を発見しようとして悩むものである(困蒙)。
六五
陽位に陰在し、九二に正応する。少年の純真性を保全して、柔順に教えを受け、正を養い、徳を育(やしな)えばよい。
上九
少年教育の究極は鍛錬陶冶にある(撃蒙)。但し、憎んだり傷めつけてはいけない。邪悪から防いでやるが良い。

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需

(じゅ、xū)は六十四卦の第5番目の卦。内卦(下)がKen.png、外卦(上)がKan.pngで構成される。通称「水天需」。序卦伝によると、需とは「飲食の道」であり、物が幼いときは養わなければならないので、蒙の次に置かれるという。また彖伝では需とは「須(まつ)」であると説く。

原文[編集]

需有孚。光亨。貞吉。利渉大川。

  • 初九、需于郊。利用恒。无咎。
  • 九二、需于沙。小有言、終吉。
  • 九三、需于泥。致寇至。
  • 六四、需于血。出自穴。
  • 九五、需于酒食。貞吉。
  • 上六、入于穴。有不速之客三人来。敬之終吉。


各爻解義[編集]

初九
乾の初九に同じく、謙虚に、他日を期して修養し、しっかりした、変わらぬ志操習慣を身につけねばならぬ。
九二
やや問題はあるが、悠游修養するのが結局よい。
九三
厄介な問題にぶつかる。敬虔に慎重にしてゆけば失敗はない。
六四
外卦即ち外の険難に立つのである。随って心血を注ぐような苦心努力を要するが、初心を忘れず、教えを聴いてゆけば一先ず免れることが出来る。
九五
修養努力の結果、余裕綽々大いに楽しむ境地である。
上六
問題に深入りして解脱に苦しむ所であるが、修養道徳のおかげで、思わぬ人々から助言を受けることが出来る。敬虔に聞けば結局良い。


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訟

(しょう、sòng)は六十四卦の第6番目の卦。内卦(下)がKan.png、外卦(上)がKen.pngで構成される。通称「天水訟」。序卦伝によると、訟とは「訟(うったえる・あらそう)」であり、飲食にはあらそいがつきまとうので、需の次に置かれるという。

北にいる六白であり、伏蔵・険難の一白と陽剛の六白が訟え争っている。


原文[編集]

訟、有孚窒。愓中吉、終凶。利見大人。不利渉大川。

  • 初六、不永所事、小有言、終吉。
  • 九二、不克訟。帰而逋。其邑人三百戸、无眚。
  • 六三、食旧徳。貞厲終吉。或従王事、无成。
  • 九四、不克訟。復即命、渝安貞吉。
  • 九五、訟、元吉。
  • 上九、或錫之鞶帯、終朝三褫之。


各爻解義[編集]

初六
争い事(訟)を長びかしてはいけない。少々問題はあっても、始めの内ならば、是非善悪の弁別は明らかである。
九二
私欲から権威ある上と訟(あらそ)うことは出来ない。己に返って訟えから逃れることである。ささやかな領域を守っておれば災いはない。九二は九五と応ぜず、しかも彼は正中である。
六三
故(ふる)くからの徳義に生きるようにせねばならぬ。貞なれば、厲(あやう)くても遂には吉である。国家社会の事に従っても、自己を主張してはいけない。
九四
初爻と正応する。訟(あらそ)い続けることは上手くいかない。初心に返って、態度を改め、自己の正道を失わないように安んじておれば吉。
九五
かく何等非難される態度や固執なく、正道を踏んで立てば、訟えも元(おお)いに吉である。
上九
訴訟に克って大いに得る所があり、喜びに堪えぬようであっても、元来訟え事であるから、自重して余り重んじないよう心掛ける事。

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師

(し、shī)は六十四卦の第7番目の卦。内卦(下)がKan.png、外卦(上)がKon.pngで構成される。通称「地水師」。師は軍隊の意味であり、序卦伝によると、あらそいがあると大衆が立ち上がるので、訟の次に置かれるという。

原文[編集]

師、貞。丈人吉无咎。

  • 初六、師出以律。否臧凶。
  • 九二、在師中。吉无咎。王三錫命。
  • 六三、師或輿尸。凶。
  • 六四、師左次。无咎。
  • 六五、田有禽、利執言。无咎。長子帥師。
  • 上六、大君有命。開国承家。小人勿用。


各爻解義[編集]

初六
軍隊を動員するには軍律が無ければならぬ。これが無ければ、いかに正義の戦でも凶である。
九二
外国を悦服させ、王の信寵を受けるようなれば吉である。
六三
戦い利あらず、犠牲者を出す。凶。
六四
陣を堅くして不動の姿勢を要する。
六五
野禽(野鳥)が農作物に害ある時は田猟してもよいように、侵略者が良民を害する時、軍隊を動員して良い。但し名実ともに大将にその人を得なければならぬ。それでなければ名分の立った戦でも凶である。
上六
究極する所、国家の為に正しい意義功用があんければならぬ。小人を用いてはならない。必ず国を乱すからである。


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比

(ひ、bǐ)は六十四卦の第8番目の卦。内卦(下)がKon.png、外卦(上)がKan.pngで構成される。通称「水地比」。比は「したしむ」の意味であり、序卦伝には大衆すなわち人と人は親しむので、師の次に置かれるという。

原文[編集]

比吉。原筮、元永貞、无咎。不寧方来。後夫凶。

  • 初六、有孚比之、无咎。有孚盈缶、終来有它吉。
  • 六二、比之自内。貞吉。
  • 六三、比之匪人。
  • 六四、外比之。貞吉。
  • 九五、顕比。王用三駆失前禽。邑人不誡。吉。
  • 上六、比之无首。凶。


各爻解義[編集]

初六
自然に感応する所があって親しむのは咎ない。溢れるほどの誠意があれば、結局予想外の吉事があろう。
六二
内心からつき従って、代わることなければ吉である。
六三
匪人に(之)比す。小人にたかられて自ら誤ることを警戒せねばならぬの意。
六四
上の賢人に親しんで、変わることなければ吉である。
九五
堂々と交親すべきものである。王が三方から前なる禽(鳥)を駆り立てて。逃げる者は逃がしてやるように、寛大を示せば、衆は安心して付いてくる。吉である。
上六
上六の応爻は六三である。正応せず。自ら五爻の上に位して、敢えてこれを親しみ輔けることに甘んぜず、推戴するもの無くして孤独である。始めの卦辞にある後その凶なるものに該当する。上爻変ずれば、風地観の卦となる。敬虔な態度で宗教的精神を発揮し、衆人の敬仰する所とならねばならぬ。


小畜[編集]

小畜

小畜(しょうちく、xiǎochù)は六十四卦の第9番目の卦。内卦(下)がKon.png、外卦(上)がKan.pngで構成される。通称「風天小畜」。畜は「あつめる」「とどめる」の意味であり、序卦伝には人と人が親しむとあつまるので、比の次に置かれるという。

原文[編集]

小畜、亨。密雲不雨。自我西郊。

  • 初九、復自道。何其咎。吉。
  • 九二、牽復。吉。
  • 九三、輿説輻。夫妻反目。
  • 六四、有孚。血去惕出。无咎。
  • 九五、有孚攀如。富以其隣。
  • 上九、即雨即処。尚徳戴。婦貞厲。月幾望、君子征凶。


各爻解義[編集]

初九
乾の初爻である。進まんとして復(かえ)り、道にしたがう。何の咎があろう、吉である。
九二
初九と相牽(ひき)いて道に復(かえ)って往けば吉である。
九三
勢いよく進んできたのはよいが、ここに至って六四の陰に阻まれ車体のつなぎが取れて、自壊する危険がある。夫妻の歩調が合わず、反目するような破目になる嫌いがある。
六四
道を履んで努力すれば、その効あって、悩みは去り、上・志を合して吉である。
九五
上下志を合して、独り富むことなく、隣人と共に栄える。
上九
一貫した道義的実践によって目的を達した境地である。しかし陰の位にある陽爻であるから、婦人は特に戒慎を要する。月で言えば満月に近い。満つれば欠ける。君子も進み過ぎるといけない。自分は善いと思っていても疑わしい所があるのである。

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履

(り、lǙ)は六十四卦の第10番目の卦。内卦(下)がDa.png、外卦(上)がKen.pngで構成される。通称「天沢履」。履は「ふむ」の意味であるが、序卦伝では履は「」であるとし、物があつまると礼ができるため、小畜の次に置かれるという。

原文[編集]

履虎尾不咥人。亨。

  • 初九、素履。往无咎。
  • 九二、履道坦坦。幽人貞吉。
  • 六三、眇能視、跛能履。履虎尾咥人。凶。武人為于大君。
  • 九四、履虎尾。愬愬終吉。
  • 九五、夬履。貞厲。
  • 上九、視履考祥。其旋元吉。


各爻解義[編集]

初九
あるがままにやっていって咎はない。
九二
何の険しいこともなく、坦々と行くのである。独り静かに、世の喧騒の中に入らず、その志を行う人(幽人)、節を変えないでゆくのが吉。
六三
この時に柄にもない野心を起こし、自負心を起こして、甘い考えでゆくと、虎の尾を履んで、がっぷりやられることになる。凶。武人が大君になる、即ち軍人が政権を執って、意気のみ盛んであるが、思慮の足りないようなものである。
九四
勇気を持って遂行すべきである。充分戒慎すれば結局吉。
九五
断固として決行すべきである。志節一貫していても厲(あやう)いが、位・正当であるからよい。
上九
実践の究極の問題は、平生の行いを視(み)て、それがどういうめでたい応報(祥)になって現れるかを考察することである。人間の運・不運は平生いかなる行いをするかによって定まる。立派な行いを繰り返しやっておれば元吉である。大いなる慶(よろこ)びがあるのである。


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泰

(たい、tài)は六十四卦の第11番目の卦。内卦(下)がKen.png、外卦(上)がKon.pngで構成される。通称「地天泰」。一月に配される。泰は「通じる」の意味とされる。序卦伝には履むことで安定を得るため履の次に置かれるという。上に陰柔の、下に陽剛のがあり天地の気が交わる。安定した姿の象徴で易占のロゴマークとして国内で使われている。

原文[編集]

泰、小往大来。吉亨。

  • 初九、抜茅茹。以其彙。征吉。
  • 九二、包荒、用馮河、不遐遺、朋亡、得尚于中行。
  • 九三、无平不陂、无往不復。艱貞无咎。勿恤其孚。于食有福。
  • 六四、翩翩。不富以其隣。不戒以孚。
  • 六五、帝乙帰妹。以祉元吉。
  • 上六、城復于隍。勿用師。自邑告命。貞吝。


各爻解義[編集]

初九
同志の一脈相通ずる者相率いてゆくがよい。
九二
啓発された、文化的なものだけでなく、野生的なもの、未開なものも包容する度量を持ち、河を徒渉(馮河)する位の勇気を以て、疎遠な者も忘れず、さりとてグルになって私を行う徒党派閥を亡くしてゆけば、向上進歩の道に合して(尚于中行)光大になろう。
九三
平らかなるものにして傾(陂)かぬはなく、往くものにして復らぬはない。どんなに艱(なや)みがあろうとも志節を変えずにゆけば咎はない。その孚(まこと)を恤(うれ)え疑うことはない。孚は必ずそれだけの験あるものである。生活にも恵まれるであろう。
六四
三陽の上に在り、富貴に到達した位であるが、構えこまずに、気軽く賢者に下り、隣の六五である貴人まで誘うようであれば、自ずから大いに効果があろう。
六五
飽くまでも謙虚にして賢に結ぶこと、帝乙(殷王)がその妹を賢臣に配したようであれば、自然の祉(さいわ)いあって元吉である。
上六
昔からいかに泰平の世も、必ず段々に衰替するようになるものである(程伝)。城郭崩壊して濠池を埋めることを警戒せねばならぬ。軍隊を動かしてはならない。無理な戦争を敢えてするのが最も危険なことである。その果は支配権を失って土崩瓦解し、辛うじて都邑に虚位を擁するのみということにもなる。


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否

(ひ、pǐ)は六十四卦の第12番目の卦。内卦(下)がKon.png、外卦(上)がKen.pngで構成される。通称「天地否」。七月に配される。否は「塞がる」の意味である。否字の音は否定の意味ではfouの三声、閉塞の意味ではpiの三声であるが、日本漢字音では同様に「ヒ」である。序卦伝には物は通じるばかりでなく塞がるので泰の次に置かれるという。

原文[編集]

否之匪人。不利君子貞。大往小来。

  • 初六、抜茅茹。以其彙。貞吉亨。
  • 六二、包承。小人吉。大人否亨。
  • 六三、包羞。
  • 九四、有命无咎。疇離祉。
  • 九五、休否。大人吉。其亡其亡、繋于苞桑。
  • 上九、傾否。先否後喜。


各爻解義[編集]

初六
小人は一人が挙がると、ぞろぞろ同類相引くものである。既に君子にとって危ないことは察知出来る我、まだ否の始めで力が弱いから、君国を思う者志操を守って、一途にやっていて吉である。
六二
九五の正中に正応する。小人は柔順に上の命を受容して、吉である。大人は理解されないが、争わずに進むことが出来る。
六三
陰を以て陽位に在り、上の九四に比し上九に応じ、上下否塞(そく)の主爻である。羞ずべくにくむべきものである。辞に「包羞(ほうしゅう)」とある。大人此処に在らば、羞を包み、恥を忍んで、事に当たらねばならぬ。杜牧の名刺に所謂「包羞忍恥是男児」の境地である。
九四
否の前三爻を過ぎた、乾の初爻である。時運漸く変じて、天命あらば咎はない。同志と幸福を得る。
九五
この場合、否の形成は休止する。大人その徳を以て力を発揮すれば吉である。小人・望みを達して安きに狎れることも考えられる。いずれにしても、叢生する桑樹を頼りにするに過ぎない状態で、破滅の機を恐れねばならぬ。
上九
否は究境之を打開せねばならぬ(傾否)。いつまでも否塞する訳はない。この爻変ずれば澤地萃(すい)である。大人に会って和順し、大事を成すことが出来る。去って初爻に就けば風地観である。敬虔にして天下の仰ぎ観る所となるべきである。


同人[編集]

同人

同人(どうじん、tóngrén)は六十四卦の第13番目の卦。内卦(下)がRi.png、外卦(上)がKen.pngで構成される。通称「天火同人」。同人は「人を同じくす」であり、同は会同・協同の意味である。序卦伝には物は塞がるばかりではないので否の次に置かれるという。

原文[編集]

同人于野。亨。利渉大川。利君子貞。

  • 初九、同人于門。无咎。
  • 六二、同人于宗。吝。
  • 九三、伏戎于莽、升其高陵。三歳不興。
  • 九四、乗其墉、弗克攻。吉。
  • 九五、同人、先号咷而後笑。大師克相遇。
  • 上九、同人于郊。无悔。


各爻解義[編集]

初九
門戸を開放して同志を迎えれば文句は無い。
六二
同志を集めたのは良いが、とかく親しい者同志となる。うまくない。
九三
野心を起こして、伏兵を設けるような奸計をめぐらすが、中々望み通りにゆかぬ。遂行しようとしてはいけない。
九四
覇権を狙うが、駄目である。困(くる)しんで則に反れば良い。
九五
同人の首班である。後を狙う者の為に苦労するが、下の応爻である六二の賢士と心を合わせてゆけば、いかなる妨害をも排除して、相見て笑えるようになる。二人心を同じうすれば、その利(と)きこと金をも断つ。同心の言はその香り蘭の如きものがある。
上九
功成って現役を去れば、郊に遊ぶようなものである。人々は都内に集まって忙しい。訪ねてくる者も少ないが、優游自適しつつ尚も志を失わねば悔いることは無い。

大有[編集]

大有

大有(だいゆう、dàyǒu)は六十四卦の第14番目の卦。内卦(下)が、外卦(上)がKen.pngRi.pngで構成される。通称「火天大有」。大有は大いなる所有の意味であり、序卦伝は人を協同すれば物はそこに帰属するので同人の次に置かれるという。

原文[編集]

大有、元亨。

  • 初九、无交害。匪咎。艱則无咎。
  • 九二、大車以戴。有攸往无咎。
  • 九三、公用亨于天子。小人弗克。
  • 九四、匪其彭。无咎。
  • 六五、厥孚交如。威如吉。
  • 上九、自天祐之。吉无不利。


各爻解義[編集]

初九
初めに当たって有害なことにかかりあう訳は無いが、尚且つ驕りや、怠りや、小人に交わらぬように勉強すればよろし。
九二
大車に重荷を積んでゆくようにすれば咎は無い。
九三
大有は此処に至って大いに力を有する。九五を天子とすれば、諸侯の位である。この時自らの勢力を私せず、その有する所を天子の為に捧げねばならぬ。小人はそれが出来ない。
九四
三爻より更に進んで力も加わり、衆も集まった所であり、大臣の位である。この時に自ら驕り、又天子を凌ぐことの無いよう、補佐の任にふさわしく智慧を働かせて謙虚を失わねば咎は無い。
六五
孚(まこと)よりして自ずから上下の交わり美しく、人々を感発せしめ、何の警戒の要も無いから、安易自然で、しかも犯すことの出来ない威厳がある。吉。
上九
天より之を祐ける。吉にして利(よろ)しからぬはない。


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謙

(けん、qiān)は六十四卦の第15番目の卦。内卦(下)がGon.png、外卦(上)がKon.pngで構成される。通称「地山謙」。謙は謙遜の意味。

原文[編集]

謙、亨。君子有終。

  • 初六、謙謙君子、用渉大川。吉。
  • 六二、鳴謙、貞吉。
  • 九三、労謙、貞吉。
  • 六四、无不利。撝謙。
  • 六五、不富以其隣。利用侵伐。无不利。
  • 上六、鳴謙。利用行師征邑国。


各爻解義[編集]

初六
謙々、飽くまでもへり下って自ら修養する。君子である。
六二
謙自ずから外に現れる、これを鳴謙という。貞なるほど吉である。
九三
益々努力してしかも謙である。かくてこそ終有り吉である。万民が服する。易の諸卦、ほとんどが三爻に於いてその危機を指摘し、戒慎を説いている。独りこの謙の三爻に於いて礼讃を惜しまない。
六四
三爻の上の四爻である、謙なれば益々その感化を及ぼすことが大きい。
六五
主たる者自ら富貴とせず、謙徳と以て衆を率いてゆけば、服せぬ者を征伐しても利(よろ)し。利しからぬことはない。
上六
二爻と同じく鳴謙であるが、これは馬融の注釈の通り冥謙であろう。何が謙であるかに惑うことである。同時に謙も過ぐれば侮りを受ける。或いは自国の中に服せぬ者も出て折角の志も達成できぬことになろう。こういう不逞の輩は征伐してよろしい。

上六変ずれば艮(ごん)為山となって止まる。改めて無我となって、動静その時を失わぬようにせねばならぬ。


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豫

(よ、yù)は六十四卦の第16番目の卦。内卦(下)がKon.png、外卦(上)がShin.pngで構成される。通称「雷地豫」。豫は「よろこぶ」の意味。

原文[編集]

豫、利建侯行師。

  • 初六、鳴豫。凶。
  • 六二、介于石。不終日。貞吉。
  • 六三、盱豫。悔。遅有悔。
  • 九四、由豫。大有得。勿疑。朋盍簪。
  • 六五、貞疾、恒不死。
  • 上六、冥豫。成有渝、无咎。


各爻解義[編集]

初六
九四に応じ、どうも始めに当たって驕り楽しむ傾向が見える。早くも志・窮する。凶。
六二
志操の堅固なること石のごとくして、速やかに怠惰逸楽を斥(しりぞ)け、変わらずにゆけば吉である。二爻は中正である。あくまでも中正でなければならぬ。
六三
盱豫(くよ)す。悔ゆること。遅ければ悔あり(辞)。盱は目を張って上を視ること、みあげることで、九四を指すこと勿論である。二爻で戒慎せねばならぬのだが、どうしても驕奢逸楽に心ひかれる。これを悔ゆること遅ければ、文字通り後悔になるであろう。豫悔が大切である。
九四
由豫す。とにもかくにも前半三段階、謙徳を失わず修省努力してきたからには、自分よりも人々が有難がって、自分を頼りに楽しむ。それが由豫である。天下とともに楽しむこそ、志大いに行わるるのである。
六五
九五の王位であるが、陰徳を以て居り、下に人望の盛んな権臣(九四)が居る。「貞にして疾(や)む」所がある。然し恒(つね)を失わねば亡びることはない。
上六
結局逸楽に目がくらむ。然しそうなってもよく渝(かわ)りさえすれば、積善のおかげを以て咎はない。


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随

(ずい、suí、旧字体:隨)は六十四卦の第17番目の卦。内卦(下)がShin.png、外卦(上)がDa.pngで構成される。通称「沢雷随」。随は「したがう」の意味。

原文[編集]

随、元亨。利貞。无咎。

  • 初九、官有渝、貞吉。出門交有功。
  • 六二、係小子、失丈夫。
  • 六三、係丈夫、失小子。随有求得。利居貞。
  • 九四、随有獲。貞凶。有孚、在道以明、何咎。
  • 九五、孚于嘉。吉。
  • 上六、拘係之、乃従維之。王用亨于西山。


各爻解義[編集]

初九
今までの仕事が渝(かわ)ることがある。従前通り道を守ってゆけば吉。私党を作らず、正しい人々と弘く交わればよろし。
六二
九五と正応している。堂々と大義の為に随うべきである。それを初九と陰陽相引いて、卑しい結託をすれば、大切な人から見放されるであろう。
六三
この地位は最も私心無く、上下の結びとなるべき所である。然るに上なる九四に牽かれ、故旧・同人に背き易い。志操の渝らぬことが大切である。
九四
九五を輔ける権要の地、下の勢望を獲ることができるが、陰の位で、野心を持ち、上を凌ぐと解され易くて凶である。道義的に盟(ちか)う所あれば、何の咎もない。
九五
どこまでも善を育ててゆくことである。吉。
上六
随も極まると復た人心の離散となる。結局は、いかにしてこれを係(つな)ぎとめ、結びを強くする(維)かである。折角湯王より連綿と続いて来た殷朝も、紂王の末に至って、天下解体し、人民離散しようとするに方って、西伯(文王)を西山(岐山)に亨(まつ)って、新たに人心を維(つな)いだ。興亡の理、ここにも深く省察すべきものがある。


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蠱

(こ、gǔ)は六十四卦の第18番目の卦。内卦(下)がXun.png、外卦(上)がGon.pngで構成される。通称「山風蠱」。

原文[編集]

蠱、元亨。利渉大川。先甲三日、後甲三日。

  • 初六、幹父之蠱。有子、考无咎。厲終吉。
  • 九二、幹母之蠱。不可貞。
  • 九三、幹父之蠱。小有悔、无大咎。
  • 六四、裕父之蠱。往見吝。
  • 六五、幹父之蠱、用誉。
  • 上九、不事王侯。高尚其事。


各爻解義[編集]

初六
ここでは父亡き後の問題を、子が亡父(考)の意を承けて処理することを示し、父の蠱(こと)を幹(おさ)む。厲(あやう)きも終に吉と説いている。
九二
問題がややたちいって、母にかかわってくる。「母の蠱」である。これは父の蠱のように簡単にはいかぬ。一本調子ではかたづかない。いろいろな矛盾をよくとり入れて解決せねばならぬ。
九三
前爻では陰位の中であるが、ここでは勇敢に処理してゆかねばならぬ。父の蠱を幹(ただ)すである。やや悔あるも、大した咎はない。この卦・互卦を見れば、雷澤帰妹で凶を含み、九三はその雷の三爻で、動くことは誠意でなければならぬ。この爻変ずれば、山水蒙となる。人を頼らず、あくまで誠意と実力とに待たねばならぬ。
六四
「父の蠱を裕(ゆるや)かにす」とある。てきぱきといかぬ所である。行(や)ってもうまくない。余力を残して慎重にする外はない。
六五
九二と正応して、ここに父の蠱を幹(おさ)め、称賛を博する。要するに亡き父の志を承けて徳を失わぬ為である。
上九
随の後の蠱は要するに救済であり、徳の問題である。その極致は、何物を求めず、何者にも事えず、超然自立するだけの志あることが貴い。この爻辞も。「王侯に事えず、其の事を高尚にす」と説いてある。これは決して隠遁して世に驕る意味ではない。


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臨

(りん、lín)は六十四卦の第19番目の卦。内卦(下)がDa.png、外卦(上)がKon.pngで構成される。通称「地沢臨」。十二月に配される。

原文[編集]

臨、元亨。利貞。至于八月有凶。

  • 初九、咸臨。貞吉。
  • 九二、咸臨。吉无不利。
  • 六三、甘臨。无攸利。即憂之无咎。
  • 六四、至臨。无咎。
  • 六五、知臨。大君之宜。告。
  • 上六、敦臨。吉无咎。


各爻解義[編集]

初九
感動を以て正義に志すのである。志操を守れば吉。辞に咸臨と称している。
九二
咸臨を畳用して、吉に利ならざるなしとしている。その爻の伝に、「未だ命に順わざるなり」とあるのは見過ごせない。この爻は本来陰位で、九五と応ずべき中爻であるが、二五入れ替って九二となっている。使命の為には時に必ずしも六五の命に盲従せず、機宜のを執処置るべきことを意味する。
六三
ここに至って咸臨が「甘臨」となってはならない。それは当初の感激を忘れ、好い加減にやってゆこうとすることである。これを心配して警戒すれば咎はない。
六四
正位にして初爻と正応している。澤の三爻に比して、懇切に臨まねばならぬ。これを「至臨」と言う。
六五
衆の悦服推戴するような智慧に輝いた臨み方が出来れば吉である。
上六
臨の至極は、又功成り名遂げた人は、すべて人間味が敦くなければならぬ。何事に臨んでも積善が敦くして、始めて人々の風俗も敦厚になる。これを「敦臨」とする。


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観

(かん、guān、旧字体:觀)は六十四卦の第20番目の卦。内卦(下)がKon.png、外卦(上)がXun.pngで構成される。通称「風地観」。八月に配される。

原文[編集]

観、盥而不薦。有孚顒若。

  • 初六、童観。小人无咎。君子吝。
  • 六二、闚観。利女貞。
  • 六三、観我生進退。
  • 六四、観国之光。利用賓于王。
  • 九五、観我生。君子无咎。
  • 上九、観其生。君子无咎。


各爻解義[編集]

初六
児童のように純真な然し幼稚な心を以て観る場合である。童観という。普通人なら、これでも咎はないが、志あり、指導者としての責任ある人々、君子はこんなことでは足りない。
六二
地位低く、見狭く、わずかに窺(のぞ)き観る程度である。専ら家庭に生活する女子なら利(よろ)しいが、丈夫はそれでは醜(は)ずべきものである。窺(闚)観と言う。
六三
三爻は内卦の首で、これより愈々影響力の大きくなる立場に進む際であるから、自分の現在の実態、わが業績等をよく自ら観察して進退せねばならぬ。
六四
国家の政治教化がどのように行われ、文明がいかに発達しているかと言う、「国の光」を観る。そしてその人物材幹が単に臣事の程度に止まらず、能く国王の幕賓として尊重せられるほどがよろし。
九五
国の光はつまり国の統治者の反映である。王者はこの意味に於いて、まず能く己自身の在り方を反観せねばならぬ。
上九
究極じゃその生(在り方)を観るのである。君子であれば咎はない。常にこれではいけないというだけの志がなければならぬ。


噬嗑[編集]

噬嗑

噬嗑(ぜいごう、shìkè)は六十四卦の第21番目の卦。内卦(下)がShin.png、外卦(上)がRi.pngで構成される。通称「火雷噬嗑」。

原文[編集]

噬嗑、亨。利用獄。

  • 初九、屨校滅趾。
  • 六二、噬膚滅鼻。无咎。
  • 六三、噬腊肉、遇毒。小吝无咎。
  • 九四、噬胏、得金矢。利艱貞。吉。
  • 六五、噬乾肉、得黄金。貞厲无咎。
  • 上九、何校滅耳。凶。


各爻解義[編集]

初九
妨害の始まり、邪魔の微物、非行犯罪の初期である。足かせ(校)をはめて動けぬようにせねばならぬ。
六二
口中の象であるから、各爻とも肉類を例に取っている。羊豚類の肌肉(膚)のように、柔らかく、深く料理せねばならぬ。
六三
全乾(まるぼし)の肉を噬(か)むように骨が折れ、時に中毒することもあるのを警戒せねばならぬ。咎はない。
九四
前爻より進んで、この場合は乾胏(かんし、骨付きの肉)を噬むに等しい。然し中にひそんでいる重大な問題を発見することがある(得金矢。金矢とは金属の矢の根、やじりを意味する)。いかなる困難にも変ぜず正義を貫けばよい。
六五
断の主体である。問題の実態がはっきりする。貫行すれば、容易ではないが、咎はない。
上九
この卦は元来正義を行う上の悪を排除して秩序を確立することの困難を明らかにしたものであるが、その窮境は、抵抗を恐れて悪を排することを好い加減にしておくと、遂には極刑を科せねばならぬことを生じて凶である。或いは又悪を行う者が次第に狎れて罰を畏れぬようになると、終には首枷(校)の極刑に陥ることになることにも解釈することが出来る。



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賁

(ひ、bì)は六十四卦の第22番目の卦。内卦(下)がRi.png、外卦(上)がGon.pngで構成される。通称「山火賁」。

原文[編集]

賁、亨。小利有攸往。

  • 初九、賁其趾。舎車而徒。
  • 六二、賁其須。
  • 九三、賁如、濡如。永貞吉。
  • 六四、賁如、皤如。白馬翰如。
  • 六五、賁子丘園。束帛戔戔。吝終吉。
  • 上九、白賁。无咎。


各爻解義[編集]

初九
この卦の六爻は頗る系統だって、文化生活の向上と、これに伴う心得とを説いている。初九に於いては、人々は生活が裕かになると、先ず車に乗りたがる、歩く心掛けが大切であるとしている。単に倹約という意味ではない。足を丈夫にせよと言うことである。生理学的にも、政治、社会学的にも、歴史哲学的にも、十分意味のあることである。
六二
九三と正比(陰陽相ならぶ)している。上の陽爻に随って興起すればよい。陰の中であるから、我を出さず、先輩長者に学んでゆくことである。初九に「趾(あし)」を用いているが、ここでは須(ひげ)を例に採っている。素朴な着眼である。六二の三・四・五・六は山雷頤の省卦で、頤(あご)であるから、二を「あごひげ」と見たのである。
九三
この段階では大いに生活・教養・文化すべて発達させるがよい。但し常に永久的・道義的原則の下に於いてならねばならぬ。
六四
後半の初期である。この時に於いて、文飾的(賁如)か、質実的(皤如)かを反省して、文飾よりも質素を採らねばならぬ。
六五
支配的立場に於いては特に質素なのが吉で、喜びがある。富裕や栄達や文化は全て危ういことを心得ねばならぬ。
上九
賁の窮境は「白賁」である。赤や青や黄の極彩色ではない。それなら咎はない。

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剥

(はく、bō、旧字体:剝)は六十四卦の第23番目の卦。内卦(下)がKon.png、外卦(上)がGon.pngで構成される。通称「山地剥」。九月に配される。


原文[編集]

剥、不利有攸往。

  • 初六、剥休以足。蔑貞。凶。
  • 六二、剥休以弁。蔑貞。凶。
  • 六三、剥之。无咎。
  • 六四、剥休以膚。凶。
  • 六五、貫魚、以宮人寵。无不利。
  • 上九、碩果不食。君子得輿、小人剥廬。


各爻解義[編集]

初九
この卦は象辞に牀(しょう、意味:腰掛け、寝台)を例に取っている。この卦が“Π”の象と見ることが出来るからであろう。初爻は先ず、土台である足であり、長い間の変わらぬ信条・憲法が時代の変動に伴ってガタガタに揺れることを表す。
六二
潜行の上進で、牀の足で言えば「弁」、足の上部である。上に応爻がないから、依然として潜行する。
六三
上体と不足との分解である。然るにこの爻独り上九と正応している。危うきを知って、苦忠を尽くし、努力すれば救うことが出来るのである。
六四
潜行的危険が愈々身に迫った時態である。凶である。然しここで勇敢に善処すれば火地晋となって一変する。
六五
五陰の主爻、潜行的勢力の決定的地位である。これを積極化するのは九五である。ここは六五である。上九と正比する。ここで従来の情勢を上九に一転すれば、これほど利(よ)いことはない。風地観となって万民仰ぎ観て、敬服する。
上九
梢にみごとな果物が一つ残っている(碩果不食)ような象である。没落の憂き目にある最中に賢者があるが如きものである。この時、追求してきた五陰に妥協すれば剥落である。


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復

(ふく、fù)は六十四卦の第24番目の卦。内卦(下)がShin.png、外卦(上)がKon.pngで構成される。通称「地雷復」。十一月に配される。

純陰の下に一陽が現れるので時期は冬至の一陽来復を表す。これからの発達を待つ時期である。


原文[編集]

復、亨。出入无疾、朋来无咎。反復其道、七日来復。利有攸往。

  • 初九、不遠復。无祇悔。元吉。
  • 六二、休復。吉。
  • 六三、復頻。厲无咎。
  • 六四、中行独復。
  • 六五、敦復。无悔。
  • 上六、迷復、凶。有災眚。用行師、終有大敗、以其国君、凶。至于十年不克征。


各爻解義[編集]

初九
何事によらず、うかと進んでも、遠からずして気が付き、「我が身を修める」ことに立ち返れば、悔に至ることはない。大いに吉である。
六二
初九の道を継承してゆけば、安らかで、めでたく、大いに発展して(休復)吉。
六三
雷の上爻であるから、とかく軽挙妄動したい所である。その度に復の道を忘れねば(頻復)厲(あやう)いが咎はない。
六四
初爻に正応し、着々と信念を以て復の道を進む(中行独復)のである。
六五
復の決定的地位である。敦く自ら考えて行えば成功する。咎はない。
上六
復の爻を逐って上六の辞や伝に至り、首を垂れて深念させられるのである。曰く、復に迷。災眚(わざわい)あり。用(もっ)て師を行(や)れば、終に大敗あり。其の国君に以(およ)ぶ。凶。十年に至るも征する克わず(辞)。迷復の凶は君道に反すればなり(伝)。


无妄[編集]

无妄

无妄(むぼう、wúwàng)は六十四卦の第25番目の卦。内卦(下)がShin.png、外卦(上)がKen.pngで構成される。通称「天雷无妄」。

原文[編集]

无妄、元亨。利貞。其匪正有眚。不利有攸往。

  • 初九、无妄。往吉。
  • 六二、不耕穫、不菑畭、則利有攸往。
  • 六三、无妄之災。或繋之牛。行人之得、邑人之災。
  • 九四、可貞。无咎。
  • 九五、无妄之疾。勿薬有喜。
  • 上九、无妄。行有眚。无攸利。


各爻解義[編集]

初九
誠でゆけば吉。「之を以て身を修めれば身は正しく、之を以て事を始めれば、事その理を得、之を以て人に臨めば人感じて化する。往く所として其の志を得ぬはない」と程伝にも説いている。
六二
事を先にして得を後にする(論語・顔淵)である。収穫の如何に拘らずして耕し、肥田のことを考えないで、新田の開墾をいたすら努力するようにやればよろし。
六三
思わぬ災難がある。或る人が牛を路傍につないでおいたところ、それを引っ張って往ってしまった者がある。隣人がその嫌疑を受けるといったようなことである。
九四
誠を堅持してゆけば咎はない。
九五
自然の心理に従う生活をしていれば、偶々病にかかるようなことがあっても薬はいらない。
上九
要するに至誠真実である。そこに偽妄があれば、災厄がある。良いことはない。


大畜[編集]

大畜

大畜(だいちく、dàchù)は六十四卦の第26番目の卦。内卦(下)がKen.png、外卦(上)がGon.pngで構成される。通称「山天大畜」。

原文[編集]

大畜、利貞。不家食吉。利渉大川。

  • 初九、有厲。利已。
  • 九二、輿説輹。
  • 九三、良馬逐。利艱貞。日閑輿衛。衛有攸。
  • 六四、童牛之牿。元吉。
  • 六五、豶豕之牙。吉。
  • 上九、何天之衢。亨。


各爻解義[編集]

初九
乾卦の初九と同じく潜養が大切である。厲(あやう)いことがある。血気に逸ってはならない。
九二
元来有為有能である乾の中に位するのであるから、しばらく車体の「とこしばり」を外しておいてもよい。それ程に静かに徳を養えば咎はない。
九三
良馬を駆るような境地であるが、変わることなく苦心努力するがよろし。
六四
初九をどう蓄養するかである。童牛を養って馴らすようにすれば大いに吉。自ずから喜びがある。
六五
九二に対する蓄養でる。跳ね廻る豕(いのこ)の子を適当に繋いでおくことである。その成果は前爻にひとしい。
上九
こういうように徹頭徹尾よく修養すれば、その結果は自由自在に活動ができて、道大いに行われるであろう。


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頤

(い、yí)は六十四卦の第27番目の卦。内卦(下)がShin.png、外卦(上)がGon.pngで構成される。通称「山雷頤」。

原文[編集]

頤、貞吉。観頤自求口実。

  • 初九、舎爾霊亀、観我朶頤。凶。
  • 六二、顛頤、払経于丘頤。征凶。
  • 六三、払頤。貞凶。十年勿用。无攸利。
  • 六四、顛頤吉。虎視眈眈、其欲逐逐、无咎。
  • 六五、払経。居貞吉。不可渉大川。
  • 上九、由頤。厲吉。利渉大川。


各爻解義[編集]

初九
我にある至尊のものに気がつかず、徒らに他人の持ち物に頤(あご)を垂れ、涎を垂らすのは論ずるに足らぬ。凶。
六二
高望みは凶。初九に従って、素心の友と平常心を養うようでなければならぬ。
六三
大いに野心・野望の起こる時である。この爻変じて山火賁となる。「かざろう」として、却って「やぶれる」。常を失わぬとしても凶である。十年の修行が大切である。でないと、決してうまくゆかない。
六四
この爻、艮山の初であり、泰然として動ぜず、己を虚しうして初九の賢人を待ち、志業を遂げるようにすれば咎はない。
六五
主席たる者は群下を従えて威令を施くのが常であるが、この場合はこれに反してあくまでも己を虚しうし、上九の賢能に待って、事を起こさぬがよろし。
上九
下が皆由り所とするのであるから、厲(あやう)いが、吉。大いなる慶がある。


大過[編集]

大過

大過(たいか、dàguò)は六十四卦の第28番目の卦。内卦(下)がXun.png、外卦(上)がDa.pngで構成される。通称「沢風大過」。


原文[編集]

大過、棟撓。利有攸往。亨。

  • 初六。藉用白茅。无咎。
  • 九二。枯楊生稊、老夫得其女妻。无不利。
  • 九三。棟撓。凶。
  • 九四。棟隆。吉。有它吝。
  • 九五。枯楊生華、老婦得其士夫。无咎无誉。
  • 上六。過渉滅頂。凶无咎。

各爻解義[編集]

初六
清浄潔白な柔らかい茅を藉(し)いて祭器を置くように、厳粛に、然し恭敬慎重にすれば咎はない。
九二
初六と正比すること、枯楊・稊(ひこばえ)を生ずる如く、老夫が若妻を娶って助け合うようにすればよろし。
九三
大過の九三である。方に棟撓む。凶である。輔けもない。細心な警戒を払って困難を凌がねばならない。この爻変ずるも、澤水困である。
九四
大過に応ずる大切な位に在り。初六と正応し、どっしり構えて、下の勢いに撓むことがなければ、衆望を引くこととなって吉。他意があるとうまくゆかない。
九五
枯楊に狂い咲きが出たり、老いた女が結婚しても長く続かぬようなもので、世俗の富貴功名は何にもならぬ。捕われずに善処せねばならぬ。
上六
滔々たる濁流を泳ぎ渡るようなもので、凶であるが、何としても、突破しなければならぬことであるから、遂行するに咎はない。上爻変じて姤となり、新局面に遇うか、去って遯となり、世を遯(のが)れて悶えないことである。


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坎

(かん、kǎn)は六十四卦の第29番目の卦。上下ともにKan.pngで構成される。通称「坎為水」。もっとも困難・重病を覚悟する占断である。

原文[編集]

習坎、有孚、維心亨。行有尚。

  • 初六、習坎、入于坎窞。凶。
  • 九二、坎有険。求小得。
  • 六三、来之坎坎。険且枕。入于坎窞。勿用。
  • 六四、樽酒簋貮、用缶。納約自牖。終无咎。
  • 九五、坎不盈。祇既平、无咎。
  • 上六、係用徽纆、写于叢棘。三歳不得。凶。


各爻解義[編集]

初六
艱難に陥って、どうしてよいか、わからぬ処である。凶で、この爻変ずれば、水澤節である。拘泥せずに信念を亨(とお)さねばならぬ。
九二
艱難はまだ容易に脱けられないが、誠は自ずから周囲を動かして、少しは得る処がある段階である。
六三
前を見ても、後ろを見ても、険難である。「険にして且つ深(沈)い」境地である。もがいても何にもならない。己を深めて待機する外はない。六三変ずれば水風井である。妙理尽きぬものがある。
六四
陰の正位に在り。主たる九五と正比している。九五と相待って、険難の解決を図らねばならない。質素簡約な礼式で君臣相謀れば咎はない。
九五
険難ここに至って全く平坦に帰する。然し要するに坎の中である。深潜剛毅を要する。
上六
険難の極みは捕縄で縛られ、牢獄に投ぜられ、三年どうにも救われないと同じく、凶。九五の献身的努力と相待って、上爻変の風水渙となり、解消することができる。

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離

(り、lí)は六十四卦の第30番目の卦。上下ともにRi.pngで構成される。通称「離為火」。

原文[編集]

離利貞。亨。畜牝牛吉。

  • 初九、履錯然。敬之无咎。
  • 六二、黄離、元吉。
  • 九三、日昃之離。不鼓缶而歌、則大耋之嗟。凶。
  • 九四、突如其来如。焚如。死如、棄如。
  • 六五、出涕沱若。戚嗟若。吉。
  • 上九、王用出征。有嘉折首。獲匪其醜、无咎。


各爻解義[編集]

初九
朝の未明である。足もとが危ない。慎重なれば咎はない。
六二
黄離元吉。黄は中色で、最も物の生育に力がある。黄色の明るく輝く様で、元(大)いに吉である。人間の知性・文化はあくまでも偏向してはならない。公正な進歩向上である程めでたい。
九三
日が昃(かたむ)く、即ち暮光である。やがて暮れる。爻辞に頗る詩的な言葉が入っている。不皷缶(ふ)而歌則大耋(てつ)之嗟凶。缶(ほとぎ)を皷して歌わず、即ち大耋をこれ嗟く。凶。この缶は瓦製の素朴な酒器で、秦人歌う時好んでこれを皷って拍子をとったというものである。青春多感な時は、よく缶を皷して歌ったが、もうその若さもないという長老の嗟嘆である。文化は衰え易い。
九四
初九に応ぜず。初九の慎重を欠き、知に任せて、力を過信し、軽率なことをしでかして、大いなる破滅を招く所である。
六五
能く己を虚しくして明智を磨き、知に驕り、文に亡ぶものを、歎き憂うる道心があれば吉である。
上九
離の極は理性の敵、文明を亡ぼす敵を征して、那を正すことである。つまらぬ醜類は問題とするに足らぬ。寛大に化してゆけば咎はない。

脚注[編集]

  1. ^ 参考文献:『易学入門』(著:安岡正篤 版:明徳出版社


下経三十四卦