向ヶ丘遊園

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向ヶ丘遊園(むこうがおかゆうえん)は、神奈川県川崎市多摩区長尾2丁目で1927年(昭和2年)から2002年(平成14年)まで営業していた小田急電鉄系の遊園地

「花と緑の遊園地」として手入れされた園内は、四季折々の花々で鮮やかに彩られた。春にはの花で彩られる大観覧車。(2002年 3月23日撮影、閉園後に取り壊された。)
閉園間際「さよならフェスティバル」開催中の向ヶ丘遊園入場門(2002年 3月23日撮影)

遊園地は閉園したものの、小田急小田原線の駅名として向ヶ丘遊園駅や、近隣の店舗名で「向ヶ丘遊園店」、近隣のビル等では「××向ヶ丘遊園」の様にその名残が遊園地跡地周辺で、多々見られる。

また、遊園内にあった「ばら苑」は川崎市が生田緑地の一部として管理を継承し、ボランティアバラの手入れなどを行い、春と秋の開花時季には一般公開を行っている。

目次

[編集] 歴史

  • 1927年(昭和2年)4月1日 - 小田原急行鉄道小田原線(現在の小田急小田原線)の開通と同時に開業する。当時は入園無料。
  • 1927年6月、最寄り駅の稲田登戸駅(現在の向ヶ丘遊園駅)から豆汽車が運行される(その後、戦争により撤去)。
  • 1950年(昭和25年) - 向ヶ丘遊園駅からの豆汽車が復活する。
  • 1952年(昭和27年) - 有料化を実施する。
  • 1958年(昭和33年) - ばら苑を開設する。
  • 1963年(昭和38年) - フラワーショーを開始する。以後、花に関係する各種イベントを継続して行う。
  • 1965年(昭和40年) - 豆汽車が沿線道路の拡張により撤去される。
  • 1966年(昭和41年) - 豆汽車に代わり向ヶ丘遊園モノレールが運行を開始する(向ヶ丘遊園駅-向ヶ丘遊園正門駅間)。
  • 1976年(昭和51年) - 大観覧車を設置する。
  • 1997年(平成9年) - ブースカランドを開設する。円谷プロとの協力で実現し、閉園まで存在する。
  • 2000年(平成12年)2月13日 - 定期検査で老朽化による危険性が指摘されたモノレールの運行が休止される。代替バスの運行を実施。
  • 2000年(平成12年)12月1日 - モノレール廃止が小田急より公表される。なお、手続き上の正式廃止日は翌年2月1日。
  • 2002年(平成14年)3月31日 - この日を最後に遊園地の営業を廃止する。
  • その後、市民の要望を受ける形で、川崎市が園内バラ苑の管理を引き継ぐ。年2回(主に6月と10月)無料で一般公開。
  • 2008年(平成20年)12月 - 跡地内への藤子・F・不二雄ミュージアム(仮称)の立地が決定[1]

[編集] 名前の由来

向ヶ丘遊園が立地する長尾地区が、開園当時は向丘村(むかおかむら、むかいがおかむら、昭和13年川崎市に編入)の一角だったため、このように名付けられた。 なお、地名は「むかいがおか」と読むが、当園名は「むこうがおか」と読み、現在は後者が定着しつつある。詳しくは向ヶ丘 (川崎市)を参照。

[編集] 施設概要

向ヶ丘遊園廃園後も、市民によって手入れされ、残されている「生田緑地 ばら苑」

「花と緑の遊園地」としての特徴を持ち、園内にはばら苑や多くの樹木があった。1987年に本格的な蘭の展覧会も実施。

一方、宙返りコースターやプールなどの遊戯施設、運動場や鉄道資料館なども存在していた。

おもな遊戯施設

  • スカイハリケーン(宙返りコースター)
  • アドベンチャーコースター
  • サイクルモノレール
  • 大観覧車
  • ゴーカート
  • プール(冬季はアイススケート)
  • 手漕ぎボート、スワンボート
  • ちんちん電車

[編集] 脚注

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[編集] 関連項目

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