名宝会館
| 名宝会館 Meiho Kaikan |
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|---|---|
| 情報 | |
| 通称 | 名宝劇場 |
| 正式名称 | 名宝会館 |
| 旧名称 | 名古屋宝塚劇場 |
| 完成 | 1935年 |
| 開館 | 1935年11月3日 |
| 開館公演 | 宝塚歌劇団星組公演『花詩集』 |
| 閉館 | 2002年12月1日 |
| 最終公演 | ゴジラ/ゴジラvsモスラ(名宝劇場) チェンジング・レーン(名宝スカラ座) トリック劇場版(名宝シネマ) |
| 収容人員 | (3館合計)2,096人 |
| 設備 | ドルビーデジタル(サラウンドEX)、DTS |
| 用途 | 映画上映 |
| 運営 | 中部東宝株式会社 |
| 所在地 | 〒460-0008 名古屋市中区栄1-2-6 |
| アクセス | 地下鉄伏見駅(7番出口)から徒歩約6分 |
名宝会館(めいほうかいかん)は、かつて名古屋市中区栄(広小路通)にあった東宝系の映画館(名宝劇場、名宝スカラ座、名宝シネマ)の総称である。
目次 |
[編集] 概要
1935年11月3日、「名古屋宝塚劇場」として開館。当初は宝塚少女歌劇などの実演と映画の上映の二本立てであった。5階にはアイススケートリンクがあった。1938年2月23日に3階を改装し「名宝会館」が開館。1940年5月23日に「名宝文化映画劇場」に改称した。
終戦後から9年後の1954年4月26日、「名宝文化映画劇場」は東宝邦画系封切館「なごや東宝」に改称。
翌12月23日、増築により、6階に洋画ロードショー館「名宝スカラ座」が開館、5階のアイススケートリンクはテナントととしてダンスホール「ムーンリバー」に改築された。「名宝文化映画劇場」はなごや東宝と同じ3階にて再開しATG専門館「名宝文化」となった。2階にはニュース映画専門館「名宝ニュース劇場」がオープン。同時に「名宝会館」という総称が与えられ、1967年に開館する名鉄東宝と共に愛知県内東宝系のチェーンマスター的存在となった。
1969年、大幅な改築工事により、名古屋宝塚劇場はなごや東宝を吸収し、東宝邦画系封切館として再オープン。同時に名宝文化は名宝劇場と同じ階に移動。3階に洋画ロードショー館「名宝シネマ」が開館。
1972年5月、名宝文化が閉館。名宝会館は3館体制でリニューアルオープン。
以降、『ゴッドファーザー』、『スター・ウォーズ』、『エイリアン』、『インディ・ジョーンズ』シリーズ、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』、『トップガン』、『ジュラシック・パーク』、『タイタニック』、『日本沈没』、山口百恵・三浦友和主演シリーズ、『ドラえもん』シリーズ、『もののけ姫』、『千と千尋の神隠し』などのヒット作品を次々と生み出した。
しかし、1990年代半ばから近隣のシネコンに客足を奪われ始め、さらに建物の老朽化も進んでいたことから、2002年12月1日、『ゴジラ(第1作)』と『ゴジラvsモスラ』の上映を最後に67年間の歴史に幕を閉じた。
2004年11月1日、名宝会館跡地に「名古屋東宝ビル」が竣工(同ビル内に映画館はない)。併設してビジネスホテル「ロイネットホテル(現・リッチモンドホテル)名古屋納屋橋」がオープンした。それに先駆けて、ムーンリバーは2003年末、隣接するヒルトン名古屋等のあるアムナットスクエア(AMMNAT SQUARE)内の名古屋朝日会館(朝日新聞名古屋本社とが入っているビル)内に移転し、店名も「ウィンターガーデン」に改めた。
[編集] 各館の特徴
※館名・座席数はいずれも閉館当時のもの。
[編集] 名宝劇場
定員946人。東宝邦画系作品のみを上映。千代田劇場→日劇東宝→日劇2系列のチェーン。1ヶ月に1作程度の割合で、新作が公開された。
[編集] 名宝スカラ座
定員982人。常に、大作の東宝洋画系作品を上映。有楽座 / 日比谷映画劇場→日本劇場→日劇1系列のチェーン。名鉄東宝などと並ぶ県内東宝系のチェーンマスター的存在だった。
[編集] 名宝シネマ
定員168人。常に洋画と、ヒット予想の高い邦画を上映。終盤期には、主に日比谷スカラ座1系の作品を上映していた。
※最末期は全館ともドルビーデジタル対応。サラウンドEXとDTSは名宝劇場を除き対応していた。
[編集] 関連項目
- かつて名古屋市内に存在した東宝系の映画館
[編集] 参考文献
柴田勝 『中京名古屋映画興行の変遷(明治三十年より昭和四十九年迄)』1974年。