吉沢広司

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吉沢 広司(よしざわ ひろじ、1931年5月5日 - 2013年4月7日)は、北海道小樽市出身の元スキージャンプ選手。

プロフィール[編集]

ジャンプの名門小樽潮陵高校で本格的にジャンプを始め、早稲田大学から同和鉱業で競技を続ける。 冬季オリンピックに2回連続で出場。

初出場の1952年オスロオリンピックでは36位タイ。旗手を務めた1956年コルティナダンペッツォオリンピックでは1本目9位に付けたものの2本目18位で結局13位に終わった。

全日本スキー選手権を1953年第31回、1955年第33回、1958年第36回、1960年第38回と合計4回制している。

日本国内での主な競技成績[編集]

  • 1951.01.21(日) 第24回全日本学生スキー選手権大会 優勝
  • 1953        第31回全日本スキー選手権大会 優勝
  • 1955        第33回全日本スキー選手権大会 優勝
  • 1958.02.23(日) 第36回全日本スキー選手権大会 優勝
  • 1959.02.18(水) 秩父宮両陛下賜杯第7回全日本選抜スキー大会 優勝
  • 1959.03.05(木) 第6回北海道新聞社杯争奪ジャンプ大会兼第1回HBCカップジャンプ競技会 優勝
  • 1960.02.14(日) 第38回全日本スキー選手権大会 優勝

外部リンク[編集]

  • 吉沢広司 - バイオグラフィーとオリンピックでの成績(英語)