吉原宏太

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吉原 宏太
名前
愛称 コータ
カタカナ ヨシハラ コウタ
ラテン文字 YOSHIHARA Kota
基本情報
国籍 日本
生年月日 1978年2月2日(31歳)
出身地 大阪府藤井寺市
身長 170cm
体重 66kg
血液型 O型
選手情報
在籍チーム 水戸ホーリーホック
ポジション FW
背番号 13
利き足 右足
クラブチーム1
クラブ App (G)
1996-2000
2001-2005
2006-2008
2009-
コンサドーレ札幌
ガンバ大阪
大宮アルディージャ
水戸ホーリーホック
105 (40)
134 (38)
60 0(9)
代表歴
1999 日本 1 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2008年12月8日現在。
Template(ノート 解説)サッカー選手pj

吉原 宏太(よしはら こうた、1978年2月2日 - )は、大阪府藤井寺市出身のプロサッカー選手である。ポジションはFW水戸ホーリーホック所属。

目次

[編集] 来歴・人物

初芝橋本高校のエースとして、全国高校サッカー選手権にてチームをベスト4に導き、得点王に輝く。卒業後、1996年当時JFLJリーグ昇格を争っていたコンサドーレ札幌に入団。1998年に札幌がJリーグに昇格、同年3月21日清水エスパルス戦にてJデビューを果たすが、同年の新規参入チームに不利なJ2降格ルールも災いし、1999年、札幌はJ2での戦いを余儀なくされてしまう。同年、所属クラブがJ2所属にもかかわらず得点を重ねた事が認められ、フィリップ・トルシエ監督が指揮するU-22オリンピック代表に選出される。同年、同監督が五輪代表ともども一括して指揮していたフル代表にも選出され、7月2日コパ・アメリカ(南米選手権)パラグアイ戦にて国際Aマッチデビュー。2000年からはJ1でのプレーを希望、オファーがあり故郷にも近いガンバ大阪に移籍した。

ガンバ大阪移籍後、初年度は似たプレイスタイルのFWである小島宏美がいた事もあり目立った活躍はできなかったが、2001年2002年マグロンとのコンビでコンスタントな活躍をみせる。だが、大黒将志のブレイクした2004年からは、西野朗監督と意見の相違や大黒、フェルナンジーニョアラウージョの牙城を崩すことが出来ず控えに回されることが多く、出場機会が激減。出場機会を求めて2006年からは大宮アルディージャに移籍した。

2008年シーズンをもって大宮から戦力外通告を受け移籍リストに掲載されるも、なかなか移籍先が発表されなかったが、2009年2月18日水戸ホーリーホックに加入する事が発表された。

[編集] プレースタイル

相手DFの裏を付く動きと、素早いドリブルが魅力の積極果敢なゴールハンター。守備も献身的にこなす。

[編集] エピソード

  • 高校3年生で出場し、チームをベスト4に導いた全国高校サッカー選手権大会での活躍で一気に注目を集めたが、大会前までは進路が決まっておらず、大会期間中のインタビューで「この大会は僕にとっての就職活動なんです」と答えている。並々ならぬ決意とプレーが実を結び、大会後にコンサドーレ札幌入団が決まった。
  • 甘いマスクと、軽快で巧みな話術でサポーターの人気も高く、週刊サッカーダイジェスト誌にて1ページまるまるという現役選手としては長文のコラム『吉原横丁』を隔週連載していた。
  • ガンバ大阪所属時の2003年、出場機会が減り移籍を考えていた同僚の新井場徹を引き止める為、天皇杯でゴールを決めた際にユニフォームの下に着ていた新井場の背番号「17」を手書きしたアンダーシャツを指差し、残留して欲しいとアピールした(しかし新井場は鹿島アントラーズへ移籍を決断)。
  • TV番組「恋するハニカミ!」では、大沢あかねと共演した。だが、年齢が離れていたせいか(年齢では7年・学年では8年)、吉原は恋人ではなく、妹のように大沢と接していた。また、ロケ終了後に大沢自身も、「私、完全に妹扱いでしたね」と発言している。
  • 初めて所属したプロのクラブである札幌への思いが強い。2000年に有珠山が噴火した際には100万円を寄付した。2006年に札幌がチーム創立10周年記念イベントを開催した際、「今日は会場に行ってOB戦に出て、その後のJ2の試合にも出たいくらいです」とコメントし愛情を示した。また、2008年のグアムキャンプで札幌と練習試合する機会があり、その際取材に来た平川弘から「いつ札幌に移籍するの?」と問われて「機会があれば(移籍したい)」とも答えている。
  • 水戸ホーリーホックでの背番号「13」は同い年のFW柳沢敦を意識して選んだ。

[編集] 所属クラブ

[編集] 個人成績

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
1996 札幌 38 旧JFL 24 6 - 3 1 27 7
1997 札幌 18 旧JFL 15 8 2 0 3 2 20 10
1998 札幌 18 J 34 11 4 1 3 1 41 13
1999 札幌 18 J2 32 15 2 0 2 0 36 15
2000 G大阪 18 J1 19 3 2 0 3 1 24 4
2001 G大阪 18 J1 27 11 2 0 3 2 32 13
2002 G大阪 18 J1 27 11 6 3 2 1 35 15
2003 G大阪 18 J1 20 6 4 1 2 2 26 9
2004 G大阪 18 J1 22 5 5 0 4 0 31 5
2005 G大阪 18 J1 19 2 9 3 1 0 29 5
2006 大宮 9 J1 15 2 1 0 1 0 17 2
2007 大宮 9 J1 26 5 5 1 1 0 32 6
2008 大宮 9 J1 19 2 2 0 1 0 22 2
2009 水戸 13 J2 -
通算 日本 J1 228 58 40 9 21 7 289 74
日本 J2 32 15 2 0 2 0 36 15
日本 旧JFL 39 14 2 0 6 3 47 17
総通算 299 87 44 9 29 10 372 106


[編集] 代表歴

[編集] 出場大会など

[編集] 試合数

  • 国際Aマッチ 1試合 0得点(1999)


日本代表 国際Aマッチ
出場 得点
1999 1 0
通算 1 0

[編集] 個人タイトル

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク