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右手 から転送)

(て)

  1. の末端にある器官。後述する。
  2. 術、手段、方法のこと。幅広い用法がある。
  3. 囲碁将棋などで一回の動作の単位。
  4. 邦楽において、パート、器楽部分、楽器の旋律、旋律型、および、技法等を指す。
  5. 手 (沖縄武術)
  6. 相撲や各種武術の技の種類を数えるときの単位。
  7. 空間内の位置関係を表わす。螺旋の向き、「右手の法則」等。


英語 hand
ラテン語 manus
器官 運動器
動脈 橈骨動脈
尺骨動脈
静脈 上肢の浅静脈
上肢の深静脈
神経 尺骨神経
正中神経
橈骨神経

は、脊椎動物前肢末端部にある器官。 主に、人間の腕の末端にある器官を指す。生物的には前足にあたる。

カニサソリなど、節足動物でも前足に特徴のある場合はそれを手ということもある。5本の、平、甲からなる。人間の手は他の動物のものと比べると器用で、様々な道具を使うことが出来る。

日本語で「」といった場合はを含めることがある。

目次

[編集] 生物学的な「手」

ヒトの左手。親指が残りの4本の指と向き合うこと(拇指対向性)で果たす役割は大きい。これは霊長目に共通の特徴である。

脊椎動物の前肢末端部、すなわち「手」は、手頸(wrist)、掌(palm)、指からなる。

[編集] 哺乳類の「手」

現世(完新世)の動物では、特に哺乳類において生態に応じた形状の特化が確認できる。 樹上生活を送る動物の多くは手に鉤爪(かぎづめ)を持ち、これを樹木に引っ掛けて移動するが、霊長目は木を物をしっかりと掴むことのできる構造の手拇指と他の指との対向性)を進化させ、鉤爪の代わりに、指の末端を補強する役割を持つ扁爪(ひらづめ)を発達させた。霊長類の始原的動物が鉤爪を捨てて木の枝を握ったことは、後世の子孫の一つであるヒトにとってはその誕生の第一条件と言ってよい。 クジラカイギュウアザラシアシカなど主たる海生哺乳類の手は、基本構造こそ陸上哺乳類と同じであるが、水中生活への進化適応の結果として魚の(ひれ)のような形態に変化している(ラッコなど例外はある)。 カモノハシは指の間に水掻きを有する(ビーバーは前肢には持たない)。 コウモリでは第1指(ヒトの親指に相当)に鉤爪(かぎづめ)があり、他の4本の指は伸張して皮翼を張る骨組みの役割を担っている(図-1の2.参照)。 現生の四足歩行をする哺乳類の指も生態に適った進化を遂げており、食肉目はその手足に、足音を消す働きを持ち衝撃をも吸収する蹠球(しょきゅう。肉球)を発達させている。 有蹄哺乳動物(奇蹄目偶蹄目長鼻目など)では、体重を支えたり走ったりするための(ひづめ)が高度に発達し、指は退化(退化的進化)を遂げて消失もしくは痕跡化しているものが多い。この方向性で最も進化を進めているのはウマ科であり、彼らは第3指(中指)一つで大地に立っている。 また、四足歩行をする動物の常として、前肢と下肢に著しい差異は見られず、とほぼ同様の構造体である。

[編集] 両生類・爬虫類・鳥類の「手」

図-1:翼と骨格(1.翼竜、2.コウモリ、3.鳥)

両生類爬虫類では、アシナシイモリヘビといった手足を持たないものが存在する。 海生カメ類は鰭状の手足を発達させているが、過去に目を向ければ海生爬虫類のほとんど全てが鰭状の手足を具えていたことに気づく。 中生代翼竜は、鉤爪を持つ第1・第2・第3指と、胴体との間に皮翼を張るための長い第4指を発達させていた(第5指は退化。図-1の1.参照)。 ブラキオサウルストリケラトプスといった大型の植物食恐竜や現生のゾウガメは、長鼻目と同じく、体重を支えることのできる分厚い蹄を持っている。 肉食性と樹上生のものは鉤爪を持つタイプが多く、特に現生のものでは種による著しい形態的差異は認められない。これは彼らに多様性が無いからではなく、現世が哺乳類隆盛の時代であることに起因する。

鳥類については、というその形態の特質性から「手」という表現を用いない(食肉としては「手羽」の呼称がある)。軽量化を課題とした鳥類は進化して第1指を矮小化させ、第4指と第5指は退化・消滅させている。第2指と第3指は癒着して腕の一部となり、翼を構成する(図-1の3.参照)。彼らは手を有する小型羽毛恐竜から分化したと考えられている。

[編集] 解剖学的な「手」

[編集] 手の骨

図-2:手の骨格。手首に近い舟状骨(Navicular)と月状骨(Lunate)は識別しやすい。赤線で囲まれた部分(FLEXOR)は骨に筋肉・腱が接合する部位。

手のは、手根骨(近位の橈側から尺側舟状骨月状骨三角骨豆状骨の 4個と、遠位の橈側から尺側へ大菱形骨小菱形骨有頭骨有鈎骨の 4個)と中手骨 5本に加え、基節骨中節骨末節骨が第二指(人差し指)から第五指(小指)に各 3本ある。 第一指(親指)には中節骨は無く基節骨と末節骨で構成されている。これら 27本の骨を合わせて手を構成している。

指の名については「指」のページの一項「指の名称」を参照のこと。

[編集] 手の皮膚

それぞれの指の先端にはがあり、それを取り巻く部分の皮膚(触球)は感覚が鋭敏であり細かい作業などがこなせる。 爪に続く手の甲(手背)側の皮膚は、掌側と異なりゆとりがあり、つまむことができる。これは屈曲の目的を果たすために必要なことである。

掌、および、掌側の指の皮膚は身体の他の部位と異なり、皮脂腺が無く指紋・掌紋がある。また、メラニン色素が少ないため、人種を問わず他の部位より白く見えることになる。指の節や、掌には深浅さまざまな溝(運動ひだ)が走っている。 指紋・掌紋はヒトに特有のものではなく、霊長類に広く見られるものである。これには、掌の発汗作用と同様に、木から落ちないための滑り止めの働き、霊長類の樹上生活における適応進化の結果であったとの説がある。

[編集] 手の窪み

手の親指を伸ばして反らした時、親指の付け根に出来る三角形の窪みを「解剖学的嗅ぎタバコ窩」、あるいは、単に「タバコ窩(-か)」という。

[編集] 文化的な「手」

漢字の「手」は五本指の手の様子を表している。 和語における「て」は古くから広い意味範囲をもって使われてきており、広辞苑では30を超える語義を示しているほどである。古く万葉集では「価」の字を「テ」と読む例があり、経済(その原初的形態としての交換行為)とのつながりが考えられる。 また、現代においても、上手(かみて)・下手(しもて)といったように方角・方向を意味する用法もある。なお、上手(じょうず)・下手(へた)と読んだ場合には「ある行為・行動に対する習熟」の意となるように、手による動作が、次いで援用して手によらずともあらゆる動作・手段・方法、および、その行動の主体が広く「手」と呼ばれたのである。

ウィクショナリーの「手」および「hand」も参照のこと(関連項目、右)。

[編集] 人を象徴する手

「動作の主体」まで「手」で代表されるということの一例は、手は「仕事」(職業、生業)を象徴し、それはその人自身をも指し示すということである。「仕事」に「手」を付けることで職業名・役職名となることは、「手」がいかに「人」を代表しているかを示すものと言えよう。例を挙げるならば、野球における野手・投手・捕手など、あるいは、競馬の騎手などがそれであり、また、様々な分野において「○○の担い手」といった表現も用いられる。「受け手」「聴き手」といった使い方も馴染みのものであろう。それらは「○○をする人」と同義であり、手による動作と直接の関係が無くとも用いられる。

文化の中で手が重視されることは、いわゆる前近代的な呪術的価値観との関係は切り離せないが、単にそれのみで説明しうるものではない。現代の脳医学においても、鋭敏な感覚器であり、人間が外界を操作するための最大の手段である「手」は、脳の中では実際のサイズ以上に大きなものとして認識されていることが明らかにされている。

人が外界を認識する手段である五感のうち、最大のものは視覚であり、それゆえにまつわる文化的な表象は非常に多いが、ものの質感や温度などは触覚によってのみ捉えられる。写真や映画などの映像表現において「質感が表現できている」「温度を感じる」と評されるのは、視覚を通して受け手の経験の中から触覚の体験を引き出すことに成功している、ということであると言えよう。まして、目は(現在科学的に認められている範囲では)外界に対して物理的に物事を成すことができないのに対し、手は人間が生存し社会の中で役割を果たしていくための大きな武器である。すなわち、手とは脳が外界と関わるための、入出力を兼ねた重要なインタフェースであるという考え方もできよう。

手はまた、人間の自由と同列にも見なされ得る。その一つの表象が手錠である。

[編集] 手と犯罪

手錠が使用されるのは、なんらかの犯罪を犯した者に対してであり、多くの犯罪には手が必須である。特に盗みと手の関係は深く、「手癖が悪い」「手が長い」などと表現することがある。文化によっては(例えばイスラーム法で)他者の財物を盗んだ者に対して、手の切断などの刑を課している(もっとも、そういった文化で必ずその刑が執行されていたわけではなく、様々な条件をつけてかなり融通を利かせていたことが多かった)。また、古い言葉では捕縛することを手当てといい、手当者という言葉が重罪の囚人のことを意味した。

[編集] 運命・呪術・信仰

日本に限らず、手は人間の行為行動と結びつけられてきた。掌に走る溝(運動ひだ)の状態と、その手の持ち主の性向および今後の運勢を結びつけるものとしては手相学があるが、これは科学的に合理的な説明があるわけではない。

また、呪術的な手の用法としては、印を挙げることができる。多くの東洋人は普段それを、神仏の像[1]が示す手の形として目にしているが、そこに見られる手および指を特定の配置にする行いは、精神の集中や超常の力を得ることができる儀式的かつ技術的な手段とされ、インドのヨーガや日本の修験道では馴染みの光景となっている。 なお、小説漫画などフィクションの中では、手で結んだ印に力が宿る、もしくは集まる、あるいは、印を基に何がしかの力が術者にもたらされるという描写が呪文同様に説明を必要としない前提・約束事として成立しており、広く用いられている。

ただし、手を合わせる(合掌)、指を組み合わせるなどの行為は、超常的事象を引き起こす(あるいは、引き起こすと考えられている)目的だけにあるのではない。 修業の場にあっては言うまでもないが、日々の暮らしのなかの信仰的局面でもそれは多くを認めることができる。例えば合掌は、神前・仏前のみならず、日本では食事の前後などに感謝の意をもって行われているし、他にも、書簡などの末尾にこれを記す人もある。

[編集] コミュニケーション

また、手は手話握手など、コミュニケーションの点でも重要である。 手は、指を有し把持機能を持つ特徴から、「手を組む」「手を切る」などの慣用句に見られるように、人と人とのつながりの象徴ともなる。そして、そうした関係構築に際して、身体の中で「手」は非常に良く動く部位であるため、音声言語によらず感情や意志の伝達を行う手段として選ばれやすい。 「目は口ほどに物を言う」というがあるが、手ほど多彩な動きで、かつ誤解のないコミュニケーションを行うのは難しいと言える。

握手は互いに利き手を相手に預け、互いに握ることで、武器を持っていないことを示す儀礼に発するともされるが、そういった即物的な意味だけではなく、抱擁のように身体的接触による相互間の緊張緩和こそが目的という指摘もできる。 殺傷力のある道具を直接には他者に向ける事をしない類人猿においても、緊張緩和の方法として抱擁が欠かせないのであり、これは、ヒト(ホモ・サピエンス)に関しての後者の説を支援する事実と言える。

また、臭いによって敵・味方を区別する慣習を持つ文化が「握手」という慣習に出合ったとき、彼らはそれをうまく自文化に採り入れた例が報告されている。すなわち、握手したあとに自分の掌を素早く鼻に近づけて相手の臭いを確かめるという行為の、新たな習慣化である。 体臭は食生活などによって違いがあるため、「同種の体臭」は「同種の食文化」を意味し、「味方、もしくは、それに類する者、価値観を共有できる可能性を持つ者」であることの証明となる。彼らは握手が入ってくるまでは直接鼻を近づけていたと考えられている。

[編集] 手当て

治療行為という意味がありながらも、広義のコミュニケーションであり呪術的ないし「まじない」的な側面もある「手」を使う行為を指す表現として、「手当て」がある。

純粋に「手を使って治療行為(医療行為)を行うこと」を意味する語として捉える限りにおいては現代医学の範疇であるが、それ以外にも、手で触れられていることによる安心感[2]が良い心理的効果を持ち、病状を快方に向かわせることが広く知られている。 また、民間療法の範疇では、マッサージ等は血行をよくして治癒力を高めるなどとされ、手軽な健康法としても一般に利用されている。 実際的な医療行為(応急処置)としての止血では、患部に布などを当てがって掌で押さえつける圧迫止血法が、負傷時における治療の第一歩である。これは、やり方さえ理解していれば一般人であっても可能で、優れて有効的かつ実質的な応急処置手段である(詳しくは止血のページを参照のこと)。

ファイル:Scrofula-andre-du-laurens-1609.jpeg
1595年7月12日のパリにて瘰癧患者達にロイヤル・タッチし、聖なる力を示したとされるフランス国王アンリ4世の様子が描かれた銅版画。この奇跡の行いによって王は教皇クレメンス8世に許され、破門を解かれている。[[1]]

その一方で、強い霊力・霊性を持つ人物、あるいは、子供などの無垢なる者が病人に手で触れることで、疾病が快癒するという伝承は世界各地に見られる。 原初的形態としては、傷口や疾病の部位を本能的に手で押さえたり、かばおうとすることに発するごく初歩的な医療の形態であろうが、イエス・キリストの奇跡譚にもそのようなものは含まれる。 これは中世ヨーロッパにおいても、王が患部に触れることで病気を治癒するという「ロイヤル・タッチ[3]」として知られるものと同列であり、作家・トールキンは代表作『指輪物語』の第3部「王の帰還」において、これらを踏まえた「王の手」を描いている。 呪術医のような立場で手を当てるという行為は21世紀現在の先進国にすら新興宗教の一部に見出すことができる。こういった「触れる」行為が何らかの癒しのイメージと強く結びついている傾向は、今もなお文化の別なく広い範囲に様々な類型として存在し続けているのである。

[編集] 手と経済

[編集] 手当

上述の「手当て」と同じ漢字で、送り仮名を使わず「手当」とした場合、日本語においては通常指すものが異なり、「労働などに対して報酬として与える金銭」あるいは「基本給のほかに支給する金銭」の意となる。また、古い文章などでは「心付け」の意でも用いている。

実際には治療の「てあて」を「手当」とする場合や、その逆も多く、日本語本来の区別ではなく近代以降便宜的にそのようになされたのみであろう。また、「前もって行う準備」も手当てという。「人員の手当てをする」などと用い、これは手が手段・方法・対処などを意味する例と言えよう。

[編集] 手形

現代、身元確認の一手段として指紋押捺がある。これは指紋が個々人により異なることを利用した認証方法であるが、仔細に検討するための知識や、そもそも拡大鏡などの道具が無かったころには利用することができないものであった。しかし、大まかな指紋と指の節の幅・長さ、そして、掌の形状および掌紋などの関係性から、「手形」は唯一性を持つもの経験的に知られており(また、呪術的な側面もあり?)、個人認証の手段であった。

そのため(識字率の問題も関係しているかもしれないが)、証書類に署名の代替として用いられることが多く、ここから証書を「手形」と呼ぶようになったとされる。通行手形などもこれに含まれるが、現代は手形と言うと、一定金額の支払いを委託もしくは約束した有価証券を指す。

[編集] 手工業

産業革命以降、機械による工業製品の大量生産が登場すると、当初はコストの高い手仕事は駆逐されていった。しかし、それが一旦普及しきると一転、機械生産・大量生産のもとでは実現し得ない錬度の高い職人による高品質や、人の手が生み出す物ならではの温もりと味わいが見直され、「手作り」への需要が登場することとなった。

そしてまた、「手作り」が商品価値の高まりをブランド力というかたちで獲得すると、それを利用したマーケティングも発達した。 ただし、この手の商品の一部では、内実が粗製濫造であったとしても盲目的購買意欲に支えられて取引上の価値だけが維持されてしまうといった矛盾が生じ、憂うべき市場の形成にまで及んでいる。

[編集] 技としての手

手によってなされることが「手」と表現されることは既に述べたが、日本伝統の技芸などでは、特定の技法やそれによって構成されるものを指したりする。「本手」とは伝統音楽において本格的な手(曲)・本来の手(曲)、あるいは元々の旋律を指し、「派手」は前者の、「替手」は後者の対義である。また、歌・唄に対して「手」と呼ぶときは、声楽に対する器楽、あるいは楽器が奏する旋律、旋律型、技法を指す(旋律型としての「楽の手」、技法としての和琴(わごん)の「折る手」やの「押し手」、三味線の「摺り手」など)。

なお「手事」は、地歌など三曲の音楽において、唄と唄との間に置かれた長大な器楽部分であり、まさに手によってなされる事の意である。また、「合いの手」は唄と唄の間をつなぐ、手事よりも短い旋律であり、これも同様の意味から来ており、本来、手拍子とは無関係とされる。また、従来の曲に新しいパートを付ける(編曲、アレンジする)事を「手付け」と呼ぶ。これに対し、唄を付けるのが「節付け」である。

相撲などでいう「決まり手」も決まり技という意味で使われる。

琉球の挌闘術であるは、挌闘技法のことであり、これは英語においてarm(腕)が武装・軍備を指すこととも通じる。空手はかつて唐手と書いてトウテイ(トウティ)と読み(参考Wiktionary:en:karate)、中国から伝わった挌闘技法(をベースにしている)を意味した。

[編集] 空間内の方向・位置関係を表わす「手」

図-3:直進と回転の関係を表わす「右手」
図-4:右手系、フレミングの右手の法則

右手(みぎて)、左手(ひだりて)と言えば、日常的には右側、左側の意味になる。これとは別に、手の指の位置等を使い、電流磁場の関係や、螺旋の巻き付く方向等、空間内での位置関係を表わす名称や記憶法として、右手、左手の語が使われる。

[編集] 直進と回転の関係

親指を開いたまま、残りの4本の指を軽く握る。 親指の付け根から先に向かう方角が直進運動、直線等を表わし、4本の指の付け根から先に向かう方角が、回転運動、巻き等の方角を表わす(図-3)。 両者の関係が人体の右手と一致するとき右手、左手と一致するとき左手と言う。

[編集] 三本の直線の関係

[編集] 脚注

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  1. ^ 厳密に言えば、平面・立体およびイメージされるところの、仏教であれば神仏の像、ヒンドゥー教であれば神々の像。
  2. ^ 一般に「ふれあい」と呼ばれるコミュニケーション様式。スキンシップ
  3. ^ ロイヤル・タッチは結核の一種に対して有効な治療とされ、時代が下って1718世紀ごろにも儀礼化して盛んに行われ、ルイ15世は戴冠式で2,000人に触れたという。この治療対象は瘰癧(るいれき。頸部リンパ節結核。英語:Scrofula、別名:the king's evil)で、日本などでは珍しかったと思われるが、近世までのヨーロッパでは生活環境の違いなどから、儀礼的な行為も含め、ずっと多かった模様である。

[編集] 関連項目

ウィキメディア・コモンズ
ウィクショナリー
ウィクショナリーの項目があります。
ウィクショナリー
ウィクショナリーhandの項目があります。