可愛山陵
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可愛山陵(えのやまのみささぎ)は、鹿児島県薩摩川内市宮内町の新田神社境内にあるニニギの陵である。新田神社のある神亀山の5分の4が御陵の領域となっている。
[編集] 概略
ニニギの陵については、「日本書紀」に「筑紫日向可愛山之山陵」、「延喜式諸陵式」に「日向埃山陵。天津彦瓊瓊杵尊在二日向国一、無陵戸」(二、一は返り点)とあるが、この陵は延喜式よりも前に中央の官掌を離れて、その所在を単に「在日向国」、また「無陵戸」と表されていた。しかしその祭祀は重んじられ、神代三陵のために山城国葛野郡田邑陵の南の原に方1町の地を画して遙拝所に当てられたことがある。
その所在は江戸時代末以来諸説紛々としたが、明治7年(1874年)7月10日、他の日向三代の神の陵とともに勅定があり、大いに修治された。新田神社の可愛山陵は大正3年(1914年)に宮内省直轄となった。
現在は宮内庁書陵部桃山監区可愛部事務所が置かれ、内閣府事務官が陵墓守部として管理されている。御陵と神社が一体となっているのは全国でも珍しい形態である。大正9年(1920年)3月30日には昭和天皇(当時の皇太子)が参拝、昭和37年(1962年)には今上天皇(当時の皇太子)及び皇后美智子(当時の皇太子妃)が参拝など、皇族の参拝は9回にも及んでいる。