可児駅

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可児駅*
駅舎(2008年10月13日)
駅舎(2008年10月13日)
かに - Kani
下切 (3.4km)
(2.6km) 美濃川合
所在地 岐阜県可児市下恵土1254
所属事業者 東海旅客鉄道(JR東海)
所属路線 太多線
キロ程 12.8km(多治見起点)
電報略号 カコ
ヒロ(改称前)
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗車人員
-統計年度-
1,453人/日(降車客含まず)
-2009年-
開業年月日 1918年大正7年)12月28日
乗換 新可児駅名鉄広見線
備考 業務委託駅(夜間無人駅
みどりの窓口
* 1982年に広見駅から改称

可児駅(かにえき)は、岐阜県可児市下恵土にある、東海旅客鉄道(JR東海)太多線である。

2011年平成23年)6月現在、可児駅東土地区画整理事業に伴い駅前広場整備が行われているが、利便性向上のため将来の橋上駅舎化も構想されている。

目次

[編集] 駅構造

相対式ホーム2面2線を有する地上駅。互いのホームは跨線橋で結ばれている。構内トイレ(水洗式)は駅舎に隣接している。

東海交通事業の職員が業務を担当する業務委託駅で、美濃太田駅が当駅を管理している。みどりの窓口タッチパネル自動券売機がある。起終点の美濃太田駅と多治見駅を除くと、太多線では唯一の自動券売機設置駅である。自動改札機エレベーターは設置されていない。改札外にキヨスク売店があり(太多線の途中駅では唯一。小泉駅には自動販売機のみ設置)、自動販売機も2台設置されている。営業時間は7時から19時までの間のみで、駅員配置時間外は出札口が閉まり、自動券売機も発売停止される。また、日中でも時間帯によっては窓口を休止している時間もある(自動券売機は稼動)。2009年(平成21年)12月15日から自動券売機でライナー券の発行が可能となったため、窓口での発券が行われなくなり、常備券が廃止された。

2009年2月に2番線北側に引込線が新設され、旧引込線は撤去された。旧引込線上には、旧ホームと現1番線を区切る形で2010年(平成22年)3月8日にフェンスが設置された。旧ホーム側には自転車駐輪場(有料)が建設され,2011年10月1日より運用開始される.無料の駐輪場は閉鎖される.2009年10月からTOICA対応のための改札口改造工事が始まり、12月14日に完了した。TOICAの運用は2010年3月13日に開始され、当駅は簡易改札機による対応となっている。

可児駅プラットホーム
ホーム 路線 方向 行先
1 太多線 上り 多治見方面[1]
2 太多線 下り 美濃太田方面[1]

[編集] 駅周辺

腕木式信号機

名鉄広見線新可児駅が隣接している。2つの駅舎の間には、JRの線路をくぐるための地下道がある。 駅前には腕木式信号機が保存されている。駅舎の反対側には駐輪場がある。大型商業施設官公庁などは比較的駅から遠い場所にあり、徒歩で10分程度要す。

[編集] 歴史

  • 1918年大正7年)12月28日 - 東濃鉄道(現存する同名会社とは別)新多治見 - 当駅間(後の太多線)の開通と同時に広見駅として開業。旅客・貨物の取扱を開始。
  • 1920年(大正9年)8月21日 - 当駅 - 御嵩駅間(後の名鉄広見線)が開通。
  • 1926年(大正15年)9月25日 - 東濃鉄道 新多治見駅 - 当駅間の国有化および、当駅 - 御嵩駅間の東美鉄道への譲渡により、国鉄・東美鉄道の駅となる。
  • 1928年昭和3年)10月1日 - 太多線 当駅 - 美濃太田駅間が開通、同時に現在地に移転。
  • 1929年(昭和4年)1月22日 - 名古屋鉄道広見線が当駅に乗り入れ。
  • 1930年(昭和5年)2月16日 - 名古屋鉄道・東美鉄道が国鉄広見駅の共同使用をやめ、新広見駅(現在の新可児駅)として独立。
  • 1982年(昭和57年)
    • 3月1日 - 貨物の取扱を廃止。
    • 4月1日 - 可児市誕生に合わせ、可児駅に改称。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、JR東海の駅となる。
  • 2010年(平成22年)3月13日 - TOICA利用開始

[編集] 隣の駅

東海旅客鉄道
太多線
ホームライナー太多・普通
下切駅 - 可児駅 - 美濃川合駅

[編集] 脚注

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  1. ^ a b 駅掲示用時刻表の案内表記。これらはJR東海公式サイトの各駅の時刻表で参照可能(2011年1月現在)。

[編集] 関連項目

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