古川市
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| 古川市 | |
|---|---|
| 廃止日 | 2006年3月31日 |
| 廃止理由 | 新設合併 古川市・田尻町・三本木町・松山町・鹿島台町・岩出山町・鳴子町 → 大崎市 |
| 現在の自治体 | 大崎市 |
| 廃止時点のデータ | |
| 国 | |
| 地方 | 東北地方 |
| 都道府県 | 宮城県 |
| 団体コード | 04204-8 |
| 面積 | 134.14km² |
| 総人口 | 75,177人 (推計人口、2006年3月1日) |
| 隣接自治体 | 栗原市、遠田郡美里町、田尻町 志田郡松山町、三本木町 加美郡加美町 玉造郡岩出山町 |
| 市の木 | イチョウ |
| 市の花 | アヤメ |
| 古川市役所 | |
| 所在地 | 〒989-6188 宮城県古川市七日町1-1 |
| 座標 | 北緯38度34分37.3秒 東経140度57分19.8秒 |
| 特記事項 | 世帯数:25,294世帯(2004年10月1日) |
| ウィキプロジェクト | |
古川市(ふるかわし)は、かつて宮城県北部、大崎平野の中心に存在していた自治体である。1956年(昭和31年)に市制が施行され、2006年(平成18年)の町村合併に伴って大崎市に移行した。大崎市では、旧古川市がその中心となっている。
目次 |
[編集] 地理
宮城県北部、大崎平野に位置し、平坦な地形である。
[編集] 歴史
- 奈良時代、古川市の東大崎地区に朝廷の役所である名生舘官衙がつくられた。この頃古川は、多賀城と共に朝廷側の拠点となっていた。
- 室町時代、古川市の名生城を居城とする大崎氏が、奥州探題として東北地方(奥羽)を支配した。大崎氏は室町幕府の管領家(三管領)の筆頭である斯波氏の親戚である。
- 戦国時代、古川市の名生城を居城とする戦国大名・大崎氏が、隣国の葛西氏と死闘を繰り広げた。
- 戦国時代末期、伊達政宗が大崎領に侵攻したが(大崎合戦)、戦国大名・大崎義隆は伊達軍を撃破した。しかし、その後も政宗は大崎氏を圧迫し、大崎氏は「伊達の馬打ち」と呼ばれる伊達氏の準領土となった。軍事指揮権は伊達氏が掌握し、徴税権は大崎氏が保持した。こうして大崎領は伊達領に組み込まれた。
- 伊達政宗は常陸国の佐竹義重や会津地方の蘆名氏に勝利し、東北地方(奥羽)の南半分を征服して“奥羽の覇者”となった。しかし政宗は1590年、豊臣秀吉に服属し、奥州仕置によって秀吉は“日本統一”を達成する。このとき大崎氏・葛西氏等は小田原攻めに参陣しなかったことを理由に秀吉により取り潰された。伊達政宗も秀吉により征服した領地等を没収された。政宗は秀吉の処分に不満を抱き、大崎氏と葛西氏の旧臣を扇動して葛西大崎一揆を起こさせる。しかし政宗の一揆扇動は秀吉の懐刀(ふところがたな)・蒲生氏郷に露見し、政宗は秀吉から葛西大崎一揆の鎮圧を命じられる。政宗は佐沼城から秀吉の家臣・木村吉清を救出すると、葛西大崎一揆を鎮圧した。戦後、政宗はそれまでの領地の多くを秀吉に没収され、その代わりに旧・大崎領と旧・葛西領を与えられた。政宗は古川市の隣に位置する岩出山に居城・岩出山城を築き、古川市一帯は伊達領の一部となった。
- 伊達政宗は豊臣秀吉が死ぬと徳川家康の政権奪取に協力し、1600年の関ヶ原の戦いを経た1601年、政宗は仙台城を築いて仙台藩62万石が成立した。こうして古川市一帯は仙台藩の一部となった。
- 1889年4月1日 - 志田郡古川町(ふるかわまち)町制施行。
- 1950年12月15日 - 古川町が志田郡志田村・荒雄村,栗原郡宮沢村を編入・市制施行して古川市が成立。
- 1950年12月16日 - 東大崎村、長岡村、冨永村を編入
- 1954年8月1日 - 敷玉村(青生地区を除く。青生地区は小牛田町へ)を編入
- 1954年10月1日 - 高倉村、清滝村を編入
- 1955年4月1日 - 岩出山町の一部を編入。
- 1956年1月1日 - 小牛田町の一部(桑針、鶴ケ埣、深沼)を編入。
- 1957年4月10日 - 岩出山町の一部を編入。
- 2006年3月31日 - 三本木町、松山町、田尻町、鹿島台町、岩出山町、鳴子町と合併して大崎市が誕生
[編集] 行政
- 最後の市長:佐々木謙次
[編集] 経済
宮城県北部の中枢都市として、企業の支店・営業所が数多く立地し、小売店舗の数も多かった。晩年は、郊外型の大型店舗と住宅地開発が進み、消費生活圏の中心が郊外に移行、中心部の商店街の衰退(従来の商店やJR古川駅前のサティの閉店等)が進んだ。
指定金融機関は、当初は徳陽シティ銀行(旧・德陽相互銀行)であったが、同行の経営破綻に伴い、指定金融機関は七十七銀行、店舗は宮城第一信用金庫(旧・古川駅前支店を譲受し、同信金の古川支店となった)、預金等は仙台銀行・仙台信用金庫(現・杜の都信用金庫)・宮城第一信用金庫へそれぞれ変更となった。なお、合併後の大崎市の指定金融機関は、七十七銀行となった。
[編集] 産業
農業が盛んであり、『ササニシキ』、『ひとめぼれ』、『まなむすめ』などの米品種を誕生させた古川農業試験場でも知られた。
[編集] 教育
[編集] 短期大学
古川市では宮城大学の食品系学部の誘致を行っていたが、その後、2005年に食産業学部が仙台市太白区旗立の宮城県農業短期大学跡地に設置された太白キャンパスに新設された。
[編集] 専修学校
- 宮城県農業実践大学校(専修学校専門課程、農業者研修教育施設)
[編集] 高校
- 宮城県古川高等学校
- 宮城県古川黎明高等学校(旧宮城県古川女子高等学校)
- 宮城県古川工業高等学校
- 古川学園高等学校
- 大崎中央高等学校
[編集] 中学校
- 古川市立古川中学校
- 古川市立古川東中学校
- 古川市立古川北中学校
- 古川市立古川西中学校
- 古川市立古川南中学校
[編集] 小学校
- 古川市立古川第一小学校
- 古川市立古川第二小学校
- 古川市立古川第三小学校
- 古川市立古川第四小学校
- 古川市立古川第五小学校
- 古川市立志田小学校
- 古川市立西古川小学校
- 古川市立敷玉小学校
- 古川市立清滝小学校
- 古川市立高倉小学校
- 古川市立富永小学校
- 古川市立長岡小学校
- 古川市立東大崎小学校
- 古川市立宮沢小学校
古川市立第一小学校は、文部科学省が推進する「学力向上フロンティア」指定校(フロンティアスクール)であった。
[編集] 医療
- 古川市立病院 - 現在の大崎市民病院
[編集] 鉄道駅
[編集] 高速道路
[編集] 記念館・ギャラリー
- 吉野作造記念館
- 古川市ササニシキ資料館
- 古川市リサイクルデザイン工房
- 古川市民ギャラリー緒絶の館
- 大崎生涯学習センター(パレットおおさき)
[編集] 寺社
- 正一位 斗瑩稲荷神社(千葉周作生い立ちの地)http://www.inarijinja.org/
- 瑞川寺山門(市指定文化財)
- 祗園八坂神社
- 安国寺・木造阿弥陀如来座像(県指定文化財)
- 氷室薬師
- 小野小町の墓
[編集] 自然・公園
[編集] 定期市・祭り
[編集] 古川市出身の有名人
詳細は「大崎市#出身有名人」を参照
