古今亭今輔 (5代目)

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5代目古今亭 今輔(ここんてい いますけ、1898年6月12日 - 1976年12月10日)は、群馬県佐波郡境町(現:伊勢崎市)出身の落語家。本名は鈴木五郎。生前は日本芸術協会(現:落語芸術協会)所属。出囃子は『野毛山』。俗に言う「お婆さん落語」で売り出し、「お婆さんの今輔」と呼ばれた。

目次

[編集] 略歴

[編集] 得意ネタ

『お婆さん三代記』、『青空お婆さん』、『ラーメン屋』、『葛湯』といった、新作がほとんどであるが、古典怪談噺は本格派で、『江島家怪談』、『藁人形』、『死神』等も得意とした他、『塩原多助』、『ねぎまの殿様』、『囃子長屋』等の珍品、『もうせん芝居』等の芝居噺等も、よく行っていた。小山三時代までは素噺の達人と評されたが、上州訛に苦労した末に新作派に転向した。

[編集] エピソード

数度に渡り師匠を変えたのは持って生まれた正義感であり、その硬骨ぶりが身上。正に不世出の闘志の男であった。

かつて共に一朝に教えを受けた元弟弟子林家彦六とは喧嘩友達であった(しかし、影では互いの健康に気づっていたと言う)。

「古典落語もできたときは新作落語です。」というのが口癖で、新作落語の創作と普及に努めた。弟子たちを教える時も最初の口慣らしに初心者向きの「バスガール」などのネタからつけていた。だが、必ずしも古典落語を軽視したわけでなく、高座では古典もよくかけており、一朝や三代目小さんに仕込まれただけあって高いレベルの出来であった。とくに「塩原太助」は、自身が上州生まれだったこともあり人一倍愛着が強く、晩年は全編を通しで演じていた。

芝居噺も得意としたが、ある日、客席から「ドサだ。」とヤジが飛んだ。自身の上州訛りが馬鹿にされ衝撃を受けた今輔は金輪際芝居噺を封印しようとしたが、劇作家の長谷川伸の協力で長谷川作の芝居噺を演じ好評を得た。今輔は終生長谷川の好意を徳としていた。長谷川の葬儀では「先生!」と号泣する今輔の姿に人々の感動をさそったという。

[編集] 一門弟子

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