南部靖之
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南部 靖之(なんぶ やすゆき、1952年1月5日-)は兵庫県神戸市出身の企業家。人材派遣会社株式会社パソナ創業者。株式会社パソナ代表取締役グループ代表兼社長であると同時に創価学会の信者である。
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[編集] 人物
兵庫県立星陵高等学校、関西大学工学部卒業。学位は工学士(関西大学)。
ベンチャー企業の起業家が一般的ではなかった1970年代当時、ソフトバンクの孫正義、エイチ・アイ・エスの澤田秀雄とともにベンチャー三銃士と称された。
創価学会・公明党のみならず自民党との関係も深く、小泉政権の総務大臣だった竹中平蔵をパソナ社の「特別顧問」及び「アドバイザリーボード」のメンバーとしている。
また、民主党の前原誠司前代表とは、夫人である前原愛里が創価短大卒業後に株式会社パソナで南部氏の個人秘書を務めていた関係にあり、同夫人は防衛庁の人材派遣を通した利権に関与しているとされる[1]。
[編集] 経歴
関西大学在学中、「家庭の主婦の再就職を応援したい」という思いで卒業を一月後に控えた1976年2月に人材派遣会社「テンポラリーセンター」を設立した。当時、オイルショックの影響もあり、各企業ともに経営縮小を余儀なくされており、南部の派遣ビジネスは多くの企業から歓迎され、事業は急成長を遂げる。なお、当時は労働者派遣法は制定されておらず、労働者派遣は労働基準法に抵触する違法行為であった。
1987年以降、家族と共に米国コネチカット州に移住する。1993年1月にテンポラリーグループのCEO(最高経営責任者)に就任し、同年6月には商号とグループ名を「パソナ」に変更した。
現在、株式会社パソナ代表取締役グループ代表兼社長として人材派遣を通じたビジネス開拓に努めている。信念は、「フリーターこそ、究極の終身雇用」。しかし、この信念については格差(格差社会)の固定化に繋がる考えだと批判(懸念)する人達も多い。
また、農業従事者の減少と都市部や製造業での失業問題の受け皿として、非正規派遣農業労働者市場を創出しようと精力的に努力中である[2]。
[編集] 語録
- 「フリーターこそ終身雇用」「正社員でいるとリストラや定年がある。フリーターのような立場なら本当の意味一生涯の終身雇用が可能だ。だから今は不安定と言われているフリーターが安定した働き方になる。」
- 「働く者から見た豊かさは、お金以上に自分の夢の達成や自由な環境で仕事をすることにある。収入が低くても、自分の価値観やライフスタイルに合わせた働き方を望んでいるがフリーターです。」
- 「正社員が安定した雇用で一番常識的な働き方という考え方は、20年後には非常識になっているかもしれない。人がいるところに会社や仕事がやってくる。突き詰めて言えば雇用という概念がなくなる。」
[編集] 脚注
- ^ 民主党前原の嫁が食い込む防衛利権 2005年12月6日
- ^ 小泉内閣メールマガジン 第175号 2005/02/10
[ニッポンの元気]新たな雇用のフロンティア・農業(パソナグループ代表兼社長 南部靖之)
[編集] 著書
[編集] 主著・共著
- 『人財開国』財界研究所(2004年2月)
- 『この指とまれ』 講談社(2001年10月)
- 石川好と共著『創業は創職である。』東洋経済新報社(2001年1月)
- 孫正義・澤田秀雄と共著『経済再生会議 「変わる」ことを怖れるな』 かんき出版(1999年)
- 『自分を活かせ!―僕はどうやって自己実現したか』 講談社(1996年10月)
- 『超常識パワーの挑戦』 実業の日本社(1988年)
- 『感性ビジネス 創職は五感を狙え』 日刊工業新聞社(1988年)
- 『頭のいい人材派遣会社の活用法』明日香出版社(1987年)
- 『起業家精神で挑む!クリエイティブ・パワー』日本生産性本部(1986年)
- 『ベンチャー型人間が成功する 感性時代のビジネス行動学』 PHP研究所(1985年)
- 『青年帝王学 器を大きくする七ヵ条』かんき出版(1985年)
- 『大志』実業之日本社(1984年)

