南極条約

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南極条約
Emblem of the Antarctic Treaty.svg
南極条約のエンブレム
署名 1959年12月1日(ワシントン
効力発生 1961年6月23日
寄託者 アメリカ合衆国政府
条約番号 昭和36年条約第5号
言語 英語、フランス語、ロシア語、スペイン語
主な内容 南極の軍事的利用の禁止と科学的調査の自由および国際協力を定める
条文リンク 南極条約 (PDF) - 外務省
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南極条約(なんきょくじょうやく)は、南極地域の平和的利用を定めた条約

概要[編集]

研究基地と各国が主張した領有権

南極は気象条件が厳しいため人の定住が困難であり、長い間未踏の地であった。しかし1908年イギリスが南緯50度以南、西経20度から80度に至る範囲の諸島の領有を主張したのを切っ掛けに、他の国も南極の一定区画の地域の領有を主張するに至った。国際法における国家領域取得根拠としては先占 (occupation) があるが、南極はその気象などのため実効的支配が困難であり先占の法理をそのまま適用するのは無理があるとして、先占がなくても一定の範囲で領域の取得を認めるとするセクター主義が主張された。

セクター主義には反対する国家も多く国際法として確立しているわけではなかったが、科学技術の進歩によって実効的支配の可能性も否定できなくなり、領土の獲得競争が展開されるのは必至となった。それを阻止し、南極地域(すべての氷棚を含む南緯60度以南の地域)の継続的な平和的利用のために締結されたのが、本条約である。

南極が、もっぱら平和的目的にのみ利用されるべきと定め、一切の軍事利用を禁止するとともに、その実施を確保するため、地上および空中の自由な査察制度を設けることとした。平和利用では、将来、国際協定で認められない限り、すべての核爆発と放射性廃棄物の処分を禁止している。この平和利用のための核爆発をどうするか最後までもめたが、結局日本のあっせんにより、将来一般協定ができれば、南極にも適用するが、それまで一切禁止するという線でまとまった[1]

1957年から1958年国際地球観測年で南極における調査研究に協力体制を築いていた日本アメリカ合衆国イギリスフランスソビエト連邦(現ロシア)、アルゼンチンオーストラリアベルギーチリニュージーランドノルウェー南アフリカの12か国が1959年12月1日に南極条約を採択した[1]。条約の概要は下記のとおり。

  • 南極地域の平和的利用(軍事的利用の禁止)
  • 科学的調査の自由と国際協力
  • 南極地域における領土主権、請求権の凍結
  • 核爆発、放射性廃棄物の処分の禁止
  • 条約の遵守を確保するための監視員の設置
  • 南極地域に関する共通の利害関係のある事項についての協議の実施
  • 条約の原則および目的を促進するための措置を立案する会合の開催

条約締結国は、2013年10月時点で50か国である[2]

なお、条約成立前のセクター主義に基づく領域の主張は、条約上は、否定も肯定もされているわけではない。

南極条約締約国一覧(2013年2月現在)[編集]

  署名、協議国、領有権を主張
  署名、協議国、領有権の主張を留保
  署名、協議国
  署名
  未署名
  • 南極条約協議国(28か国)[3]
南極において観測基地の設営などを学術調査を継続的に実施している国
アメリカ合衆国アルゼンチンイギリスイタリアインドウクライナウルグアイエクアドルオーストラリアオランダスウェーデンスペイン大韓民国中華人民共和国チリドイツ日本ニュージーランドノルウェーフィンランドブラジルフランスブルガリアペルーベルギーポーランド南アフリカ共和国ロシア
  • その他の条約締約国(22か国)[3]
エストニアオーストリアカナダキューバギリシアグアテマラコロンビアスイススロバキアチェコ朝鮮民主主義人民共和国デンマークトルコパキスタンパプアニューギニアハンガリーベネズエラベラルーシポルトガルマレーシアモナコルーマニア

脚注[編集]

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  1. ^ a b 1959年(昭和34年)12月21日官報第9900号付録資料版14ページ「南極条約」
  2. ^ 環境省_南極の自然と環境保護 - 南極条約締約国”. 環境省. 2014年7月6日閲覧。
  3. ^ a b 外務省: 南極条約・環境保護に関する南極条約議定書”. 外務省. 2014年7月6日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]