千駄ケ谷駅

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千駄ケ谷駅
駅舎(2011年1月)
駅舎(2011年1月)
せんだがや - Sendagaya
信濃町 (0.7km)
(1.0km) 代々木
所在地 東京都渋谷区千駄ヶ谷一丁目35-10
所属事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
所属路線 中央・総武線(各駅停車)
(正式には中央本線
キロ程 8.6km (東京起点)
千葉から44.7km
電報略号 セカ
駅構造 地上駅
ホーム 1面2線
乗車人員
-統計年度-
18,426人/日(降車客含まず)
-2012年-
開業年月日 1904年明治37年)8月21日
備考 山区 東京山手線内東京都区内
ホーム(中央に王将の駒がある)
ホーム(中央に王将の駒がある)
駅遠景。首都高速の高架の奥が駅舎、ホームとなる
駅遠景。首都高速の高架の奥が駅舎、ホームとなる

千駄ケ谷駅(せんだがやえき) は、東京都渋谷区千駄ヶ谷一丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)中央本線である。

当駅には、緩行線を走る中央・総武線各駅停車のみが停車する。また、特定都区市内制度における「東京都区内」および「東京山手線内」に属する。

歴史[編集]

初めは明治37年に甲武鉄道の旅客駅として開業し、当時の乗降客は1日に250人程度であった[1]。その後、1945年(昭和20年)にはアメリカ軍による空襲を受けて駅舎が被災するなどしたが[1]、駅に隣接して駅前に被さる首都高速道路4号新宿線高架道路の完成や駅舎の改築を経て現在の姿となっている。

年表[編集]

  • 1894年明治27年)9月23日 - 新宿駅~青山軍用停車場間に陸軍の軍用線開業。
  • 1894年(明治27年)10月9日 - 甲武鉄道の新宿~牛込間が開業。(千駄ヶ谷駅は未開業)
  • 1895年(明治28年)12月30日 - 甲武鉄道の新宿~飯田町間が複線化。
  • 1904年(明治37年)8月21日 - 甲武鉄道の飯田町~中野間が電化。千駄ヶ谷駅開業[2]。当初は旅客営業のみ。
  • 1906年(明治39年)10月1日 - 甲武鉄道の国有化により国鉄の駅となる。
  • 1924年大正13年)- 2代目駅舎完成。
  • 1927年昭和2年)2月7日 - 新宿御苑で執り行われた大正天皇大喪の礼のため、代々木~新宿御苑仮停車場間に臨時の線路を敷設。
  • 1927年(昭和2年)2月9日 - 新宿御苑仮停車場を廃止。
  • 1927年(昭和2年)3月1日 - 代々木~信濃町駅間が複々線化。
  • 1945年昭和20年)5月 東京大空襲により駅舎が被災。
  • 1945年(昭和20年)12月 木造バラック駅舎建築。
  • 1956年(昭和31年)3月 PCブロック構造で新築。モデル駅に指定。
  • 1958年(昭和33年)1月 アジア競技大会開催に伴い駅改築。
  • 1963年(昭和38年)9月 中央・総武緩行線にカナリア色(黄色)の101系電車登場。
  • 1964年(昭和39年)8月 首都高速道路4号線三宅坂~初台出口開通。駅舎上を通過する。
  • 1964年(昭和39年)9月 東京オリンピックにあわせ大改築。臨時ホーム新設。
  • 1979年(昭和54年)3月 中央・総武緩行線に103系電車登場。
  • 1980年(昭和55年)12月 ホームに将棋の駒のオブジェ設置(日本将棋連盟より寄贈)。
  • 1982年(昭和57年)8月 中央・総武緩行線に201系電車登場。
  • 1986年(昭和61年)10月23日 - 当駅の改札に人が殺到したことにより将棋倒しが起こる。46人負傷。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化によりJR東日本の駅となる。
  • 1989年平成元年)中央・総武緩行線に205系電車登場。
  • 1989年(平成元年)6月 自動改札機導入。
  • 1998年(平成10年)3月 エスカレーター使用開始。
  • 1999年(平成11年)中央・総武緩行線に209系電車登場。
  • 2000年(平成12年)中央・総武緩行線にE231系電車登場。
  • 2001年(平成13年)11月18日 - ICカードSuica供用開始。
  • 2007年(平成19年)3月9日 - みどりの窓口の営業が終了。
  • 2009年(平成21年)4月 駅全面禁煙に。
  • 2011年(平成23年)1月 多目的トイレ新設。
  • 2012年(平成24年)9月 エレベーター使用開始。

青山軍用停車場・青山仮停車場[編集]

 現在の千駄ヶ谷駅~信濃町駅の線路南側にあった青山練兵場(現在の神宮外苑)と、線路北側の輜重大隊(現在の慶応病院)のための軍用駅として、新宿駅~青山軍用停車場を敷設。これとほぼ同時に甲武鉄道市街線(新宿駅~牛込駅)の工事も行い、明治27年に路線が開業した。千駄ヶ谷駅の開業はその10年後である。  この軍用停車場跡は英照皇太后および明治天皇大喪の礼の際に2度にわたり、青山仮停車場として霊柩列車を京都桃山駅へ奉送運行する際に使用されている。

  • 1894年(明治27年)9月23日 - 新宿駅~青山軍用停車場が開業(青山軍用停車場の開設)。
  • 1894年(明治27年)10月9日 - 新宿駅~牛込駅が開業(甲武鉄道市街線の開業)。
  • 1896年(明治29年)9月25日 - 青山軍用停車場の廃止。
  • 1897年(明治30年)2月2日 - 新宿駅~青山仮停車場(初代)開業。英照皇太后大喪の御柩列車の始発駅として1日限りの営業。
  • 1897年(明治30年)2月3日 - 翌日廃止。
  • 1912年(大正元年)9月13日 - 千駄ヶ谷駅~青山仮停車場(2代目)開業。青山葬場殿で行われた明治天皇大喪の礼の際の霊柩列車の始発駅として2日間の営業。
  • 1912年(大正元年)9月15日 - 翌々日廃止。

新宿御苑仮停車場[編集]

大正天皇大喪の礼の際に、代々木駅~新宿御苑仮停車場(現在の千駄ヶ谷駅の北側、新宿御苑に面した場所あたり)を敷設し、霊柩列車を東浅川仮停車場へ奉送運行する際に使用されている。翌月にその線路を転用する形で代々木駅~信濃町駅が複々線化されている。また、新宿御苑仮停車場の建物は移設され、現在の高尾駅舎となった。

  • 1927年(昭和2年)2月7日 - 代々木駅~新宿御苑仮停車場が開業(新宿御苑仮停車場の開設)。新宿御苑にて行われた大正天皇の大喪の礼の際の霊柩列車の始発駅として2日間の営業。
  • 1927年(昭和2年)2月9日 - 新宿御苑仮停車場を廃止。
  • 1927年(昭和2年)3月1日 - 代々木駅~信濃町駅間が複々線化。

駅構造[編集]

島式ホーム1面2線の他、1番線(新宿方向)ホームの反対側には1964年昭和39年)の東京オリンピック開催時に設置された臨時ホーム(現在は不使用)が設けられている地上駅である。出口は1か所ある。また、当駅は駅のすぐ北側にある新宿御苑への配慮のため、周辺の駅のような発車メロディは導入されておらず、発車ベルが鳴る。

かつてはみどりの窓口が設置されていたが、指定席券売機指定席券などを購入することが可能となったため、2007年平成19年)3月9日をもって廃止された。

のりば[編集]

番線 路線 行先
1 中央・総武線(各駅停車) 新宿三鷹高尾方面
2 中央・総武線(各駅停車) 御茶ノ水千葉東京方面

(出典:JR東日本:駅構内図

現地では上記のように案内されているが、三鷹以西ならびに東京駅への直通は早朝・深夜のみであり、それ以外の時間帯は新宿駅や御茶ノ水駅で中央線快速への乗換が必要となる。

利用状況[編集]

2012年度の1日平均乗車人員は18,426人である。近年の推移は下記の通り。

年度 JR東日本 出典
1992年 29,085 [3]
1993年 28,866 [4]
1994年 27,795 [5]
1995年 27,068 [6]
1996年 25,800 [7]
1997年 25,313 [8]
1998年 24,463 [9]
1999年 23,923 [10]
2000年 23,123 [1]
2001年 22,698 [2]
2002年 23,022 [3]
2003年 22,508 [4]
2004年 22,419 [5]
2005年 22,213 [6]
2006年 21,993 [7]
2007年 22,543 [8]
2008年 21,309 [9]
2009年 20,525 [10]
2010年 20,268 [11]
2011年 20,008 [12]
2012年 18,426 [13]

駅周辺[編集]

東京体育館
この2施設はかつてプールだった。

バス路線[編集]

千駄ケ谷駅
千駄ケ谷駅(東京体育館)

その他[編集]

  • ホーム中央にある水飲み場には、日本将棋連盟本部所在地に因み、将棋の王将の駒が飾られている。

隣の駅[編集]

東日本旅客鉄道
中央・総武線(各駅停車)
信濃町駅 - 千駄ケ谷駅 - 代々木駅

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]