千葉縣護國神社
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| 千葉縣護國神社 | |
|---|---|
| 所在地 | 千葉県千葉市中央区弁天3丁目16番1号 |
| 位置 | 北緯35度37分12秒 東経140度06分42秒 |
| 主祭神 | 千葉県出身の護国の英霊 |
| 社格等 | 内務大臣指定護国神社・別表神社 |
| 創建 | 明治11年(1878年) |
| 例祭 | 4月10日・10月10日 |
千葉縣護國神社(ちばけんごこくじんじゃ)は、千葉県千葉市中央区にある神社(護国神社)である。
目次 |
[編集] 概要
戊辰戦争から太平洋戦争に至るまで、国事に殉じた千葉県出身・由縁ある英霊を祀る神社。合祀祭神は約6万柱。
[編集] 歴史
明治11年(1878年)1月27日に柴原和初代県令の発起により、「千葉縣招魂社」として創建され、明治維新で亡くなった佐倉藩の安達直次郎盛篤ら16人の霊が祀られた。昭和14年(1939年)、招魂社の制度がを護国神社に改められるのに伴い「千葉縣護國神社」と改称した。昭和18年(1943年)4月には主務大臣により1県1社の「護國神社」として指定される。
元の鎮座地は千葉県庁公園内で、明治22年(1889年)に千葉神社境内に遷座したが、境内が狭いことから、昭和12年(1937年)より亥鼻山への遷座がすすめられた。昭和18年(1943年)に新社殿が竣工し、同年4月19日に鎮座祭が行われた。しかし、昭和20年(1945年)7月、千葉市街の大半を焼失する戦災により、社殿を焼失した。
第二次大戦後は、軍国主義施設とみなされるのを防ぐ目的で頌徳神社に改称した。主権回復後の昭和27年(1952年)に千葉縣護國神社に復称した。
昭和42年(1967年)9月30日、亥鼻山から現在地に遷座した。平成8年(1996年)、神社本庁の別表神社に加列された。
昭和48年(1973年)10月には昭和天皇・香淳皇后、皇太子明仁親王・美智子妃が参拝。昭和53年(1978年)10月、創立百年大祭を春季例大際に併せて斎行。
[編集] 所在地
千葉県千葉市弁天3-16-1
[編集] 祭礼
- 季例大祭
- 春(4月10日)
- 秋(10月10日)
- みたま際
- 7月13日-16
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 千葉縣護國神社(公式サイト)

