千姫 (宝塚歌劇)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

千姫』(せんひめ)は宝塚歌劇団によって舞台化されたミュージカル

物語[編集]

1929年・雪組宝塚大劇場公演[1]
ある日、千姫坂崎出羽守の遺児・三郎丸に命を狙われる。ところが、当の本人は恐れる様子もなく、自分は駿府の祖父からも江戸の将軍家からも疎まれているのだと言って酒を飲み続ける。荒らんだ心が癒える間もなく、千姫は徳川天下を願う乳母の笹尾に毒薬を飲まされ、その生涯に幕を閉じるのであった。
1947年・月組宝塚大劇場公演[2]
大坂夏の陣で夫・秀頼を失った千姫は、夫に瓜二つの縫之助を傍近くに召し置いていた。しかし、これが春日の局の耳に入り、局の名代が縫之助を江戸城本丸へと引き取りに来る。戦略結婚の犠牲となった薄幸の女性・千姫と近習・縫之助の悲しいロマンス。
1968年・星組宝塚大劇場公演[3]
歴史上悲劇の人として伝えられている千姫を、恋に生きる強い女性として描く。大坂夏の陣、千姫の命乞いもむなしく夫の秀頼は落城と共に自殺する。本多平八郎をそばにおいて寂しさを紛らわせるが、心の乱れを案じた父により平八郎は国許に帰される。

公演記録[編集]

雪組公演[1]
形式名は「歌劇[1]」、2場[1]
併演作[1]は『光』、『秘密の扉』、『金平化生退治』、『木曾街道膝栗毛』。
月組公演[2][4][5]
宝塚における形式名は「歌劇[2]」で2場[2]
併演作は宝塚・名古屋が『モン・パリ[2][4]』、浜松・静岡・四日市・宇治山田が『アロハ・オエ[5]』。
星組公演[6]
  • 1968年10月1日 - 10月30日 宝塚大劇場[6]
形式名は「ミュージカル・ロマンス[6]」、16場[6]
併演作は『7 -セブン-[7]』。

スタッフ[編集]

1929年・宝塚大劇場公演(スタッフ)[編集]

1947年・宝塚大劇場公演(スタッフ)[編集]

1968年・宝塚大劇場公演(スタッフ)[編集]

主な出演者[編集]

1929年・宝塚大劇場公演(主な出演者)[編集]

1947年・宝塚大劇場公演(主な出演者)[編集]

1968年・宝塚大劇場公演(主な出演者)[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g 100年史(舞台) 2014, p. 64.
  2. ^ a b c d e f g h 100年史(舞台) 2014, p. 104.
  3. ^ 100年史(舞台) 2014, p. 132.
  4. ^ a b c 100年史(舞台) 2014, p. 255.
  5. ^ a b c d e f 100年史(舞台) 2014, p. 256.
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u 60年史別冊 1974, p. 70.
  7. ^ a b c d e f g h i 60年史別冊 1974, p. 71.
  8. ^ a b 100年史(人物) 2014, p. 170.
  9. ^ a b c 100年史(人物) 2014, p. 177.

参考文献[編集]

  • 編集発行人:橋本雅夫『宝塚歌劇の60年別冊・年譜 最近の10年』宝塚歌劇団、1974年5月11日。 
  • 監修・著作権者:小林公一『宝塚歌劇100年史 虹の橋 渡りつづけて(舞台編)』阪急コミュニケーションズ、2014年4月1日。ISBN 978-4-484-14600-3 
  • 監修・著作権者:小林公一『宝塚歌劇100年史 虹の橋 渡りつづけて(人物編)』阪急コミュニケーションズ、2014年4月1日。ISBN 978-4-484-14601-0