千厩町

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千厩町
廃止日 2005年9月20日
廃止理由 新設合併
千厩町、一関市、花泉町大東町東山町川崎村室根村一関市
現在の自治体 一関市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 岩手県
東磐井郡
団体コード 03423-1
面積 89.84km².
総人口 12,969
推計人口、2005年9月1日)
隣接自治体 岩手県:
一関市
宮城県
登米市気仙沼市
町の木 あかまつ
町の花 やまゆり
町の鳥 うぐいす
千厩町役場
所在地 029-0803
岩手県東磐井郡千厩町千厩字北方174
千厩町の県内位置図
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千厩町(せんまやちょう)は、平成17年(2005年)まで岩手県東磐井郡にあった町。現在の一関市のうち千厩町を冠する各大字にあたる。

歴史[編集]

地名の由来[編集]

この地に奥州藤原氏が千棟の厩舎を建てたことから、千厩の地名が生まれたという言い伝えがある。

沿革[編集]

行政[編集]

  • 最後の町長:菊地宏雄(きくち ひろお・2000年3月25日就任)
  • 歴代村長
氏名 就任 退任 備考
1 白石隆之助 明治22年(1889年)5月22日 明治29年(1896年)4月9日
2 白石猛祐 明治29年(1896年)11月24日 明治31年(1898年)3月31日
  • 歴代町長
昭和の合併以前
氏名 就任 退任 備考
1 白石猛祐 明治31年(1898年)4月1日 明治33年(1900年)8月10日 村長より留任
2 村井儀七郎 明治33年(1900年)8月13日 明治33年(1900年)10月29日
3 千菅志満治 明治33年(1900年)10月30日 明治35年(1902年)7月10日
4 下村由之 明治35年(1902年)7月11日 明治37年(1904年)4月11日
5 千葉需 明治37年(1904年)4月12日 明治38年(1905年)6月12日
6 伊東健之助 明治38年(1905年)6月13日 明治38年(1905年)8月3日
7 白石隆之進 明治38年(1905年)8月4日 明治39年(1906年)4月4日
8 村井儀七郎 明治39年(1906年)7月31日 明治43年(1910年)6月10日 再任
9 高橋之善 明治43年(1910年)8月25日 大正3年(1914年)8月24日
10 千葉需 大正3年(1914年)12月4日 大正9年(1920年)12月5日 再任
11 三浦忻郎 大正10年(1921年)11月16日 大正12年(1923年)12月18日
12 加藤久松 大正12年(1923年)5月19日 大正14年(1925年)2月10日
13 千葉需 大正14年(1925年)4月5日 昭和5年(1930年)1月27日 三任
14 千葉小平太 昭和5年(1930年)10月13日 昭和10年(1935年)8月31日
15 中沢賢吉 昭和10年(1935年)10月25日 昭和17年(1942年)7月9日
16 西村恒春 昭和17年(1942年)8月8日 昭和21年(1946年)11月16日
17 熊谷儀兵衛 昭和22年(1947年)4月5日 昭和26年(1951年)4月4日
18 熊谷軍平 昭和26年(1951年)4月23日 昭和30年(1955年)4月22日
19 西村恒春 昭和30年(1955年)5月1日 昭和31年(1956年)9月29日 再任
昭和の合併以後

初代 - 西村恒春

防災機能[編集]

  • 東磐井地域の水害時に独立して都市機能を維持するところから、総合避難場所としての機能を持っていた。

経済[編集]

第一次産業[編集]

第二次産業[編集]

その他「上山製紙」、「日ピス岩手」などの製造業者も存在。

第三次産業[編集]

  • ショッピングモールS☆PIA
  • MAIYA千厩店
  • フードパワーセンターバリュー千厩
  • KANBUNストア など

教育[編集]

  • 小学校
    • 一関市立磐清水小学校
    • 一関市立奥玉小学校
    • 一関市立清田小学校
    • 一関市立小梨小学校
    • 一関市立千厩小学校
  • 中学校
    • 一関市立千厩中学校
  • 高等学校

交通[編集]

鉄道[編集]

路線バス[編集]

道路[編集]

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

姉妹都市[編集]

著名な出身者[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]