十条

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十条(じゅうじょう)は、東京都北区にある地名であり、上十条・中十条・十条仲原・東十条・十条台などの町域の総称である。

[編集] 歴史

1448年文安5年)の熊野領豊嶋年貢目録に初見される。由来は新編武蔵風土記による豊島清元が熊野権現を勧請した際紀州の十条峠に因んでつけたとする説と、新修北区史による古代の条里制に基づくという説がある。

王子方面から岩淵を経て埼玉へ抜ける岩槻街道(日光御成道や鎌倉街道とも呼ばれる。現在の都道460号線)が通り、元々はこの街道を中心に集落が広がっていた。

南から、街道沿いにある地福寺は「十條村のお地蔵様」と昔から信仰を集めた。毎年7月1日冨士山の山開きの日には富士神社(十条富士塚)では大きな縁日(通称「お富士さん」)が催される。

西音寺も古い由緒の寺で門前には「武州豊嶋郡十條村」と記された1748年宝きょう印塔が残っている。

八雲神社から環七通りを渡り清水坂を経て、街道は赤羽へと続く。

環七通りと特例都道455号線が交わる姥が橋交差点脇には姥が橋延命地蔵尊があり、供養碑には1724年の建立銘が見られる。ここでは毎年8月24日縁日が催されている。また十条仲原2丁目の日枝神社1689年創建)には1667年建立の青面金剛尊の庚申塔があり、1976年(昭和51年)に塔の建立300年を記念して十条仲原庚申講が復活している。

[編集] 地理

「十条」は地域名であり、実際は直径約2kmの範囲内に存在する地名、上十条・十条仲原・中十条・十条台・東十条より構成される。 このうち東十条は、京浜東北線の東側に寄り添うように位置し、他の十条地域と比べて標高が急激に低くなる。そのため東十条と他の十条地域の往来は、急勾配の坂(馬坂・地蔵坂など)を上り下りしなければならない。

埼京線十条駅付近には十条銀座商店街、京浜東北線東十条駅付近には東十条商店街が続いている。他にも数多くの商店街が賑わいをみせるエリアで、商店街の総数は11、都内最大級といえる。

地域柄は比較的新興の下町風。元々関東大震災の後に都心の下町などから移って来た人達が多かった。十条台周辺は陸軍造兵工場があった。米軍側が後に造兵工場の占領。その後の返還後十条駐屯地や公園や学校、福祉施設が建設された。また一部に造兵工場の名残がある。その他周辺は比較的戦災の被害が少なかったので狭い路地や入り組んだ道が多く、災害危険度は高い。商店街が幅を利かせているため、物価が安くアパートも多い。規模の小さいスーパーマーケットは見受けられるが、ショッピングセンターの類は存在せず、たいていの買い物は商店街で足りてしまう便利さがある。

交通の面ではJR埼京線十条駅とJR京浜東北線東十条駅が中心となるが、赤羽や王子に歩いた方が近い地域もある。また都営地下鉄三田線板橋本町駅東京地下鉄南北線王子神谷駅へも歩いていける地域もあり、十条の範囲の広さと利便性がうかがえる。

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