医療崩壊
医療崩壊(いりょうほうかい)とは、医療安全に対する過度な社会的要求や医療費抑制政策などを背景とした、医師の士気の低下、病院経営の悪化などにより、安定的・継続的な医療提供体制が成り立たなくなる事態を指す語である[1]。
目次 |
日本における医療崩壊
背景と概説
医療政策・医療行政上の問題
日本では、1990年代後半から医療政策・医療行政に対する疑念が医療従事者のあいだで生まれ始めた[2]。具体的には、1980年中葉以降の医師数抑制政策、医療費抑制政策により、医師不足に陥った病院勤務医が、医療費抑制政策を背景とした病院経営悪化のために過酷な労働を強いられるようになっていたのである(2006年の時点で全国の7割以上の病院が赤字である)[3]。医療費の対GDP比は、先進国のなかで最も高齢者比率の高い日本が最も低い医療費(対GDP比)となっており[4]、医師数も、人口1,000人当たりでみると、OECD諸国の平均が3.1人であるのに対して、日本は約2人にとどまっており、絶対数では14万人も不足している[5]。
元財務官僚の村上正泰によれば、「医療崩壊」の最大の原因はこれまでの医療費抑制政策であり、「これまでの医療政策というものは、医療費削減をすべてに優先させてきた悪しき財政再建至上主義の上に成り立ってきた」と指摘している[6]。
医療安全に対する過度の社会的要求
さらに、2002年前後から、医療事故が警察の捜査の対象とされ、善意の看護師や医師が犯罪の被疑者として扱われるケースが多くなり、さらに、マスメディアの報道もあいまって医療不信が増大し、医療安全に対する社会的要求が過度な高まりを見せた[7]。こうした社会的状況のなかで、現場の医師(勤務医)の間で「立ち去り型サボタージュ」と呼ばれる動きが見られるようになった。
「立ち去り型サボタージュ」なる言葉を生み出したのは、虎ノ門病院泌尿器科部長であった小松秀樹である。小松は、2004年に『慈恵医大青戸病院事件 医療の構造と実践的倫理』(2004年)を著し、医療の不確実性を等閑視したメディア、警察、検察の一方的な姿勢が、患者と医師の対立を増幅させ、やがては日本の医療を崩壊させることになると論じた。
普通の医師まで警察とマスコミを恐れるようになっている。あいまいな理由により犯罪者にされかねないと思いはじめている。これが医師の診療行動に影を落とし始めている。医師と患者の信頼関係も崩れてきた。医師は危険を伴う治療方法をとりたがらなくなりつつある。このままでは、将来、外科医を志す人材がいなくなる事態も到来しかねない。医療における罪の明確な定義なしに、医師に刑事罰を科すと医療を壊すことになりかねない。[8]
同書は世間の注目を浴びることはなかったが、「社会の枢要の立場」[9]にある人びとの目にとまり、2005年に最高検察庁で講演することになった。そして、その際に提出した意見書をもとに、小松は『医療崩壊――立ち去り型サボタージュ」とは何か』(2006年)を著し、日本の医療体制が直面する状況、なかんずく刑法にもとづく警察と世論を背景としたマスコミがいかに医師を追い詰めるかに警鐘をならし、同書によって、「医療崩壊」なる語が広く世に問われることになった。
小松は、医師がリスクの大きい病院の勤務医を辞めてより負担の少ない病院へ移ることや開業医になることを「立ち去り型サボタージュ」と呼ぶ。小松が指摘したように、元々医療訴訟率が高くその賠償額も高額であった産婦人科は担当医の減少が著しく、将来の担い手である医学生たちも産科医になることを忌避する者が多く崩壊が進行している状況にある。さらには、小児科、内科、外科などの高度医療も同様の状況に至っている。
ただし、日本の医療レベルは、世界保健機構(WHO)による各種指数にみられるように、長年、世界一位の座を占めてきた。たとえば、同機関によるWorld Health Report(2000年)では、日本は、健康寿命が第1位、平等性が第3位で「健康達成度」の総合評価は世界一となっている[10]。さらに、2009年のOECDのHealth Dataでも、依然として総合で一位を維持している[11]。
医療崩壊の社会問題化
こうした制度上の「ひずみ」が具体的な社会問題となって現れたのが、2007年頃からのいわゆる救急搬送の「たらい回し」の事例の増加である[12]。ただし、マスメディアによる「たらい回し」という表現は、あまりにセンセーショナルで実態を正確に捉えたものではなく[13]、実際には、救急車は止まったままで、各病院に照会をかけており、照会件数の多い場合をマスメディアは「たらい回し」と呼んでいたのである[14]。しかも、受け入れ先が見つからない原因としては、「処置中」「医師不在」「ベッドがない」「専門外」「専門医がいない」などが多く、「医療安全」の問題のほか、医療政策・医療行政上の問題を背景にしたものであった[15]。
また、高度医療化に伴い高価格の医療機器導入の負担や、新病院建設にかかった債務、度重なる医療制度改革による診療報酬減少に伴う医療収入減少等により、病院の経営危機、倒産、自主廃業に追い込まれるケースもみられるようになった。病院の閉鎖には、経営上の問題のほか、医師不足の問題とも密な関係にある。たとえば、後述の初期臨床研修義務化を引き金に、地域の病院に医師を派遣してきた大学医局が主導するかたちで、医療安全や勤務医の負担軽減を理由に、一つの科を一人で診ている病院から医師を引き上げ集約化を行い医師不足に対応するケースが増えている[16]。しかし病院の集約化を行っても、必ずしも予定通りに医師が集まらなかったり医師の退職が相次ぐなどして[17]、その地域の医療提供が成り立たなくなり、地域や科によっては身近なところに診療できる医院・病院が無くなるという事態にまで至っている[18]。
このなかでは、地域住民からの誹謗中傷やマスメディアの報道による心労により医師が退職に追い込まれ地域医療が崩壊した事例もみられた[19]。内科医、麻酔科医など特定の専門科の負担も大きく集団退職するケースも増えており[20]、廃院の転帰を取る場合が散見されるようになっている。
こうした社会現象を背景に、マスメディアの報道も、医療従事者・病院を一方的に非難する論調に変化が見られるようになった。
医療政策・医療行政上の問題と対応
医療費抑制政策
1980年代半ばからの医療費抑制政策は、医療崩壊が現実味を帯びた2000年代に入っても変わることなく、とりわけ、小泉政権下では、社会保障費の自然増分が5年間で約1.1兆円削減された。この間は、診療報酬もマイナス改定が続き、2006年度には「郵政選挙」での圧勝を背景に-3.16%という史上最大のマイナス改定となった[21]。小泉政権以後も抑制政策は継続されたが、2009年の民主党への政権交代によって抑制政策からの転換が起き、2010年度の診療報酬改定は、わずか+0.19%とはいえ、10年ぶりのプラス改定となり、具体的な配分を決定する中医協では、急性期病院の勤務医の負担軽減と経営改善のために、財源の大半を入院診療に充てることが決定された。
しかし技術料を低く抑え、薬価差益により支えられていた医療は、厚生労働省・財務省・マスコミの思い込みにより薬価差益を失ったままであり、多くの手技は経済的になりたたないまま放置されているため、外科系の医師はその経済状況のため、年々減り続けている。[22]
医師不足
詳細は「医師不足」を参照
医師数抑制政策の始まりは、第二次臨時行政調査会が1982年7月にまとめた「行政改革に関する第3次答申―基本答申」にある[23]。同答申「社会保障」の「医療費適正化と医療保険制度の合理化等」の項の「医療供給の合理化」の2番目で「医師については過剰を招かないよう合理的な医師養成計画を樹立する」と提言されたのである。この背景には、医師数過剰による医療費増大の懸念があった。答申を受けて、政府は同年9月の閣議で医師・歯科医師の養成計画について検討することが決定され、1984年以降、医学部の定員が最大時に比べて7%減らされることになった。
やがて、医師不足が社会問題化されるようになるが、厚労省は医師偏在説をとり絶対数の不足を認めることはなかった。しかし、2008年6月、舛添要一厚労相のもと「安心と希望の医療確保ビジョン」が打ち出され、「医学部定員削減」閣議決定の見直しとともに、医師養成数の増加へと政策転換がなされることになった。
それでも、医師養成には少なくとも10年かかるため、勤務医の労働環境は改善されるには至っておらず、労働災害としての過労死を医師にも適応させる事例も見られるようになっている[24]。さらに医師が集団辞職する事例なども、それは「病院が労働基準法に違反した過大な要求を行うからだ」と医療崩壊の文脈でとらえられるようになっている[25]。
初期臨床研修義務化
従来、医師国家試験に合格した医師は、大学医局に所属することが多かった。そして、医局は集まった医師を教育し系列の地方の基幹病院に派遣し、こうして派遣された医師が往々にして地域医療を支えていたのが以前の状況であった。ところが、 2004年度からの初期臨床研修義務化に伴い市中の総合病院においても初期研修ができるようになり、加えて教育システムに一日の長のある病院は都市部に集中していた。結果として地方では初期研修の志望者が激減し、医局に新規に所属する医師も減少した。
大学は大学病院・大学で診療や研究に従事する医師が減少したため、系列の地方の病院に派遣していた医師を引き上げざるを得なくなった。全国的に引き上げざるを得なくなったために、地方の基幹病院では医師が足りなくなり、集約化が進むことになり、病院によっては特定の診療科を閉鎖せざるを得なくなった。以上のことから、「医療崩壊は、初期臨床研修制度が引き鉄となった」とする意見もある[26]。
また、それまでの医学生は自身の専門となる診療科を決める際、実際の医療現場を見ることはほとんどないため、興味や憧れ、使命感に燃えて診療科を選択していた。初期臨床研修義務化に伴い、医師として決められた期間に決められた様々な診療科の現場に入るようになった。そして、そこで現実を直視することで、過重労働がみられる診療科や訴訟リスクの高い診療科、QOMLの低い診療科を避ける傾向が見られるようになってきている。
当制度は現場医師や学生からの反対がみられたにもかかわらず[27]、行政主導によって開始されたものである。米国ではある程度効果をあげた制度であるが、指導医が多忙である日本において、その待遇の改善なく当制度を開始したためにこのような新たな問題が浮上している。
女性の職場復帰支援体制の不備
女性の社会進出が著しく、医師の世界にも多くの優秀な女性が働くようになった[4]。しかしながら結婚、出産、育児に際し、医療現場で働くこととの両立が困難になり、医療現場から去らざるを得ない現状がある。このことも医療現場で医師が不足する一因であると言われている[28]。また一度医療現場から離れてしまうと復職が困難であることも一因であると言われている[29]。パート制や当直無しなど、女性にとって働きやすい勤務制度をとる医療機関も出てきているがまだまだ少数であり、更なる対策が求められている。
医療安全への過度な要求と医師-患者の対立構造の深化
近年、医師の犯罪や患者の過大要求等、複数の要因から医療不信が増大するようになった。そのため「QOLの向上」などの新しい課題にも取り組む努力なども行われたが、医療不信は払拭されていない。医療民事訴訟も漸増し、医師側にも強い不信や不満を持つものが増え始め、リスクの高い職場から離れたり、判例に基づいた医療を行うといった動きもみられるようになっている。
捜査・司法機関による刑事立件・訴訟
一部の医師・医療機関の犯罪や医療過誤が、マスメディアに大きく取り上げられることで医療不信を呼ぶとともに、他方で、堀病院強制捜査や大淀町立大淀病院事件、杏林大病院割りばし死事件、福島県立大野病院産科医逮捕事件など、多くの医療従事者にとっては、遺族側が家族を失ったやり場のない怒りと悲しみを、医師などへの責任転嫁によって紛らわしたいだけで、医療過誤・犯罪と思えないこと[30]が、マスコミ等で医療過誤である・犯罪であると騒がれ、さらには刑事事件化されるようになってきたことも医療崩壊の一因だと指摘されている[31]。実際に、福島県立大野病院産科医逮捕事件は、2008年8月に無罪が確定しており、大野病院事件について日本外科学会は哀悼の意を表すとともに次のような声明を発表している。
この地区の病院唯一の産婦人科医として誠心誠意診療に当たっていた医師に対して、調査委員会が報告書を作成し、県としての処分も終えているにもかかわらず、「逃亡のおそれ」「証拠隠滅のおそれ」を理由として逮捕勾留し、より良い医療を行おうとする医師の善意と患者のための自由な医療を踏みにじる検察当局に抗議の意を表します。このことがひいてはリスクの多い外科系臨床科に属する医師の減少をもたらし、また患者のための真の医療から自己防御のための医療へと変化させ、また全国への公平な地域医療の分配をも不可能にさせて、日本の医療の荒廃をもたらしかねない事に我々は警告を発したいと考えます。[32]
医師個人を刑法で裁くことは他の先進諸国ではみられない。原因の究明とともに萎縮医療を防ぐためである。小松によれば、医療を含む自然科学分野における合理性は、グローバルなレベルで自律的に発展し分野毎に帰納的に形成されているのに対して(帰納法)、政治や法、道徳などにおけるローカルな合理性は規範的かつ演繹的に形成されるものであり、両者が異なるシステムで動いているにもかかわらず、グローバルな医療世界に日本の国内司法を持ち込もうとすることが医療問題解決の障害になっていると指摘している[33]。さらに小松は、医療者の自浄作用を伴う自律性を確立した上で、「医療臨調」のような国民的会議を組織し、医療とはどうあるものなのか合意を形成し、具体的方策を立て患者と医療側の「相互不信」解消を図るべきだと提案している[34]。
医療民事訴訟
不幸な転帰をたどった症例において、遺族側が病院や担当医師に結果責任を要求する医療訴訟も1990年代後半から顕著な増加がみられたが、2005年からは減少傾向に転じている[35]。
医療訴訟のなかには医学的に間違った医療行為を行ったものも、必ずしも間違いとは言えない医療行為を行ったものもある。たとえば、主に公立病院にて医学的考察がなされぬままに事務方が患者側に謝罪を行ったことにより、「病院の側に落ち度があったと認識していた」と判断され、刑事事件に発展したり(福島県立大野病院産科医逮捕事件のケース)、理論的な公判維持が困難となり不利な和解条件をのまざるを得なかったりするケースもある。
また、民事裁判は必然的に二当事者対立構造を取ることになるため、双方とも自分が正しいという前提に立ち、相手の訴訟のやり方を卑劣だとして徹底的に憎むようになり、訴訟が長引けば長引くほど憎しみが増していく。相互理解を求めていた患者側もまた、この対立の増幅構造に巻き込まれることによって、たとえ勝訴したとしても真の解決を手にすることはできない。こうしたことから、医療従事者、患者ともに民事裁判を回避しようとする動きがみられるようになっている。具体的には、裁判外紛争解決手段(ADR)が注目を集めており、真相究明を目指す患者の権利実現とともに、当事者同士の相互理解を促す場として期待されている[36]。
患者・市民団体の動き
患者のモラルの低下
深夜の救急医療の場に「昼は仕事をしているので、今すぐ専門医に診てもらいたい」「3ヶ月前からおなかが痛い」「普段通院でもらっている薬が欲しい」「眠れない」「さみしい」など、救命救急の場にはそぐわない患者が多数来院するケースが目立っている。これらの受診形式はコンビニ受診と呼ばれる。加えて、救急車を安易に呼びタクシー代わりに利用するケースや、不必要な搬送要請を何度も行い常連化するケースが目立ってきている。そのため必要な救急搬送が困難になるケースが出ている[37]。
またモンスターペイシェント、飛び込み出産の問題もあり、医師や医療従事者を疲弊させている[38]。
対立構造からの脱却
他方で、医師-患者の対立構造から脱却し、兵庫県の県立柏原病院の小児科を守る会のように、症状を見極めて病院を利用するよう住民に呼び掛ける活動によって救急利用者は半減させ、他府県から小児科医が転勤を希望、小児科が存続されるなど、「地域が医師や病院を守る」との姿勢を見せ一定の成果を上げているケースも見られるようになっている[39]。
他国に於ける医療崩壊
アメリカ
アメリカでは国による国民健康保険が存在しない[40]代わりに、民間医療保険が発達しており受けられる医療は医療保険の種類により決定される。このため高額な保険金を払える高所得者は無条件に最高の医療を受けることができるが、低所得者は病院・医者を選ぶことはできず指定されたところで治療を受けることになる[41]。 メディケア(老齢者用公的保険制度)、メディケイド(低所得者用公的保険制度)も存在するが、必要コストを割り込む設定をしている治療手技も存在するなど、医療給付の制限は非常に厳しい。
加えて高額医療訴訟が多発している背景もあって、医師損害賠償保険の保険料が年収を超えるケースが見られ医師が医療から撤退するケースも散見される。宗教右派の過激派によって妊娠中絶を行う医師の暗殺、病院を爆破するテロなども起きることもあり、病院が無くなることもある。出産難民は特に深刻で、フロリダ州(面積にして、日本の約3分の1)では州全体で産科医がほぼ皆無という状況となっている。
このように、低所得者が病気になったとき、治療にかかる負担は非常に重い。アメリカの個人破産の27%が、医療費負担に耐えられなくなったことによるものである[42]。
イギリス
マーガレット・サッチャー政権は福祉国家の解体を掲げ、医療費抑制政策を採った。結果、病院は完全無料の公立病院か、有料の民間病院の二つとなった。
イギリスの医療の仕組みは、NHS (National Health Service) に登録し、GP (General Practitioner) [43]を選択する。病気になった際には選択したGPに相談を行い、もしも専門の治療が必要ならば専門の医師がいる病院に紹介される[44]。 また非常に医療費が少ないため、治療に必要な資金が慢性的に不足しており、また医療者の給与は少なく士気は低下しており患者の対応までに時間がかかったり[45]、また安価で短時間で治療が終了するような治療[46]になりがちな傾向がある。
専門医に受診したり検査や手術を受けるのに、長期間待たねばならない状況になった[5]。骨折した患者が何の処置も施されず、順番が来るまで何時間も病院の待合室に放置された事例も存在する[要出典]。
一方、有料の民間病院では手厚い処置が約束され、このような手間もなく診療を受けることができる。しかし、患者が病院に支払う医療費は高額になるため、低所得者はその恩恵にあずかることは出来ない。
医療従事者の士気の低下に伴い、同じ英語圏の言葉の問題がほぼ無いアメリカやカナダ・オーストラリア・シンガポールなどに医師や看護師が流出する事態が発生。後にトニー・ブレア政権になって医療費の総額を1.5倍にするという大改革を決行したが、このてこ入れも中々成果が現れていない[6]。
ニュージーランド
小泉純一郎内閣での聖域なき構造改革の手本としてよく引き合いに出されているニュージーランドも公的医療費予算の抑制・削減が行われ、公立病院には独立採算[47]を求められた。そのため、公立病院の医療サービスは悪化(男女同室入院等)し、地域住民の健康を守るという目的から利益を上げるための組織に変化した。その中で、利益の上げられない公立病院は廃止され、地方の公立病院はほとんど閉鎖され、公立病院は大都市にあるだけになった。
代わりに自由診療で行う民間の株式会社病院が多数開設されるようになった。
フィリピン
国内で働く医師より海外で働く看護師の方が給与が高いため、医師が看護師資格を取り海外に看護師として流出している。フィリピンは元々、国家財政の1割近くが、海外出稼ぎ労働者からの送金でまかなわれているほどの労働者輸出大国だが、看護師に関してもこの傾向は強く出ている[7]。 そのため国内で医療に携わる医師が不足した[48]。
インド
インド人医師は欧米の一流大学で教育を受け技術を習得しているものも多くいる。また、英語が通じる点・物価の安さも手伝い、欧米の患者が臓器移植や骨髄移植など高額の高度先端医療をインドで受けるツアーすら存在する。
しかし、インドの貧富の格差は拡大を続け、貧しい一般市民はそのような高度な先端医療を受けることはできず、未だコレラや赤痢などの感染症が流行し、亡くなる人々が絶えない。
脚注
- ^ 小松(2006)
- ^ 本田(2007: 213-4)
- ^ 本田(2007: 22)
- ^ 本田(2007: 35)
- ^ 本田(2007: 44-6)
- ^ 村上(2009: 197-8)
- ^ 小松(2006: 4)
- ^ 小松(2004)
- ^ 小松(2006: iv)
- ^ 本田(2007: 178)
- ^ 嘉山(2009)
- ^ 19病院に断られ…たらい回し自宅出産、30病院"たらい回し"救急搬送の実態視察 富田林
- ^ 受け入れることが不可能で断ったにもかかわらず、「たらい回し」という語句を使うことに批判的な者もいる。[1][2][3]
- ^ 村上(2009: 22)
- ^ 村上(2009: 24-5)
- ^ 成功例として、山形県の日本海総合病院(「明日のカルテ:第1部・医師不足解消への道/3 病院統合、渋る自治体」『毎日新聞』2010年8月4日)。また、先駆的な事例として山形県の公立置賜総合病院が挙げられる(「医変 大胆な「機能再編」が奏功」『山陰中央新報』2007年6月23日)。
- ^ 「登米市立病院 独法へ」『読売新聞』2010年9月4日、
- ^ 「医師確保対策を求める意見書」岩手県奥州市議会(平成18年6月29日)
- ^ 「三千万なら大学病院の助教授が来る。報酬高すぎ」尾鷲市で産婦人科医消滅の危機 …実は中傷が原因…三重・尾鷲
- ^ 「ICUの医師集団で退職/国立循環器病センター」『四国新聞』2007年3月1日、「舞鶴市民病院の医師大量辞職」『日経メディカル』2004年3月号
- ^ 村上(2009: 134)
- ^ http://bizboard.nikkeibp.co.jp/kijiken/summary/20090417/NM0497H_1435765a.html
- ^ 二木(2009: 166)
- ^ 「中原利郎氏損害賠償訴訟(小児科医過労死事件)に関する声明」 全国医師ユニオン運営委員会(2010年7月20日)
- ^ 「直談判―願い届かず一斉辞職」『西日本新聞』2003年1月10日
- ^ 村上(2009: 58-61)
- ^ 「日本の医師の卒後研修を改善するための民医連の提案―私たちは医師数の削減・医療費の抑制を目的とした卒後研修義務化・保険医インタ-ン制に反対します」 全日本民主医療機関連合会、1998年3月。
- ^ 「巻頭言 日本女医会が取り組む絶好の機会」『日本女医会誌』189
- ^ 持っている医療知識・技術が古く、医療現場では通用しないことがあり、復帰のための研修制度が未整備であるため(「巻頭言 日本女医会が取り組む絶好の機会」『日本女医会誌』189)
- ^ 例えば、割り箸死事件については、「「割りばし事件」に対する報道はペンの暴力」『日経メディカルオンライン』2009年6月18日
- ^ 小松(2004, 2006)
- ^ 「日本外科学会声明(福島県立大野病院の医師逮捕・起訴の件)」2006年12月19日
- ^ 小松(2006:73-95)
- ^ 小松(2006: 279-80)
- ^ 「医療訴訟件数 05年に初めて減少、全国で999件」 Online Medニュース(2006年8月20日)
- ^ 小松(2006: 255-8)、村上(2009: 46-7)
- ^ 「増える救急車出動/有料化は必要か」『四国新聞』2005年7月17日
- ^ 「いのち見つめて地域医療の未来:第6部 医療と向き合う29 委縮する現場―一部患者が医療浪費」『日本海新聞』2007年11月18日記事、2009年3月17日閲覧
- ^ ほかに、平井・秋山(2007)
- ^ ビル・クリントン政権時代に国民健康保険制度の創設を目指したものの、保険会社や製薬会社・中小企業などによる大規模な反対活動にあい結局廃案に追い込まれた。
- ^ 治療内容についても制限があり、その制限により救命できないこともある。
- ^ “サブプライム化する米国の医療 『米国医療崩壊の構図』― ジャック・モーガンを殺したのは誰か?”. 日経ビジネスオンライン. 2009年1月9日閲覧。
- ^ ホームドクター
- ^ 在外公館医務官情報 英国、国営医療制度NHS 住むためのイギリス(英国)情報
- ^ 医療制度研究会「医の倫理と医療事故防止対策」
- ^ 虫歯で全例抜歯など
- ^ 独立行政法人に近い運用形態。
- ^ 日本とフィリピンで自由貿易協定を締結する際にも、この問題が議題に挙がりフィリピンのみならず日本の看護師会からも異論が相次いだ。
参考文献
- 平山愛山・秋山美紀(2007)『地域医療を守れ――「わかしおネットワーク」からの提案』岩波書店
- 本田宏(2007)『誰が日本の医療を殺すのか―「医療崩壊」の知られざる真実』洋泉社
- 嘉山孝正(2009)「大学病院はもう限界 医療の最後の砦の現状」『MRIC』404
- Kellermann, AL. Crisis in the Emergency Department. NEJM. 355:1300-1303; September 28, 2006.
- 小松秀樹(2004)『慈恵医大青戸病院事件―医療の構造と実践的倫理』日本経済評論社
- 小松秀樹(2006)『医療崩壊-立ち去り型サボタージュ」とは何か』朝日新聞社
- 近藤克則(2004)『「医療費抑制の時代」を超えて イギリスの医療・福祉改革』医学書院
- 村上正泰(2009)『医療崩壊の真犯人』PHP研究所
- 二木立(2009)『医療改革と財源選択』勁草書房
関連項目
外部リンク
- 医療経済実態調査(医療機関等調査) - 厚生労働省
- 医師の需給に関する検討会 - 厚生労働省
- Health Data - OECD