医療不信
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医療不信(いりょうふしん)とは、医療行為や医療従事者、医療施設など、医療の一部もしくは全般に対する不信感のこと。
あくまでも感じる側が抱く「思い」「イメージ」が主体の用語であり、不信の対象となる医療が実際に信用に足りるか否かとは必ずしも関係がない。
目次 |
[編集] 成因
医療に対する不信が形成される要因は複数存在し、多くの場合はそれらの要因が複合的に作用して医療不信が成立する。主な要因としては下記のようなものがある。
[編集] 医療者・医療業界側の要因
[編集] 医師個人の要因
医師個人の実力不足、知識不足、経験不足、コミュニケーション能力の不足、などが挙げられる。 近年の情報化社会によって患者個々人の情報検索能力、技術の向上が、以前であれば発覚しなかったであろう事象をも気づかせてしまうようになっている。 また受診や入院時における受け答えや、そのときに起きた事象への医療者側の対処の仕方などによっても生じる。 また医療従事者の患者に対する不誠実な態度や低レベルと感じさせる医療内容、あるいは医療過誤を受けた患者らの医療不信を著しく増強する。また、重大な医療過誤・医療事故や医療従事者の犯罪は、報道を通して医療全体の信頼性が損なわれる大きな要因となる。
[編集] 医療者を取り巻く環境の要因
過酷な条件下で労働を強いられている医師は少なくない。悲惨な労働条件は当然通常持っている医師個人の能力やモチベーションを削り取り、集中力、判断力、記憶力などの低下を招き、医療事故などの発生源となる。また医療者として感情的な憤懣を高め、患者とのコミュニケーションの質を悪化させる。
また、医療業界はサービス業であるという意識に乏しく、その怠慢から事務的機能の改善を怠り、不必要な待ち時間を発生させても平気である事が多い。近年通常のビジネス業界では「顧客待ち時間短縮」のための様々な技術や方略が編み出され施行されてはいるが、医療期間においてそれらを利用して積極的にサービス機能を向上させようとしているところは少ない。ほとんどの医療者が「待ち時間は患者が多いせい」つまり「我々のせいではない」としているが、実際の診察開始時間とあらかじめ伝える予約時間のフィッティング精度を上げるという、現代社会の情報工学では容易いことを行いさえすれば待ち時間は減る。
[編集] 医療業界の要因
「医師が、他の医師の医療行為等を告発する」という事象が極めて少ない。病院の同僚や上司、地域の同科の医師などが犯罪等に手を染めている可能性を疑ったとしても、それらを医師(ないし医師会)として自発的、積極的に告発し取り締まることが少ない。自浄作用がない未必の故意に満ちた業界である。 それらの隠ぺい体質が、必然的にマスメディアやルポライターなど医師以外の職種からの告発を増やし、少しずつ業界の改善・改変が進んでいる。 しかし医師の中には「専門家でないものが医師を告発する事」に対して強烈な嫌悪感を持つものがおり、数少ないいくつかのえん罪事件のみをピックアップして問題として騒ぎ立て、実際医療者だけでは隠ぺいされていた明らかな犯罪行為をマスメディアの報道が改善した事からは目をそむけている。 端的にいえば、極めて忙しい医師が合併症に気づかず訴えられた時には仲間のために嘆願書を書くが、メスを体内に置き忘れたが隠ぺい目的でカルテ改ざんしコメディカルに口止めする医師に対して、医療への信頼性を下げ止る為に彼の医師免許をはく奪してくださいと嘆願書は書かない。
[編集] 医療教育の要因
医療教育は各診療科における医師配分のバランスが取れるように教育する事に失敗した。その事により専門とする診療科に偏りが発生し、ますます「行きたい科、行きたくない科」のような偏ったムードが漂うようになった。 そのような偏りが改善されない事や改善に力を発揮できない事が、すなわち医療業界全体に対する不信を抱かせる要因となっている。
[編集] 医療者・医療業界以外の要因
[編集] 患者個人の要因
日本は保健の仕組み上、地域や賃金格差を問わず均質な医療が受けられる事になっている。 しかし、実質上は医師個々人の知識・実力差には雲泥の差があり、メディアや伝聞等で見知った(ないしは勘違いした)治療とその良い結果を、自分の目の前の医療機関/医師も当然提供してくれると過度に期待し、勘違いする。それゆえ自分が思い描いた良好な結果にならなかったケースにおいて、不満を持つ事が多い。 特に人格障害、反抗挑戦性障害、行為障害等精神疾患様の症状を呈する患者に対して、医師がその診断とともに対応を誤ることが多く、相互不信のもととなっている。
また医療システムの不備に対する不満「(他の患者が多いために)待ち時間が長い」などを医療システムの最大権力者である医師の責として認識するので、これが医療不信の原因となる場合がある。 昨今インターネットの発達により各個人が容易に情報発信することが出来るようになったため、医療不信を持った者同士が医療バッシング的な情報発信を行う場合があるなど、既に成立している医療不信がさらなる医療不信の種となりうる。
[編集] マスコミの要因
医療不信の成立に報道機関が果たす役割は大きい。医療従事者の明らかな犯罪行為のみならず、合併症など医療従事者に責のない内容を「医療ミス」として報じる場合も散見される。「信用できる名医、凄腕の医師」など医療知識・技術・能力の格差を報道する事によって、目の前の医師と比べて疑ってしまうというようなポジティブバイアスをかける番組から、「信用できない医師・医療」のようなネガティブなバイアスをかける構成のバラエティ番組まで、いずれも読者や視聴者の医療不信を増強する。
2007年6月4日の日本経済新聞夕刊に、医療不信に関連した電話相談の件数と医療事故に関する報道件数に相関性があることが、医療に関する電話相談を受け付けているNPO法人の調べで分かったとの記事が掲載された。これは、事実犯罪であれ、冤罪であれそのような報道が増えるという事が医療不信に関係するということを意味する。
[編集] 市民団体の要因
医療過誤や合併症による不幸な経験をした患者(遺族)や、そうした問題に取り組む有識者らが、市民団体などを結成して情報発信を始めることがある。このような団体は報道機関との親和性も高く、患者の救済には大きな助けとなり、医療従事者とも連携して医療制度改革への提言を行ったり、医療現場の改善に取り組んでいる。 反面、勢い余って医療機関などへの敵意を剥き出しにして、医療不信を助長するような団体もごく少数存在する。
[編集] 司法制度等の要因
海外では弁護士が医療訴訟を焚きつけているとしてAmbulance Chaser(救急車を追いかける者)と揶揄することがあるが、医療訴訟は一般的に損害賠償請求額が大きいことから弁護士の弁護費用も高額になりやすく、日本でも既に同じ現象が起きているとする指摘もある。[要出典](医療訴訟は時間がかかり、また一般的に難しい訴訟類型なので弁護士にとってうまみのある事件とはとうていいえない。)訴訟では医療機関と患者が対立関係になるため、医療訴訟の原告となった患者や遺族の感情面は悪化する。
[編集] その他の要因
[編集] 時代背景の変化
従来のパターナリズム(父権的)が崩壊している、すなわち教師、医師など『先生にお任せします』という上位-下位モデルが崩壊しているのだという説がある。当然これまでそれに基づいていた医師-患者関係も患者の知る権利、自己決定権に重きを置いた医療モデルへ変化する必要性を示す象徴的現象であるとする意見もあり、医療従事者への敵意や医療界全体への不信とならない程度のものであれば、患者が主体的な医療参加を始める切っ掛けとして作用する可能性がある。
[編集] 情報化社会と科学の進化
過去十数年で医師も患者もパソコンやインターネットに向き合うことで得られる情報量が飛躍的に増大した。また科学の進歩が医学の進歩を加速させ、従来の情報量とは比べのものならないほどの医学上のデータが存在することとなった。それらが医療従事者・患者双方の不信の種をも増大させている。
[編集] コミュニケーション能力の低下
ビジネス業界では現在のようなインターネット社会化が、個々人の対面コミュニケーション能力を低下させているという説があるが、医療者・患者双方においてそのような対面コミュニケーション能力の低下が起こっている可能性は否定できない。
医療者・患者双方が「自分さえよければいい」という安易な個人主義に基づいて相手に不信感を募らせる行為を行っても平気でいるモラルの低下を指摘する声もある。
[編集] 影響
医療不信は医療界の変革への圧力となりうる良い側面を持っている一方で、逆に良質な医療を阻む要因ともなり得るる。その例として、これまでもあった疑似科学、民間信仰等に基づいた偽医療を減らしきれない現状や、目の前にいる医師を信用できずに次々と違う医療機関にかかるドクターショッピングといった行動が挙げられる。
また、医療の主体が患者に移るモデルでは不信の強い患者と医師が良好な医師-患者関係を築くのは極めて困難で、結果として適切な医療を受けられない危険性があるが、それを患者の意思として尊重すべきか疑問の余地がある。患者一人当たりに要する時間・労力、クレーム、医療訴訟が増加することで医療現場が疲弊し、医療崩壊を招くことを懸念する意見もある。
医療への信頼を改善するためのアプローチとしては、インフォームド・コンセント、セカンド・オピニオン、カルテ開示、医療機能評価などといったものが提唱され普及しつつあるが、西洋的な概念であって日本の医療事情や患者の性状と必ずしもマッチしないなど、それぞれ内包する問題は少なくなく、医療不信解消のための決定打とはなっていない。
また近年、EBM(Evidence-Based Medicine)をもじったJBM(Judgement-Based Medicine)という言葉も生まれ、司法の判断が下った結果に対し、その正当性や患者サイドの利益を考える前に保身的な医療を行おうという傾向が現れて来ている。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 医療不信とその予防について-医療不信、医療事故、医療訴訟などについて
- マスコミ報道の在り方

