北青郡

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北青郡
位置
DPRK2006 Hamnam-Pukchong.PNG
各種表記
ハングル 북청군
漢字 北靑郡
発音 プクチョン=グン
ローマ字転写 Pukch'ŏng kun
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北青郡(プクチョンぐん)は、朝鮮民主主義人民共和国咸鏡南道に属する郡。

地理[編集]

郡域は日本海に面するが、郡の中心地である北青邑は内陸部に位置する。咸鏡山脈に抱かれた山がちな地形であり、徳城郡に源を発する南大川が南北に貫いて狭い平野を形成している。南大川は下流では新浦市との境界となり、日本海に注ぐ。

南に新浦市、西に洪原郡、北に徳城郡、東に利原郡と接する。

歴史[編集]

古くは高句麗渤海女真に属した。高麗が領域に収めたのち、の支配下に入り、三撒と呼ばれた。1356年に高麗によって安北千戸防禦所が設置されて北青州、ついで青州と呼ばれるようになった。

朝鮮王朝時代には咸鏡道に属した。1417年、青州を改めて北青と呼ばれるようになった。世宗代に都護府となり、李施愛の乱以後は府に昇格した。

1895年には北青郡となり、1896年以降は咸鏡南道に属した。当時は現在の新浦市徳城郡などの範囲を含んでいた。日本統治下でも若干の管轄区域の変更があったものの咸鏡南道に属した。

1945年8月15日時点では、北青・新浦・新昌の3邑と11面から構成されていた。北朝鮮成立後の1952年12月に行政区画の再編が行われた。これにより、郡の一部が新浦郡徳城郡・新昌郡などに分割され、北青面・佳会面・厚昌面の全域と、俗厚面・新北青面・徳城面の各一部が北青郡として構成された(1邑18里)。

1974年には海沿いの新昌郡の廃止に伴い、その一部を編入した。

文化・観光[編集]

  • 北青獅子ノルム(北青獅子戯)
タルチュムの一つで、獅子舞の一種。邪気払いのため旧暦1月15日に行われた。朝鮮戦争時に越南した住民の北青獅子ノルムは、大韓民国の無形文化財に指定されている。

交通[編集]

鉄道[編集]

平羅線(旧・咸鏡線)の新北青駅から北青線が分岐し、北青駅を経由して北に伸びている。

  • 平羅線
  • 北青線

出身者[編集]

  • 李東元 - 韓国の外相、1926年北青郡出身。

外部リンク[編集]