北海道夕張高等学校
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| 過去の名称 | 夕張高等家政女学校 夕張高等女学校 夕張市立高等学校 夕張東高等学校 夕張南高等学校 |
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 | 北海道 |
| 学区 | 北海道空知南 |
| 併合学校 | 北海道夕張北高等学校 |
| 校訓 | 研鑽・自主・礼儀 |
| 設立年月日 | 1936年 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科(2学級) |
| 所在地 | 〒068-0536 |
| 北海道夕張市南清水沢3丁目49番地 | |
| 電話番号 | 0123-59-7110 |
| 外部リンク | 公式サイト |
北海道夕張高等学校(ほっかいどうゆうばりこうとうがっこう、Hokkaido Yubari High School)は、北海道夕張市に所在する道立高等学校。
目次 |
[編集] 概要
1936年(昭和11年)夕張高等家政女学校として開校。幾多の変遷を辿り1951年(昭和26年)12月夕張南高校となる。その後1992年(平成4年)に生徒数減少に伴い旧制中学校を前身とする進学校として知られた夕張北高校と統合、夕張高校と改称された。嘗てと比して大幅に生徒数が減少し、2006年(平成18年)夕張市が財政再建団体となった事態も相まって閉校となる事が囁かれたが、下宿しなければ通学が不可能である生徒が発生する等の事情から現状では存続する方向で動いているようである。地理的な要因から地元の中学校からの進学者が多数を占める(清水沢中学校・千代田中学校・緑陽中学校)。なお1学年の定員が80名であるが生徒数は減少傾向にあり、毎年60名前後の在学となっている。
[編集] 沿革
- 1936年4月1日 夕張町立夕張高等家政女学校として創立される。
- 1940年4月1日 夕張町立高等女学校となる。
- 1941年4月1日 市制施行により、夕張市立高等女学校となる。
- 1948年4月1日 学制改革により、夕張市立高等学校となる。
- 1950年4月1日 男女共学となる。
- 1950年7月25日 夕張東高等学校となる。
- 1951年12月15日 北海道夕張南高等学校となる。
- 1952年4月20日 登川分校を設置する(1954年に道立へ移管)。
- 1953年4月12日 定時制真谷地分室を設置する(1955年に独立)。
- 1992年4月1日 北海道夕張北高等学校との統合により北海道夕張高等学校と改称する(普通科4学級)。校歌は夕張南高校より継承。
- 1994年3月31日 夕張南高校より引き継いだ商業科を閉科。
- 2006年 創立70周年記念式典を挙行する。
[編集] 交通
[編集] 学校名について
以下のとおり、時代によって別の学校が、夕張高や夕張東高を校名としていたので、注意が必要である。
[編集] 著名な卒業生
- 高秀秀信(元横浜市長、旧制夕張中卒)
- 坊屋三郎(喜劇俳優、旧制夕張中卒)
- 大橋純子(歌手、旧夕張北高卒)
- 藤倉肇(夕張市長、旧夕張北高卒)
- 後藤健二(前夕張市長、旧夕張北高卒)
- 垂木勉(ナレーター・声優、旧夕張北高卒)
- 福崎睦美(元女流棋士、旧夕張南高卒)

