北投温泉
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| 北投温泉 | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| 繁体字: | 北投溫泉 |
| 簡体字: | 北投温泉 |
| 拼音: | Běitóu Wēnquán |
| 注音符号: | ㄅㄟˇ ㄊㄡˊ ㄨㄣ ㄑㄩㄢˊ |
| 発音: | ベイトウ ウェンチュエン |
北投温泉(ほくとう-おんせん)は台北市北投区にある著名な温泉街で新北投温泉ともいう。
目次 |
[編集] アクセス
台北市中心部からMRT、またはバス。現在MRT新北投駅より陽明山方面へ行くロープウェイの建設計画がある。
[編集] 泉質
北投温泉は天然のラジウム泉として知られる。また硫黄の成分も多く、町には硫黄の臭気が漂う。
[編集] 温泉街
台北市中心部から気軽に行ける為、週末には多くの観光客が訪れる。温泉街には北投温泉博物館が存在する。
源泉の一つである地熱谷(日本統治時代は地獄谷と呼称)は高温の源泉があちこちから沸く池である。かつては地熱谷でゆでられた温泉卵が有名だったが、卵をゆでる際に池に転落する事故が絶えない為、現在は全面的に禁止されている。世界ではここと秋田の玉川温泉でしか産出されない北投石も有名。北投石は当地にある共同浴場瀧乃湯の前で発見された。
[編集] 歴史
北投温泉は明治26年(1894年)にドイツ人商人が発見したといわれている。1896年、大阪商人平田源吾が北投で最初の温泉旅館「天狗庵」を開業した[1]。その後日露戦争の際に日本軍傷病兵の療養所が作られ、それ以降台湾有数の湯治場として知られるようになった。
1905年、日本人学者岡本要八郎によって北投石が発見される。また同年、「湯守観音」を祀る「鉄真院」(現 北投普済寺)が創建される[1]。
1913年、北投温泉公共浴場(現 北投温泉博物館)が落成し、北投公園も完成する[1]。
戦前はモダンな建物が立ち並ぶハイカラな温泉街として知られ、1923年には昭和天皇(当時は皇太子)も訪問した。
戦後、台湾が中華民国に帰属した。中華民国政府は北投温泉を歓楽街として位置づけ、置屋の営業を認めた(公娼制度)。この為国の内外から売春目的で北投温泉を訪れる観光客が集まった。
しかし公娼制度は1979年に廃止され、また台北市長陳水扁(前任の中華民国総統)の健全化政策により、北投温泉から置屋は消滅し、親子で楽しめるような観光地へと変貌した。
2010年、台湾でも人気の高い日本旅館「加賀屋」が「台湾加賀屋」(仮称)を開業させる予定。
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク
- 北投温泉博物館ホームページ(台湾語)

