北投区

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台湾 台北市 北投区
別称: 八頭
地理
Taipei-hukutouku.svg
座標: 北緯25度07分 東経121度30分 / 北緯25.117度 東経121.5度 / 25.117; 121.5
面積: 56.82 km²
各種表記
繁体字: 北投
日本語読み: ほくとう
漢語: Běitóu
通用: Běitóu
ウェード式: Pei-t'ou
注音符号: ㄅㄟˇ ㄊㄡˊ
片仮名転写: ベイトウ
台湾語: Pak-tâu
客家語: Pet-thèu
行政
行政区分: 市轄区
上位行政区画: 台北市
下位行政区画: 42里820鄰
北投区長: 張義芳
公式サイト: 北投区公所
情報
総人口: 252,290 人(2011年12月)
戸数: 91,268 戸(2011年12月)
郵便番号: 112
市外局番: 02

北投区(ほくとうく)は、台北市市轄区の一つ。区内には北投温泉陽明山などの観光地が位置している。

目次

[編集] 地理

北投区は台北市の最北端に位置する。東は磺溪と接し、南は基隆河を挟み士林区と接す。西は台北県淡水鎮に接し、北は大屯山や七星山を挟んで台北県三芝郷金山郷と接する。

[編集] 歴史

「北投」はかつて平埔族バサイ族(ケタガラン族の一支族)集落「パッタオ社」があったところで、パッタオとはバサイ語で巫女の意味を持っていた。台北地区でもっとも開発が早く始まった所でもある。台湾語音により「北投(Pak-tâu)」と宛てられた。

1626年-1662年、平埔族とスペイン人オランダ人との間で硫黄貿易が行われていた。1697年郁永河が北投で硫黄を採掘した際の旅行記『裨海記遊』(現存する最も古い台湾旅行記)を記述[1]

鄭成功親子が台湾を統治する前まではこの地に漢人が住むことはなかったが、乾隆帝の初期に先住民より土地を購入し開墾された。光緒元年に台北府が置かれ、北投地区は淡水鎮に所属した。日本統治時代の頃は台北州七星郡北投庄と呼ばれた。戦後は北投鎮として七星区に所属した。1947年に七星区が淡水区に編入され、1968年7月1日に台北市へ改編され、北投の地方行政は台北市政府の直轄となった。

[編集] 年表

その他北投に関連する歴史的出来事[1]

[編集] 下部行政区域

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[編集] 教育

[編集] 大学

[編集] 科技学院

[編集] 高級専業学校

[編集] 高級中学


[編集] 国民中学


[編集] 国民小学


[編集] 交通

北投行政センター

[編集] 観光地

  • 北投温泉博物館(旧北投温泉浴場)
  • 地熱谷
  • 陽明山公園
  • 周氏節孝坊
  • 北投普濟寺
  • 北投台湾銀行旧宿舎
  • 吟松閣
  • 草山公共浴場(現草山教師研習中心)
  • 關渡自然公園
  • 普済寺
  • 瀧乃湯
  • 善光寺

[編集] 脚注

  1. ^ a b 李永萍「北投の歴史的出来事」『北投温泉博物館パンフレット』日本語版、台北市政府文化局

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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