加藤友介
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| 名前 | ||||||
| カタカナ | カトウ ユウスケ | |||||
| ラテン文字 | KATO Yusuke | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 | ||||||
| 生年月日 | 1986年2月13日(27歳) | |||||
| 出身地 | 大阪府箕面市 | |||||
| 身長 | 172cm | |||||
| 体重 | 68kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム | ||||||
| ポジション | MF/FW | |||||
| 利き足 | 右 | |||||
| ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
加藤 友介(かとう ゆうすけ、1986年2月13日 - )は大阪府出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー、フォワード。
目次 |
来歴 [編集]
中学時代には地元のガンバ大阪ジュニアユースチームのセレクションを受けたが、合格はできなかった。中学2年生の夏休みにアルゼンチンのCAウラカンのU-14チームに短期留学。2004年、刀根山高校卒業後に、留学時代のツテでアルゼンチンへと渡り、ウラカンのU-18チームに所属する。
2005年にはU-20チームへと順調に昇格し、2006年10月に当時プリメーラB(2部リーグ)所属だったウラカンのトップチームに昇格。 2007年4月12日のタジェレス戦では決勝点をマークするなど、チームのプリメーラA(1部リーグ)復帰に貢献。 同年8月5日の2007-08シーズン開幕戦アルセナルFC戦で後半32分から途中出場。ボカ・ジュニアーズに在籍していた高原直泰以来となるアルゼンチン1部リーグでプレー経験のある日本人選手となった。2008-09シーズンはプリメーラC(3部リーグ)のデフェンソーレス・ベルグラーノにレンタル移籍していたが、給料未払いなどの問題があって退団し、2009年11月に日本に帰国した。
2009年12月、Jリーグ・ベガルタ仙台の練習に参加するも、契約には至らず[1]、2011年よりJFLのMIOびわこ草津に入団。
同年限りでMIOびわこ草津を退団し、翌2012年よりインド・IリーグのデンポSCに移籍した。
所属クラブ [編集]
- ユース経歴
- 2001年 - 2003年
大阪府立刀根山高等学校 - 2004年 - 2005年
CAウラカンU-18 - 2005年 - 2006年10月
CAウラカンU-20
- プロ経歴
- 2006年10月 - 2008年
CAウラカン - 2008年 - 2009年
デフェンソーレス・ベルグラーノ (en) (レンタル移籍) - 2011年
MIOびわこ草津 - 2012年
デンポSC - 2012年
BECテロ・サーサナFC - 2013年[2] -
ナコン・ラチャシマFC (en)
関連項目 [編集]
脚注 [編集]
- ^ “アルゼンチン帰りの加藤が練習参加…仙台”. スポーツ報知 (2009年12月9日). 2009年12月9日閲覧。
- ^ สวาทแคทจัดหนักเสริมแข้งปลาดิบเข้ารังรวดเดียว 3 คน(タイ語)swatcatfc.net 2012.12.11