劉承祐

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隠帝 劉承祐
後漢
第2代皇帝
王朝 後漢
在位期間 948年 - 950年
都城 開封
姓・諱 劉承祐
諡号 隠帝
生年 長興2年(931年
没年 乾祐3年11月22日
951年1月2日
高祖
陵墓 潁陵
年号 乾祐 : 948年 - 950年

劉承祐(りゅう しょうゆう)は五代後漢の第2代皇帝

生涯[編集]

高祖劉知遠の次男(一説には甥とも)として鄴都に生まれる。

はじめ周王に封じられたが、高祖の崩御とともに即位した。しかし若年であったため、枢密使の楊邠や副枢密使の郭威の権勢を抑えることができなかった。

当時、実力者であった蘇逢吉と楊邠の間に権力抗争があり、内紛がおさまらなかった。この混乱に際し、河中李守貞長安趙思綰鳳翔王景崇が相次いで叛乱を起こした。

加えて害や水害が深刻な後漢は大いに乱れたとされる。乾祐3年(950年)、郭威が兵を起こして南下すると、乱兵の中で殺害された。

先代:
高祖
五代後漢の第2代皇帝
948年 - 950年
次代:
劉贇