刻
刻(こく)は、漢字文化圏で使用される時間・時刻の単位である。様々な長さの「刻」があり、同じ時代の同じ地域でも、複数の「刻」が並用されていた。1日を何刻に分けるかが同じでも、定時法と不定時法の違いもある。
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1日=48刻 [編集]
最初にできた「刻」は、1日を48等分するものであった。「刻」という名称は、漏刻(水時計)の刻み目に由来するものである。漏刻には48の刻み目がつけられており、昼夜それぞれ24の刻があった。すなわち、この1刻は30分に相当する。
1日=100刻 [編集]
これとは別に、1日を100等分する「刻」もあった。1日は86400秒なので、1刻は864秒(14分24秒)である。なお、「刻一刻」の「刻」はこちらの意味である。
日本では、100分割の刻は天文や暦学の分野で使用され、不定時法が採用されてからも等分のままであった。また、暦にも、100等分の刻で表した昼間の長さが記入されたものがあった。それによれば、春分・秋分には昼の長さが50刻、冬至には40刻、夏至には60刻となる。
1日=12刻 [編集]
「十二時辰」も参照
漢代になると、48等分の刻を4つまとめて、1日を12等分して夜半から十二支を順に振る制度ができた。他の刻と区別するために、「辰刻」(しんこく)とも呼んだ。この刻は2時間に相当する。48等分の刻は、辰刻を4分割する一種の補助単位として使用され、「子の一刻」「寅の四刻」などと呼んだ。
日本では、12分割の刻は室町時代ごろから不定時法となり、季節によってその長さが異なるようになった。
1日=36刻 [編集]
日本では、1つの辰刻を上中下に3分する「刻」もあり、「子の上刻」「寅の下刻」などと呼んだ。どの「刻」も、明治時代に西洋の時法が導入された後は使われなくなっている。
1日=96刻 [編集]
中国においては、明代に西洋の時法が導入されたが「刻」は使われ続けた。ただし、100等分であった刻は、12で割り切れる数として96、108、120等分などと変遷し、清代に1日の96分の1(ちょうど15分)と定められて現在に至る。