別海駅
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| 別海駅 | |
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別海駅(1989年3月)
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| べっかい - Bekkai | |
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◄平糸 (5.5km)
(12.3km) 奥行臼►
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| 所在地 | 北海道野付郡別海町別海旭町 |
| 所属事業者 | 北海道旅客鉄道(JR北海道) |
| 所属路線 | 標津線(支線) |
| キロ程 | 23.7km(中標津起点) |
| 電報略号 | ヘカ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 2面2線 |
| 開業年月日 | 1933年(昭和8年)12月1日 |
| 廃止年月日 | 1989年(平成元年)4月30日 |
| 備考 | 標津線廃線に伴い廃駅 |
1977年の別海駅と周囲約500m範囲。上が中標津方面。駅舎が改築されたばかりの頃の写真。両方向に車両が見え、別海駅で行き違いが行われている状況が見て取れる。駅裏のストックヤードは殆んど使われていない。駅横の貨物積卸場付近から本線横の小道を2ブロック北上し、90°西へ曲がって道道243号上を中西別へ向かっていた殖民軌道西別線の痕跡は跡形も無い。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を元に作成。
別海駅(べっかいえき)は、北海道野付郡別海町別海旭町にあった北海道旅客鉄道(JR北海道)標津線の駅である。電報略号はヘカ。標津線の廃線とともに、廃駅となった。
目次 |
[編集] 駅名の由来
アイヌ語の「ペッ・カイエ」(川が折れるところ)に由来する。
[編集] 駅の構造
貨物及び荷物取扱い廃止までは、駅舎に接する単式ホームと島式ホームからなる国鉄型配線の2面3線を有する列車行き違い可能駅であった。このうち島式ホームの外側の線は副本線として主に貨物の留置き、あるいは構内東側からの貨物の積降用に使用された。駅舎は西側(中標津に向かって左側)にあり、駅舎横の中標津側には貨物積降場が設けられ、中標津側から駅舎横まで貨物積降線が1本引き込まれていた。このため駅舎前のホームは厚床寄り、島式ホームは中標津寄りにずれて置かれ、駅舎側ホームの駅舎正面から島式ホームの厚床側端へ線路を横切る形で連絡通路があった。
貨物及び荷物取扱い廃止後は副本線と貨物積降線が撤去され、廃線になるまで相対ホーム2面2線の列車行き違い可能駅であった。
駅の近くには、この線が完成する以前の1929年(昭和4年)から1956年(昭和31年)まで、最盛期の1939年(昭和14年)から1949年(昭和24年)には別海町上春別の春日停車場を経て同線本線の西春別駅前(新西春別停車場)まで繋がる、殖民軌道西別線の停車場が置かれていた。
[編集] 歴史
- 1933年(昭和8年)12月1日 - 国有鉄道の西別駅(にしべつえき)として開業。一般駅。釧路機関庫西別駐泊所設置。
- 1934年(昭和9年)10月1日 - 釧路機関庫西別駐泊所廃止。
- 1976年(昭和51年)12月1日 - 駅舎改築と共に別海駅に改称。
- 1980年(昭和55年)4月30日 - 貨物取扱い廃止。
- 1984年(昭和59年)2月1日 - 荷物取扱い廃止。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化によりJR北海道に継承。
- 1989年(平成元年)4月30日 - 標津線の廃止に伴って廃駅となる。
[編集] 駅周辺
- 別海町役場
- 別海郵便局
- 町立別海病院
- 北海道別海高等学校
[編集] 現況
- 多目的交流館「ぷらと」が建っており、バス乗り場となっている。
- バス待合室、別海町商工会、売店(キヨスク)
[編集] 隣の駅
[編集] 関連項目
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