函館太洋倶楽部
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| チーム名(通称) | 函館太洋倶楽部 |
|---|---|
| 加盟団体 | 日本野球連盟 (社会人野球) |
| 加盟区分 | クラブチーム |
| 創部 | 1907年 |
| チーム名の遍歴 | 函館太洋倶楽部(函館オーシャン倶楽部)(1907年〜) |
| 本拠地自治体 | 北海道函館市 |
| 練習グラウンド | 函館オーシャンスタジアム |
| 都市対抗野球大会 | |
| 出場回数 | 15回 |
| 最近の出場 | 1954年 |
| 最高成績 | 2回戦 |
| 社会人野球日本選手権大会 | |
| 出場回数 | なし |
| 全日本クラブ野球選手権大会 | |
| 出場回数 | 16回 |
| 最近の出場 | 2010年 |
| 最高成績 | 準優勝 |
函館太洋倶楽部(はこだてたいようくらぶ、函館オーシャン倶楽部〔はこだてオーシャンくらぶ〕)は、北海道函館市に本拠地を置き、日本野球連盟に所属する社会人野球のクラブチームである。
目次 |
[編集] 概要
チーム結成は1907年であり、現存するクラブチームの中で最も長い歴史を持つ。戦前や戦後直後の都市対抗野球はまさに都市ごとのクラブチームのトーナメントであったことから、函館太洋倶楽部も15回の出場歴を有する。
また、函館市内にある函館市千代台公園野球場は同チームに因んで「オーシャンスタジアム」という愛称が付与されている。
戦前、チームの大黒柱として久慈次郎という名捕手がおり、日米野球の全日本チームにも選出されたこともあるが、試合中送球を頭に受けて死亡、棺を乗せた列車は停車駅ごとで熱烈な野球ファンに見送られたと言われている。また、彼の名を冠し、都市対抗野球の敢闘賞には「久慈賞」との名がつけられている。
2006年にはチーム創設100周年にあたることから、クラブ野球選手権への推薦出場を果たした。