出村文男

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出村 文男(でむら ふみお、1938年9月15日 - )は日本武道家空手家)、武道指導者。段位は七段、現在はアメリカ在住。

経歴[編集]

1938年(昭和13年)、横浜に生まれる。10歳で武術に触れ、12歳から糸東流坂上隆祥の道場で空手を学んだ。1956年(昭和31年)に初段(黒帯)となり、翌32年頃から大会への出場を始めると共に、1958年(昭和33年)頃から琉球古武術平信賢より学んでいる。

1960年(昭和35年)、東日本空手道選手権大会で優勝、翌61年、全日本空手道選手権大会で優勝した。

1965年(昭和40年)、Dan Ivan の招聘で渡米。アメリカで糸東流の道場を開いた。1969年(昭和44年)以降、アミューズメントパーク(ジャパニーズビレッジ)やラスベガスの(ショー・コスギ氏を連れて)ホテルなどでの空手ショーで人気を博するとともに、糸東流糸洲会のアメリカにおける最高指導者となった。

2003年(平成15年)、糸洲会から分裂。現在は糸東流玄武会の最高指導者である。

毎年、2月下旬に出村文男・主催の「ANNUAL INTERNATIONAL KARATE-DO CHAMPIONSHIPS」が行われる。 日本からは、出村氏の友人でもあり幼馴染みの息子でもある西木健国士舘大学)が日本の選手を連れて参加している。

2010年、カリフォルニア州レドンドビーチで開催された米国コヤマダ国際機構主催の全米武道祭で演舞。

映画人としての活動[編集]

初めてのハリウッド映画のスタントは、ドン・テイラー監督『ドクターモローの島』(1977年)で、トラに襲われる半獣人役が最初のスタントになる。1980年代には『ベスト・キッド』でミスター・ミヤギを演じたパット・モリタのスタントを担当した。また、『ライジング・サン』(1993年)や『モータルコンバット』(1995年)『NINJA』(2009年)などにも出演している。

著名な友人・弟子[編集]

外部リンク[編集]