冤罪事件及び冤罪と疑われている主な事件

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冤罪事件及び冤罪と疑われている主な事件(えんざいじけんおよびえんざいとうたがわれているおもなじけん)では、刑事事件犯人とされた者のうち、再審も含む裁判の結果無罪が確定する、いわゆる冤罪事件に関する一覧である。また、裁判で有罪確定とされつつも冤罪が疑われて再審請求された主な事件についても一覧に含まれている。

日本において裁判で無罪が確定した冤罪事件[編集]

再審で無罪が確定した事件については斜体で表示している。また捜査段階で冤罪が判明し起訴されていない事件も含まれている。

20世紀前半[編集]

旧刑事訴訟法下[編集]

  • 1910年 - 沼津3人殺し事件:翌年死刑判決、1913年に真犯人逮捕。
  • 1911年 - 105人事件:寺内正毅朝鮮総督に対する暗殺謀議があったとして朝鮮人抵抗組織の構成員ら600人が逮捕、127人起訴、105人有罪。しかし過酷な拷問による自白が国際的批判を招いたため二審では有罪は6人に減少、大半は証拠無しとして無罪に。有罪とされた6人も1915年に特赦で放免。
  • 1913年 - 吉田岩窟王事件:事件発生時から一貫して無罪を主張して発生から50年後、再審による無罪判決。当時としては再審開始までかかった年月は史上最長。重大事件としては初の再審開始でその後の白鳥決定後に起こる再審裁判の先駆けとなった事件。
  • 1915年 -
  • 1919年 - 函館・丸山楼主殺し事件:控訴院で無罪判決。
  • 1928年 - 岡山毒団子事件:控訴院で無罪判決。
  • 1929年 - 中国行商人殺人事件:真犯人(2人組)が名乗り出たことで、被疑者に無罪判決。
  • 1933年 - 大牟田同級生毒殺事件:10月11日に病院付属産婆学校の生徒が同級生を亜ヒ酸をうどんに混ぜて毒殺したとされた事件。1939年に同僚の看護婦を毒殺しようとして逮捕された際に自供した。一審は懲役8年の判決だったが、二審では本事件は無罪とされ、殺人未遂事件のみで懲役3年の判決が確定した。
  • 1934年 - 帝人事件:一審東京地裁で、被告人全員に無罪判決。枢密院副議長の平沼騏一郎が対立会派の立憲政友会主流派を弾圧するために仕組んだ事件とされる。
  • 1936年 - 秋田母子連続殺傷事件秋田県仙北郡の農家で9月27日に夫を毒殺し、11月12日には夫の母親を毒殺しようとしたとされる事件。一審は無期懲役の求刑に対し夫殺害は証拠不十分で無罪、姑殺害未遂で懲役3年6月の判決。二審は姑殺害についても無罪とされ、確定。
  • 1941年 - 金森事件:放火事件で懲役15年の有罪判決が確定するも、中国人の自供もあり発生から26年後、戦前に起きた事件としては吉田岩窟王事件以来の再審による無罪判決。
  • 1946年 -
    • 榎井村事件:A、Bに対して有罪判決が下るもAに対して発生から47年後、再審による無罪判決。これにより、Bも事実上の無罪判決が認められる形になった。
    • 八丈島事件:発生から11年後、最高裁判所で被告全員に無罪判決。
  • 1948年 -
    • 清水局事件:被告人が真犯人を発見し無罪に。
    • 幸浦事件:発生から15年後、最高裁で被告全員に無罪判決。
    • 免田事件:発生から34年後、再審による無罪判決。初の死刑判決での再審無罪。
    • 昭和電工事件日野原節三栗栖赳夫は有罪が確定したが、それ以外の重要被告ははぼ無罪が確定。
    • 炭鉱国管疑獄:政治家8名と炭鉱業者4名が賄賂罪で起訴されたが、使われた金の大部分は政治献金とされて政治家は無罪が確定。
  • 1949年 -
    • 贓物衣料切符事件:最高裁が地裁へ差戻し、無罪判決。
    • 松川事件:発生から14年後、最高裁で被告全員に無罪判決。
    • 弘前大学教授夫人殺人事件(弘前事件):服役終了後に真犯人が自白し、発生から28年後、再審による無罪判決。証拠は警察の捏造。
    • 三鷹事件:起訴された12人中11人は無罪が確定。死刑が確定した一人は再審請求中に病死。

新刑事訴訟法下[編集]

1950年代[編集]

  • 1950年 -
    • 二俣事件:発生から12年後、最高裁から高裁へと差し戻され、無罪判決。自白調書の任意性が否定された。
    • 財田川事件:発生から34年後、再審による無罪判決。初の死刑求刑での再審開始決定。白鳥決定を適用する財田川決定を生みだす。
    • 小島事件:発生から9年後、最高裁から高裁へと差し戻され、無罪判決。自白調書に真実性がないと認定。
    • 梅田事件:死刑判決を受けることになる犯人の虚偽の自白により無期懲役の判決が確定。仮出所後、発生から36年後に再審による無罪判決(戦後に無期懲役が確定した事件としては初)。
    • 木間ヶ瀬事件:一審では死刑判決だったが、控訴審で無罪判決。
  • 1951年 -
    • 八海事件:一審有罪→二審有罪→最高裁による二審差し戻し→差し戻し二審無罪→最高裁による二度目の差し戻し→第二次差し戻し二審有罪→最高裁にて再び無罪判決(発生から17年後に無罪が確定する長期裁判)。
    • 観音堂事件:放火事件で再審で無罪。
  • 1952年 -
    • 菅生事件:発生から6年後に無罪確定。法廷でも警察の組織的関与が立証されており、公安警察が自ら起こした狂言事件との指摘もある。
    • 米谷事件:女性を絞殺したとして懲役10年が確定するも、1978年に再審で無罪判決。
    • 青梅事件:最高裁の差し戻しで無罪が確定。
    • 辰野事件:共産党員が警察署や派出所等を襲撃したとされたが、1972年に東京高等裁判所で証拠不十分として無罪。
    • 芦別事件:二名の被疑者のうちの一人は二審で無罪、一人は係争中に死亡。
  • 1953年 -
  • 1954年 -
    • 島田事件(赤堀事件):発生から35年後、死刑判決が確定した事件としては4件目となる再審による無罪判決。
    • 仁保事件:最高裁から高裁へと差し戻され、無罪判決(発生から18年後に無罪が確定するという長期裁判)。別件のマンホール窃盗で懲役6ヶ月。
    • 松尾事件:被疑者死亡も1989年に再審で無罪。
    • 造船疑獄:主要な被告のうち7名は無罪となった。法務大臣指揮権発動が問題に。
  • 1955年 -
    • 松山事件:発生から29年後、死刑判決が確定した事件としては3件目の再審による無罪判決。
    • 中華青年会館殺人事件:逮捕された中国人の自白と現場の状況に明らかな矛盾があったため、無罪判決。
  • 1957年 - 大阪事件 (創価学会):1957年に起こった公職選挙法違反事件で47名が逮捕され、45名が有罪判決を受けたが、創価学会幹部の池田大作小泉隆の二人に無罪判決が下る。
  • 1959年 - 滝事件:1947年に千葉県市川市の強盗殺人罪や他の窃盗などの24件の事件に問われそのうち21件の事件で無期懲役を受けるも、そのうち1959年に起きた一件についてアリバイが認められ1981年3月に再審無罪判決。しかし、残りの事件に関する再審請求は棄却される。

1960年代[編集]

  • 1961年 - 因島毒饅頭事件:二審の広島高等裁判所で無罪。
  • 1963年 - 飯塚事件 (TKC)TKC創設者である飯塚毅の部下4人が法人税法違反教唆の容疑で起訴されたが、一審東京地裁で全員の無罪が確定。
  • 1965年 -
  • 1967年 - 布川事件:最高裁で無期懲役判決が確定するも仮釈放で出所した後の発生から44年目の2011年、再審無罪判決。戦後起きた事件としては再審無罪までかかった時間は最長(戦前の事件を含めると三番目)。
  • 1968年 - 三億円事件:毎日新聞がスクープし、容疑者として運転手が逮捕されたが、後にアリバイがあり無実であることが判明。起訴されていないため、厳密には冤罪ではないが、報道合戦が過熱した。その後も運転手は週刊誌などのマスコミに追われ、一家は離散。精神不安定となり、2008年に自殺をした。そのため、現在でも警察、マスコミによる人権侵害の代表例の1つにあげられている。
  • 1969年 - 鹿児島夫婦殺し事件(高隈事件):差戻審で無罪判決確定。国家賠償訴訟の最中に被告人は死亡(国家賠償が認められた)。17年に及ぶ長期裁判。

1970年代[編集]

  • 1970年 -
    • 豊橋事件1974年6月12日に一審で無罪判決、そのまま確定。警察による無罪の証拠隠しが後日明らかになる。
    • 大森勧銀事件:一審では有罪判決だったが二審の東京高裁で逆転無罪判決。最高裁で確定。
  • 1971年 -
  • 1972年 - 山中事件:最高裁から高裁へと差し戻され、無罪判決(発生から18年後)。ただし、殺人事件の従犯を自供した人物を殴った別件の強盗致死未遂では有罪が確定。
  • 1973年 - 富士高校放火事件:都立富士高校が放火された事件。二審で逆転無罪判決。
  • 1974年 -
    • 首都圏女性連続殺人事件:発生から17年後、一審の殺人罪の無期懲役を二審の東京高裁で破棄。犯人とされていた男性には別件の窃盗罪と婦女暴行で懲役6年判決が出たが、未決勾留日数が参入されたために服役することなく出所し、人権派や市民団体から冤罪ヒーローと祭り上げられた。しかし、5年後に少女殺人未遂や殺人事件を起こし逮捕。1999年に殺人罪で無期懲役判決が確定。
    • 甲山事件:発生から25年後、第二次控訴審で無罪判決により無罪確定。一度も有罪が言い渡されることなく三度の無罪判決。無罪が確定した裁判では公安事件を除くと最長の21年に及ぶ長期裁判
  • 1975年 -
    • 遠藤事件:ひき逃げ事件で下級審では有罪が言い渡されるも最高裁で、下級審の判断を否定して無罪判決。発生から14年の長期裁判でひき逃げ冤罪事件としては最長。
    • 四日市青果商殺人事件:四日市市で男性が殺害された強盗事件。起訴された被告は後遺症があり犯行が不可能であるとして1審で別件の詐欺罪についてのみ有罪で殺人は無罪判決で確定。
  • 1977年 -
    • 三国事件:1984年4月に最高裁で波谷守之に対する二審判決を破棄した(他の被告は有罪判決)。暴力団組長に対する無罪判決として、話題を呼んだ。
    • 結城殺人事件:茨城県で起きた殺人事件。犯人の虚偽の自白により2人が一審有罪も、1983年の二審判決で1人の別件の傷害事件のみ有罪として二人とも殺人については無罪判決。
  • 1978年 -
    • 福島県警狂言強盗でっち上げ事件:福島県警が、強盗に襲われた主婦を狂言強盗の犯人と決めつけ検挙した事件[1]。後に別の強盗事件の犯人が主婦を襲ったことを自供したため、主婦の冤罪が明らかとなった。
    • 鳴海清殺害事件:暴力団松田組と友好関係にあった忠成会の組員が起訴されたが、無罪判決。
    • 広島市印刷会社経営者殺害事件:1978年に印刷会社経営者が殺害された事件。後に被告が殺人罪に問われたが1審、2審で無罪判決。ただしこの被告は、合わせて起訴されていた京都市豊国廟で起きた殺人事件については有罪とされ、懲役18年とされた。
    • 東京中野放火事件:中野区で起きた放火事件。二審で逆転無罪判決。
  • 1979年 - 貝塚ビニールハウス殺人事件(貝塚事件):事件に関与したとされた少年全員に二審で逆転無罪。内、一人は再審で無罪。

1980年代[編集]

  • 1980年 - 富山・長野連続女性誘拐殺人事件:共犯者とされた人物に一審、二審とも無罪判決(求刑無期懲役)。
  • 1981年 -
    • みどり荘事件(大分女子短大生殺人事件):第一審で無期懲役判決、第二審で逆転無罪判決(発生から14年後)。
    • ロス疑惑:日本では銃撃事件に対しては発生から22年後に最高裁で無罪判決が出ていたため、日本の司法上では無罪確定。別件の殴打事件では有罪確定。しかし、銃撃事件で米捜査当局から共謀罪に問われた直後に、被疑者が突然の自殺(発生から27年後)。
    • 石見町女児殺人事件:顔見知りである小学一年生の女の子をいたずらしたうえで絞殺したとして逮捕された男性が、1990年3月15日、松江地方裁判所で無罪判決(求刑無期懲役)。物証に乏しく、自白の信用性が争点だった。検察側は控訴せず、そのまま確定。
    • 暴力団組長覚醒剤密輸偽証冤罪事件:韓国から覚醒剤を密輸入して逮捕された男性が、幼なじみである暴力団組長の指示によるものだと偽証。組長は逮捕当初から無罪を訴えたが、1985年3月に懲役16年(求刑無期懲役)が最高裁で確定。出所後の2000年2月、福岡高等裁判所で再審開始が確定(第三次請求)。2001年7月、福岡地方裁判所で無罪判決。
    • 下田缶ビール詐欺事件:1981年8月に静岡県下田市で起きた詐欺事件。被告は一貫して無罪を訴えるも一審で有罪判決で被告は控訴を諦めて確定した。出所後、被告は真犯人を自力で突き止めて本人を見つけ出した後に警察署に引き渡して再審により無罪確定。
    • 葛生事件:栃木県で1981年12月に住宅が全焼、妻子3人が亡くなった夫に対して殺人罪などに問われた事件。一審は妻に対してのみ殺人罪を適用して懲役14年としたが、二審で妻に対しての殺人罪についても無罪判決。検察が上告断念し、無罪確定。
    • 旭川日通事件:旭川市で日本通運株式会社(日通)の社員が殺害された事件。1985年に一審で違法捜査などが発覚して検察が求刑をしないという状況の中で無罪判決で確定。
  • 1983年 - 北見傷害再審事件:殺人事件の犯人が妄想に取りつかれ虚偽自白をして恐喝罪、傷害罪で二人が起訴された事件。一人は略式裁判で有罪判決で確定も一人は札幌高裁にて逆転無罪判決。その後、有罪が確定した被告も札幌高裁での無罪判決を受けて再審請求してこれが認められ無罪判決。
  • 1984年 -
    • 城丸君事件:殺人罪で起訴されたが、一審・二審で無罪判決。だが、判決では「重大な犯罪によって死亡させた疑いが強いが、殺意があったとするには疑問が残る」と犯罪性を認める内容になっている。傷害致死罪や死体遺棄罪などは公訴時効成立のため適応できなかった。
    • 山下事件:一審の横浜地方裁判所で無罪判決。
    • 自由民主党本部放火襲撃事件:逃走を手助けしたとして起訴された中核派活動家の無罪が確定。
  • 1985年 -
  • 1986年 -
    • 高槻選挙違反事件(高槻事件):警察・検察が選挙違反をでっち上げた事件[2]。一審で136名全員に無罪判決。
    • 新宿ビル放火事件:一審の無罪判決が二審で破棄されるも、差し戻し審でふたたび無罪となり、無罪が確定した。
    • 赤羽放火女性焼死事件:一審で放火などの罪で有罪判決も、二審で自白調書の矛盾が発覚し、合わせて起訴されていた窃盗罪についてのみ執行猶予付きの有罪判決とし、放火については無罪判決。
  • 1988年 -
  • 1989年 - 北方事件(水曜日の絞殺魔事件):別件で拘置中に犯行を認める上申書を書いたがすぐに否認に転じ、証拠が無いとして地裁並びに高裁で無罪判決(発生から16年後)。

1990年代[編集]

  • 1990年 -
    • 足利事件日弁連が再審支援を決定。事件当時より高精度となったDNA鑑定による再鑑定の結果不一致により、冤罪が判明し収容停止。2009年6月4日に釈放され、同年10月21日宇都宮地方裁判所で再審開始。2010年3月26日無罪判決が確定。近年、初期目撃証言など真犯人存在の証拠などが明らかになったことにより、DNA再鑑定・再審が実現し、無実冤罪が判明し無罪が確定した点が特徴的である。この事件は時効が成立した事件であるが、被害者遺族と冤罪被害者の男性などの事件に巻き込まれた当事者や事件の捜査報道を行ったジャーナリストなどの有識者を中心に、世論的に再捜査と真犯人逮捕を含めた事件の真相解明が強く叫ばれている。[4]
  • 1993年 -
    • 調布事件:公判途中で公訴棄却の決定を受けた4人に対し、東京高裁で刑事補償法に基づく補償請求が認めらた。
    • 北國銀行背任事件:北国銀の頭取が背任罪で起訴され一審、二審で有罪判決も最高裁が二審に差し戻した。差し戻し二審で無罪判決となり確定。
  • 1994年 -
    • 松本サリン事件:初め第一通報者が容疑者(重要参考人)とされ、家宅捜査なども行われたが、後に無実であることが判明。逮捕・起訴されていないため、厳密には冤罪ではないが、報道合戦が過熱した結果、メディア・パニッシュメントが起きた。
    • 広島港フェリー甲板長事件:自白が客観的証拠と明らかに矛盾していたため、一、二審ともに無罪判決(求刑無期懲役)(別件の詐欺罪では懲役2年執行猶予3年の有罪)。上告せず2001年5月8日に無罪が確定。
    • 覚せい剤調書ねつ造事件:一審で覚せい剤取締法違反に問われていた被告の調書についてねつ造の可能性を指摘、無罪判決。検察はねつ造を否定するも、控訴を断念して無罪確定。
    • 福岡スナックママ連続保険金殺人事件:共犯とされた男性に対し、一審では殺人ほう助で懲役3年6月の判決が下るも、二審で逆転無罪。上告せず確定。
  • 1995年 - 道頓堀ホームレス襲撃事件:被告の一人は一、二審無罪判決が確定。
  • 1997年 -
    • 城東署覚醒剤所持捏造事件(警視庁偽装摘発事件):現役の城東署の巡査が無実の男性を覚せい剤所持の犯人とでっち上げた事件。男性は無罪確定、巡査はでっち上げの罪で有罪。
    • 宇都宮線痴漢冤罪事件:宇都宮線での痴漢冤罪事件。二審で逆転無罪判決。
    • 東電OL殺人事件:ネパール人男性が一審の東京地裁で無罪になるも、二審の東京高裁で有罪判決。最高裁で無期懲役が確定。2011年7月21日、再審請求で東京高裁の求めにより東京高検がおこなったDNA鑑定の結果、遺体から採取された精液から検出されたDNAは、先述のネパール人男性のものと一致しないことが判明し、現場に残された体毛と一致することが判明。2012年6月7日、再審開始決定。ネパール人男性は釈放され、不法残留で有罪が確定していることから国外強制退去処分を受け、ネパールに帰国した。検察側の異議申し立ては同年7月31日に棄却され、再審開始が確定。同年11月7日に東京高裁で無罪判決。検察側上訴権放棄で確定。
  • 1998年 -
    • 宇和島事件(愛媛誤認逮捕事件):翌年に窃盗・詐欺容疑で逮捕・起訴。2000年に真犯人が判明し、検察が無罪論告、無罪判決。
    • 京王線痴漢冤罪事件:京王線での痴漢冤罪事件。二審で逆転無罪判決。
    • 日債銀事件日本債券信用銀行の破綻にもとづいて、粉飾決算容疑で旧経営陣3名が逮捕された事件。一審、二審で執行猶予付きの有罪になるも最高裁が高裁に審理差し戻しをした。差し戻し控訴審は2011年8月30日、全員に逆転無罪判決を言い渡した。検察は上告せず、確定。
    • 小倉元漁労組合長射殺事件2月18日北九州市小倉北区で元漁労組合長が射殺された事件。暴力団関係者3人が起訴されたが、うち1人は被告が実行犯とする供述について、伝聞証拠に当たり証拠能力がないとして却下。事件後組内部で昇格したという状況証拠についても、「実行役を果たしたとまで推認することはできない」として無罪判決(求刑無期懲役)。控訴せず確定。なお、残りの2人は無期懲役と懲役20年が確定している。
  • 1999年 -
    • 長銀事件:粉飾決算容疑で起訴された旧・日本長期信用銀行の旧経営陣3名に対して最高裁が一審、二審の有罪判決を覆し、2008年7月18日に無罪確定。
    • 埼京線痴漢冤罪第3事件:埼京線での痴漢冤罪事件。二審で逆転無罪判決。
    • 宮城県放火未遂事件:一審で無罪判決、二審でも無罪判決。[5]
    • 東京都中野区暴力団組員殺害事件:1999年1月31日に東京都中野区で暴力団組員が殺害され、遺体が仙台市太白区に遺棄された事件。発生から約10年後の2009年7月に関係者の供述から遺体の一部が発見され、2010年3月3日に3人が起訴された。内一人は有罪が確定したが、一人は2011年9月1日の判決で、「共犯者とされた人物の供述は信用できない」として無罪判決が言い渡された。2012年9月27日に検察側控訴棄却。上告せず確定。なお、もう一人についても2011年10月6日に無罪判決が言い渡された。こちらについても検察側控訴中。

2000年代[編集]

  • 2000年 -
  • 2001年 -
    • 佐賀市農協背任事件:二審の福岡高裁で無罪。又、佐賀地検の検事による取り調べの際の暴言も話題に。
    • 新座市ひき逃げ事件:道路上で転倒していた人をはねて死亡させたとして男性が逮捕された事件。男性は一貫して冤罪を主張。「被告人の車に被害者と衝突した痕跡がない」として、一審、二審ともに無罪判決。
    • 雪印牛肉偽装事件:雪印が起こした補助金詐取事件で詐欺容疑で起訴された5人のうち幹部ら2人が無罪判決。
    • 東京女子医大事件:起訴された二人のうち講師は有罪が、助手は無罪が確定。
    • 広島家族3人放火殺人事件:保険金目的で母親と娘二人を放火により殺害したとされる事件。捜査段階では犯行を認めたが、裁判では否認。一審では「シロではない、灰色かもしれないが、クロとは断言できない。冤罪を防ぐための刑事裁判の鉄則を守った。『疑わしきは被告人の利益に』を厳格に適用した」として無罪判決(求刑死刑)。2009年、二審も一審の無罪判決を支持。検察側は最高裁へ上告したが、2012年2月22日に上告棄却で無罪が確定。死刑求刑事件で3度も無罪判決が出された珍しい事例である。
  • 2002年 -
    • 富山連続婦女暴行冤罪事件:犯人とされた男性が刑に服し出所した後になって真犯人が発見された事件。地検が無罪を求めて再審請求し、2007年10月10日無罪判決が出された。検察側は上訴放棄し、刑が確定。この再審では取り調べた捜査官の証人尋問を求めたが却下され、判決でも男性に対し他人事のような心無い発言をして裁判所側の対応に非難が出た。
  • 2003年 -
    • 志布志事件(鹿児島事件):2007年、鹿児島地方裁判所で被告全員に無罪判決。県議選を巡る公選法違反の容疑で自白を強要。検察側が控訴を断念。12人全員が無罪に。法務大臣鳩山邦夫はこの事件を「冤罪と呼ぶべきでない」と発言し、問題になる。
    • 札幌地下鉄痴漢冤罪事件:札幌市での地下鉄で起きた痴漢冤罪事件。一審にて無罪判決が確定した。
    • 西武新宿線痴漢冤罪第2事件:満員の急行電車内での痴漢冤罪事件。被告は捜査段階から一貫して無罪を主張して1審で無罪判決を受け、検察は控訴せずそのまま無罪確定。
    • 西武新宿線痴漢冤罪第3事件:電車内での痴漢冤罪事件。一審は有罪判決を受けたが、二審で逆転無罪。二審の原田國男裁判長は、警察の杜撰な捜査を厳しく批判した。
    • 福岡市博多区妻殺害事件:福岡県福岡市博多区で起きた遺体遺棄及び殺人事件で被害者の夫が妻を殺害したとして起訴されたものの、一審無罪判決でそのまま確定。
    • 知的障害児童わいせつ事件 :2003年5月と7月に知的障害児童にわいせつ行為をしたとして起訴されるも一審、二審ともに無罪判決。
  • 2004年 -
    • 引野口事件:実の兄に対する殺人・放火事件。2008年3月5日、福岡地方裁判所小倉支部で無罪判決。検察は控訴せず、無罪確定。
    • 松山市白バイ自損事故:前方不注意の白バイが、三叉路で右折の車両をかわして突っ込み、一時停止中の後続スクーターに正面衝突。松山西警察署は先行車両の存在を故意に無視し、スクーターに乗車していた高校生の過失に仕立てようとしたが2006年3月不処分決定。
    • 大阪地裁所長襲撃事件:当時の大阪地裁の所長がおやじ狩りに遭遇。2008年9月、控訴棄却で被告少年達の処分取り消しが決定。被告の一人が賠償請求訴訟を提起、訴えが認められる。
    • 東理ホールディングス事件:2004年12月に架空のコンサルタント料名目で約24億円をペーパー会社に流出させたとして、当事東理ホールディングス社長だった福村康広が起訴された事件。一審は2011年11月30日に東京地裁が「実態のない仮装契約とは言い難い」として無罪判決を言い渡した。検察側は控訴せず、確定。
    • 奈良強制わいせつ事件:5月に女子中学生を襲ってけがをさせたとして逮捕された男子高校生に対し、少年審判では自白が信用できないとして不処分決定。
  • 2005年 -
    • 世田谷ひき逃げ事件:犯人とされた人の友人が真犯人の物証を発見。2006年検察が無罪論告、無罪判決。
    • 奈良声かけ「脅迫」事件:路上で子ども連れの母親に、「子どもから目を離さないで」と注意した大学助教授が、母親の虚偽の供述により脅迫罪で逮捕された事件。2006年10月15日、一審で無罪判決。検察が控訴を断念し、無罪確定。
    • 大阪市北区放火2人死亡事件:2005年2人の男女が火災により死亡。この事件で検察は被告を逮捕するが1審・大阪地裁は自白に頼り物証を軽視したあしき捜査と批判して無罪判決。検察は控訴を断念して無罪確定。
    • 図書館前痴漢冤罪事件:2005年5月10日に福岡県門司区の図書館前で痴漢行為をしたとして逮捕された男性が一審では有罪判決も二審で逆転無罪判決。
    • 枚方談合事件:元副市長が枚方市の清掃工場建設工事をめぐって便宜を図ったとされた事件。二審無罪判決で確定。
  • 2006年 -
    • 女性タレント器物損壊冤罪事件:タレントの小桜セレナが、知人宅のドアを蹴破って侵入したと嘘の告訴をされ、逮捕された事件。一審では有罪判決が下されたが、二審の東京高裁は、検察の杜撰な立証を批判し、逆転無罪を言い渡した。
    • 阪急神戸本線痴漢冤罪事件:電車内での痴漢冤罪事件。一審で有罪判決を受けるも、二審大阪高裁は、人違いの可能性があるとして2007年5月25日に逆転無罪の判決を下した。
    • 東急田園都市線痴漢冤罪事件:電車内での痴漢冤罪事件。東京地裁は、人違いの可能性があるとして、2008年1月7日に無罪判決を下した。検察は控訴せず、無罪確定。
    • 防衛医大教授痴漢冤罪事件:東京都の小田急線成城学園前~下北沢駅間で防衛医大教授が痴漢をしたとして起訴された事件。一審・東京地裁、二審・東京高裁は有罪としたが、事実誤認の可能性があるとして初の最高裁での痴漢事件逆転無罪。初めて最高裁が痴漢事件の審理を慎重にやるようにと示した。
    • 千葉市中央区強姦事件:男性が千葉市内で強姦容疑で起訴されて一、二審で懲役4年の有罪判決も、異例の事実誤認を理由とした最高裁での逆転無罪判決。
  • 2007年 -
    • 2007年2月5日西武新宿線痴漢冤罪事件:2007年2月5日の朝に痴漢をしたとして男性が逮捕。一審で有罪になるも、二審で女性の供述に信用がないとして逆転無罪。後に確定。
    • 爪切り事件:2007年6月、看護士が爪を深くはがしたとして傷害事件に問われていたが、一審で有罪になるも、二審で自白調書の信用性に疑問を持ち無罪判決。検察は上告断念。
    • 携帯電話虚偽盗難届事件:少年が当時付き合っていた女性から携帯電話を盗まれたとして起訴された事件。少年の別れた途端にプレゼントされた携帯電話を盗まれたことにされたという主張を認め、非行事実なしの判決。
    • 知的障害者身柄確保死亡事件:2007年9月25日に知的障害を持つ男性が自転車で蛇行運転していたため警察官を含む5人に取り押さえられ死亡した事件。警察官1人が付審判決定により特別公務員暴行陵虐致傷罪に問われたが、佐賀地裁が2011年3月29日に無罪判決。検察官役の弁護士は控訴したが、2012年1月10日に福岡高裁は控訴を棄却した。2012年9月18日に上告棄却、無罪確定。
  • 2008年 -
    • 大阪市営地下鉄御堂筋線痴漢をしたとして現行犯逮捕された会社員男性に不起訴処分(痴漢冤罪)。“被害者”役の女と“目撃者”の甲南大学生の男がグルになって示談金をせしめる事を狙った誣告行為と判明、虚偽告訴罪で逮捕される。会社員の男性は現行犯逮捕されたとき「触っていない」と抗議したが、警察は現行犯逮捕。“被害者”役の女の自白により冤罪が判明する翌日夕方に釈放するまでの間、22時間留置し続けた。
    • 京都市左京区浄土寺馬町の女の事務員が虚偽の通報(暴行被害)を行い、アリバイを主張している男性を京都府警川端警察署の地域課員が現行犯逮捕した。後日、アリバイが成立し、女は虚偽報告で書類送検され、警察は再発防止をコメントした。
    • 奈良県天理市で、預かっていた乗用車を運転中の男性が、天理警察署に窃盗容疑で逮捕されたが、被害届は車両所有者の嘘だった。軽犯罪法違反(虚偽申告)で書類送検。
    • 三重県警が、ネット掲示板に殺害予告をしたとして男性を逮捕したが、後に、男性が職場に置き忘れた携帯電話を勝手に使ってアクセスしていた男が真犯人と判明。県警は誤認逮捕を認め、男性に陳謝した。
    • 枚方自宅介護殺人未遂事件(枚方冤罪事件): 自宅介護をしていた主婦が叔父を殺害しようとしたとして殺人未遂に問われた事件。一審で有罪判決も二審で逆転無罪判決。
    • 宮古島飲酒運転事故:2008年11月宮古島市平良の国道でバイクに乗っていた男子高校生が死亡した自動車事故。一審では懲役3年の実刑判決だったが、二審は事故当時車を運転していたのは被告の娘であるとして自動車運転過失致死罪を無罪、道路交通法違反(酒気帯び運転)で罰金30万円の判決が下され、確定。しかしその後、元被告自身が車を運転していたことが判明。
    • 4月3日に成田空港へMDMA約9万錠を小分けしてスーツケースの二重底に隠して密輸したとして起訴されたイスラエル国籍の男性に対し、千葉地裁は2011年8月29日、被告が厳格なユダヤ教徒であり、情報が制限された環境にいたため一般の常識が通用しない可能性があるとして無罪判決(求刑懲役15年、罰金500万円)。検察は控訴せず確定。
    • 舞鶴高1女子殺害事件:2008年5月に京都府舞鶴市で高校1年の女子生徒が殺害された事件。被告の男は無実を訴えるものの、一審では検察側の状況証拠の積み重ねにより無期懲役判決(求刑死刑)。目撃証言も不鮮明な点が多く、2012年12月に控訴審で逆転無罪判決。検察側は上告したが2014年7月棄却。
  • 2009年 -
    • 障害者郵便制度悪用事件:架空の障害者団体に割引郵便の適用対象となる団体認可を与えていたとされる事件で、厚生労働省雇用均等・児童家庭局長だった村木厚子を「指示を行った」として逮捕起訴したが、大阪地方裁判所は2010年9月10日に無罪判決を下し、最高検察庁が上訴権を放棄して確定した。障害者団体の元会長と発起人も無罪判決。判決確定後、大阪地方検察庁特捜部の組織ぐるみでの捏造の疑いが浮上している。主任検事が「証拠」として押収したフロッピーディスクの日付を改竄したとして、また当時の特捜部長・副部長が改竄を知りながら放置したとして逮捕され、うち一人は実刑が確定している。
    • 金沢窃盗映像誤認事件:2009年10月に窃盗罪で逮捕された男性が映像に写っている人物が別人として検察は無罪求刑して一審で無罪。検察は異例の控訴期限を待たずに控訴を取り下げをして確定。
    • 牧師卞在昌が2007年2月17日ごろに信者の女性に暴行したとして準強姦罪で逮捕されるも、弁護側はアリバイを主張して水戸地裁土浦支部が2011年5月20日に求刑7年に対して無罪を言い渡した。検察側の控訴断念により、無罪確定。
    • 東京都内少年連続ひったくり事件:2009年に東京都内で相次いだ引ったくり事件で、少年二人が強盗致傷、窃盗、詐欺の罪で逮捕された事件。主犯と見られていた少年に一審・東京地裁は2010年6月9日詐欺罪を無罪とし、強盗致傷罪は窃盗罪を適用して懲役3年保護観察つき執行猶予4年(求刑懲役7年)とする判決を言い渡した。検察は控訴を断念し、確定。
    • 成田チョコレート缶覚醒剤持ち込み事件:2009年11月1日に覚醒剤をマレーシア空港から成田空港に持ち込んだとして起訴。一審で裁判員裁判としては初となる全面無罪判決も、二審で逆転有罪。弁護側は上告した。その後2012年1月19日に最高裁第一小法廷(金築誠志裁判長)で弁論が開かれ、同年2月13日に二審判決を破棄し無罪を言い渡した。

2010年代[編集]

  • 2010年 -
    • 中国国際郵便覚醒剤密輸事件:2010年4月13日に香港から国際郵便で発送されてきた覚醒剤を受け取ったとして起訴されたが、2011年1月24日に一審で無罪判決。検察が控訴断念して裁判員裁判としては初となる全面無罪判決確定。
    • 大阪府貝塚市内の長屋放火したとして男性が逮捕されたが、男性の弁護人が、「知的障害があるのをいいことに、虚偽の自白調書を取られた」などと主張。大阪地方検察庁支部は、「有罪の立証が困難である」として、同年26日に当該の男性について起訴を取り消した。裁判員裁判で裁判員の理解を得ることが困難と判断した可能性も指摘されている[6]。その後2011年10月20日に大阪地裁堺支部は約407万円の刑事補償金の支払いを決定した。起訴取り消しでの刑事補償は異例。
  • 2011年 - 競艇選手痴漢冤罪事件:競艇選手森下祐丞婦人警官に対する痴漢容疑で現行犯逮捕され、起訴された。森下は一貫して「腕と腕が触れ合っただけ」と主張し、一審神戸地裁も「事実を曲げて証言している」と被害者警官の主張を退けて無罪判決を下し、その後無罪が確定した。
  • 2012年 - パソコン遠隔操作事件:2012年8月26日にアニメーション演出家の北村真咲がインターネット掲示板に犯罪予告の書き込みを行ったとして起訴された事件。そのパソコンがコンピュータウイルスに感染し、遠隔操作されていたことが解り、釈放されたことから発覚した。相当数の人間がなりすましの被害に合い、証拠不十分にもかかわらず誤認逮捕・起訴された。

日本において冤罪との主張のある事件[編集]

刑事事件で逮捕起訴され有罪が確定した犯罪者のうち、実際には真犯人ではなかったのではないと、被告人または受刑者本人が無罪を主張し、また世論でも冤罪の可能性を主張する声のある事件に関する一覧。再審が認められていないもの、すでに該当罪が廃止されているなどして免訴になったもの、係争中もしくは死刑執行により本人が死去した事件も含む。また、下記には死刑囚が死刑執行を遅らせる為に再審を請求している場合もあることを留意されたし。

旧刑事訴訟法下[編集]

  • 1908年 - 出歯亀事件:証拠は一時的な自白のみで、真相不明。
  • 1910年 - 大逆事件幸徳事件):一方的な裁判かつ唐突な死刑執行で、当時国際的に非難を浴びた。また、再審請求は一度棄却されたあと動きはない。なお、大逆罪は現在廃止されている。
  • 1923年 - 朴烈事件:朝鮮民族主義者の朴烈とその愛人金子文子が大逆罪で死刑判決を受けたが、後に無期懲役に減刑された。事件は朝鮮民族運動の弾圧を企図した日本の官憲と、民族の英雄として死ぬことを望んだ朴の思惑の合わさったものであるとの指摘がある。
  • 1926年 - 福岡連隊爆破事件:爆弾テロを企てたとして水平社指導者の松本治一郎ら11人が起訴され、うち10人に懲役3年6か月から3か月までの有罪判決。容疑者に対する拷問や、官憲による物証の捏造の疑いが指摘されている。
  • 1928年 - 山本老事件:広島県で起きた女性変死事件。尊属殺人で無期懲役を受ける。第三次再審請求棄却。1990年の再審請求の最高裁の判決で初めて旧刑事訴訟法下で起きた事件についての再審請求は刑訴応急措置法の適用を受けて最高裁への不服申し立ては憲法判断に限ると言う初判断を示した。
  • 1933年 - 日本共産党スパイ査問事件警視庁から潜入していた2人のスパイに対しリンチを加え死に至らしめたとして、共産党幹部の宮本顕治ら7人に有罪判決。宮本は、被害者は病死であると主張していた。
  • 1942年 - 横浜事件:検挙から63年後、再審開始。第一次・二次再審請求は棄却。2008年3月、第三次再審に対し最高裁で免訴が確定し、実体判断は示されなかった。2008年10月に決定した第四次再審についても2009年3月、横浜地方裁判所は最高裁の判例を引用する形で免訴の判断を下した。元被告側は控訴せず、免訴が確定した。2010年2月、横浜地裁は被告から請求のあった刑事補償の交付決定に際して、元被告が再審で実体判断を受けていれば無罪判決を受けたことは明らかであると認定し、事実上事件が冤罪であったことを認めた。
  • 1947年 -
    • 福岡事件:発生から29年後、被疑者2人に対し唐突な死刑執行と恩赦。執行された被疑者の遺族と、恩赦になった元被告、共犯者1名が第六次再審請求するも、全員病死したため2009年に請求棄却。共犯者1名の遺族が改めて再審請求するも、2009年11月に最高裁で棄却。
    • 矢野村強盗殺人事件:裁判で冤罪を主張するも認められず死刑執行となった。
  • 1948年 - 帝銀事件:被疑者は死刑確定後に獄死。遺族が再審請求中。養子も死亡したため継続する人がいないため終了する見込み
  • 1949年 -
    • 三鷹事件:無実を主張し、再審を請求したが獄死。2011年11月10日、獄死した元死刑囚の遺族が第二次再審請求を提出した。
    • 「暁に祈る」事件シベリア抑留の収容所におけるリンチに関し、指揮命令したとされる人物が逮捕監禁罪・遺棄致死罪で有罪となった事件。1979年に再審請求がおこなわれたが翌年に棄却され、その後元被告が死去。

新刑事訴訟法下[編集]

1950年代[編集]

  • 1950年 - 牟礼事件:再審請求を続けるも被疑者が死亡。
  • 1951年 - 藤本事件(菊池事件):ハンセン病患者に対する偏見のため、十分な裁判といえないと指摘あり。死刑執行。
  • 1952年 -
    • 白鳥事件:服役終了後、異議申し立てを行うが棄却。ただし、冤罪事件の再審において重要な「白鳥決定」の判断が生み出された。
    • 花巻事件:放火に関与したとして有罪。
    • 横川元代議士襲撃事件:日本共産党による資金目当てのテロ事件と認定されたが、共産党側は事件の捏造を主張している。
  • 1953年 - 竜門事件:被疑者のうち1人が服役中に再審請求を行うも棄却され、異議申立て中に死亡。
  • 1954年 - 三里塚事件:再審請求は棄却。仮出所後、被疑者死亡。
  • 1955年 - 丸正事件:服役終了後、再審請求を続けるも被疑者が死亡。元服役囚の弁護人2人が審理上告中に被害者の親族3人を真犯人として告発したが不起訴。逆に被害者親族3人から名誉毀損罪で提訴され、有罪判決を受けた。
  • 1958年 - 小松川事件:2人の女性を殺害したとして在日韓国人の少年が死刑判決を受けた。少年も罪を認め処刑されたが、物証の不足を理由に一部から冤罪との指摘がなされている。

1960年代[編集]

  • 1960年 - ホテル日本閣殺人事件:一審では被告の一人に殺人罪について無罪判決が言い渡されたが、二審で懲役10年の逆転有罪判決。
  • 1961年 - 名張毒ぶどう酒事件(名張事件):一審無罪も二審で死刑判決、最高裁で死刑判決が確定するも事件発生から44年目の2005年に再審開始決定。しかし翌年取り消し。2010年、特別抗告にて再審異議申立て審の決定(再審開始決定の取り消し)が取り消され、名古屋高等裁判所へ差し戻し。2012年に差し戻し審でも再び再審開始取り消し。最高裁に特別抗告するも2013年に特別抗告棄却。弁護団は第八次再審請求に踏み切る意向を示す[7]
  • 1962年 - 江津事件:再審請求を続けるも被疑者が死亡。
  • 1963年 -
    • 狭山事件:一審では被告人みずから有罪を認めて死刑判決を受けたが、二審で無罪主張に転じる。のち無期懲役判決が確定し、仮出所後も無罪を主張。2007年、第三次再審請求。
    • 波崎事件:再審請求を続けるも被疑者が死亡。
  • 1965年 - 新潟デザイナー誘拐殺人事件:三審すべてで有罪判決を受け死刑が確定したが、自分は従犯であり殺害行為にもかかわっていないと主張して再審を請求。しかし、その直後に被告人は拘置所内で自殺した。
  • 1966年 -
    • 袴田事件:死刑判決が確定するも無罪を主張。2008年4月、第二次再審請求。2014年3月27日、再審開始を決定。
    • 千葉大学腸チフス事件:一審無罪、二審で有罪。冤罪の可能性を指摘されているが、再審請求は行っていない。
  • 1967年 - 日産サニー事件:無罪を主張。1992年に再審開始決定も1995年取り消し。1999年、特別抗告棄却。

1970年代[編集]

  • 1971年 -
    • 三崎事件:死刑判決が確定した被疑者が再審請求中に死亡。遺族が再審請求を引き継いだ。
    • 渋谷暴動事件:主犯とされた男性は無罪を主張。2009年11月27日、第二次再審請求。2012年3月30日に棄却。即時抗告中。
  • 1972年 - 空知連続女性殺傷事件:死刑判決が確定した被疑者が再審請求中に死亡。
  • 1974年 -
    • 市原両親殺害事件:無罪を訴え、再審請求中。
    • 富山事件:1974年10月3日、品川区東大井で中核派が革マル派を襲撃し、一人が死亡した事件。一審は被告を犯人だとする目撃証言を警察による暗示・誘導があり信用できないとして無罪判決。しかし二審では懲役10年の逆転有罪判決が下され、最高裁で確定。再審請求中。
    • 別府3億円保険金殺人事件:容疑者は犯行を否認したまま死亡。
  • 1976年 - 北海道庁爆破事件:無罪を訴え、再審請求中。
  • 1977年 - 長崎雨宿り殺人事件:無罪を主張。第八次再審請求中に死刑が執行された。
  • 1979年 -
    • 野田事件:無罪を訴え、再審請求中。
    • 大崎事件:懲役10年の判決を受けた女性が、無罪を訴え出所後の1995年4月に再審請求。2002年に再審開始決定も、2004年に取り消し。2006年、特別抗告棄却。2010年8月30日、第二次再審請求。懲役8年の判決が確定した女性の元夫の遺族も、2011年8月30日に再審請求。
    • 熊本・主婦殺人事件:無罪を主張して、第三次再審請求中。

1980年代[編集]

  • 1980年 -
    • 宮代事件:被害者の家族が犯行を自白しており、冤罪の可能性が指摘されている。無罪を訴え、再審請求中。
    • 富山・長野連続女性誘拐殺人事件:容疑者として男女二名が逮捕されたが、男性については誘拐殺人にかかわっていないとして一審で無罪となり、二審で確定した。一方女性は最高裁で死刑が確定。女性は真犯人は別にいるとして再審請求を行っていたが、棄却。2011年に第二次再審請求を提出。
    • 田園調布資産家殺人事件:1989年の一審で懲役20年の判決を受け、その後有罪が確定。2007年に出所し、2011年に再審を請求した。
    • 富士見産婦人科病院事件:無資格の医療によって健康な臓器の摘出を行った容疑について、病院側は事件を捏造と主張したが、刑事訴訟と民事訴訟でともに敗訴した。
  • 1981年 -
  • 1982年 -
    • 大阪宝石商殺害事件:4度の再審請求も棄却。死刑執行。
    • 大阪市松林男児刺殺事件:一審で無罪判決も、二審で逆転有罪、最高裁で無期懲役確定。
    • 「無尽蔵」殺人事件:自白内容に矛盾が多い、物的証拠が発見されていない、被害者の遺体が発見されていない、犯行日以降に被害者に会ったという証言がある、といった疑問点が存在するが、有罪確定。
  • 1983年 - 杉並看護学生殺人事件:検察が主張する犯行態様と傷の状況や殺害状況と自白内容の矛盾点などが指摘されたが、無期懲役が確定。
  • 1984年 -
  • 1985年 -
    • 草加事件:無罪を訴え、保護処分取り消しを3度申し立てるが保護処分が終わっていて訴えの利益がないとして退けられる。遺族が損害賠償を求めて提訴した事実上の再審となる民事裁判にて無罪判決。事実上の冤罪事件。
    • 大阪連続バラバラ殺人事件:無実を訴え、再審請求中。
    • 松橋事件熊本県松橋町(現・宇城市)で知人を殺害したとして、懲役13年が確定。被疑者は「凶器の小刀に布を巻き付けて刺したが、布はその後燃やした」と自白したが、その布が地検に保管されていることが判明した。また布や小刀に被害者の血液が付着していない、傷の形状と小刀の形が合わないといった新鑑定が得られたため、2012年3月12日に再審請求。日本弁護士連合会が支援する再審事件である。
    • 撚糸工連事件民社党議員の横手文雄など9人が汚職の容疑で起訴された。横手は容疑を否認し、東京高裁での第一次控訴審でも他の被告人の証言の信用性が否定され、横手は逆転無罪判決を受けた。しかし最高裁は無罪判決を破棄差戻しし、1999年に横手の有罪が確定した。
  • 1988年 -
    • 福井女子中学生殺人事件(前川事件):一審の福井地方裁判所で無罪になるも、二審の名古屋高裁金沢支部で有罪、最高裁で懲役7年の判決が確定。2011年11月30日に名古屋高裁金沢支部は再審開始を決定した。しかし、2013年3月6日に名古屋高等裁判所本庁が再審開始取り消しの決定を言い渡した。
    • 星野事件1999年に有罪が確定。無実を訴えている。
    • 小田原連続強盗殺人事件:一審では二件中一件が無罪だったが、二審では二件とも有罪とされ、死刑判決が確定した。無実を訴え再審請求していたが被疑者が病死。
  • 1989年 -
    • 姫路スナック経営者殺害事件:4月7日に姫路市でスナック経営者の女性が殺害された事件。有罪が確定した男性は捜査段階では「店の布巾で首を絞めた」と容疑を認めたが、その後否認に転じた。最高裁で懲役7年が確定。凶器の布巾や遺体の状況などが自白した内容と矛盾しているなどとして、2012年12月21日に再審請求。
    • 東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件:「M君裁判を考える会」という宮崎勤の無実を訴える市民団体があり、冤罪説の立場からの本も出版されている。

1990年代[編集]

  • 1991年 - 浜松幼児変死事件:出所後に実名で記者会見し、東京高裁に再審を請求。
  • 1992年 -
    • 飯塚事件:逮捕時から一貫して無罪を主張。確定から2年後の2008年10月に死刑執行。1年後の2009年10月、遺族が再審請求。
    • 大阪愛犬家連続殺人事件:死刑判決を受けるも無実を訴え、再審請求中。
  • 1993年 -
    • 山形マット死事件:傷害および監禁致死の容疑で、死亡した生徒をいじめていた当時14歳の上級生3人を逮捕、当時13歳の同級生4人を補導した。事情聴取では犯行を認めていたがその後1人を除く6人の生徒が犯行自供を撤回し無罪を主張。上級生3人に対し、刑事訴訟における無罪に相当する非行なしを理由とする不処分の決定が出たり(高裁で覆る)、民事訴訟に対し山形地裁は「事件性は無い」として原告側の訴えを退けるなど(同じく高裁で覆る)、刑事・民事共に判断が二転三転した。被告側の冤罪を主張する人権派弁護士による大規模な弁護団も結成された。
    • 藤沢放火殺人事件:不起訴処分となった被告が遺族から民事訴訟を起こされ賠償が確定。一転検察は刑事告訴したが、一審は無罪となる。しかし、二審で懲役15年の逆転有罪判決。最高裁で確定。
  • 1994年 -
  • 1995年 -
    • 東住吉事件:冤罪を訴え、無期懲役判決を受けた男女2人が2009年に再審請求。2012年3月7日、再審開始決定。検察側即時抗告中。
    • 本庄保険金殺人事件:主犯者は共犯者の証言が捜査機関の誘導であるとして無実を訴え、再審請求中。
  • 1997年 -
    • 神戸連続児童殺傷事件:一部弁護士や市民団体から冤罪であるとの主張があるが、容疑者の少年はそれを否定している。
    • 長崎事件:痴漢冤罪として無罪を訴える。
    • ロザール事件:違法捜査が指摘されているが有罪判決。
    • 太州会内部抗争連続殺人事件:無実を訴え、再審請求中。
    • 京都日整学園女性理事長殺害事件:一審の京都地裁で無罪(求刑13年)になるも、二審で懲役12年の有罪判決。最高裁も上告を棄却して有罪判決。
    • 滝沢事件瀧澤孝に対して銃刀法違反(共同所持)の罪が問われたが、一審、二審と無罪判決。最高裁で一審に審理が差し戻されるが大阪地裁は3度目となる無罪判決を下す。検察は異例の3度目の控訴をして、現在大阪高裁で審理中。
  • 1998年 -
    • 和歌山毒物カレー事件 :状況証拠のみで死刑判決。無実を訴え、再審請求中。
    • 鈴木宗男事件:衆議院議員鈴木宗男を巡る汚職事件。本人は無罪を主張したが懲役2年の実刑判決が確定し国会議員を失職した。2012年11月29日、4件中2件について再審請求。

2000年代[編集]

  • 2000年 -
    • 筋弛緩剤点滴事件:状況証拠だけで目撃証言や物証が欠如した事件。筋弛緩剤が検出されたとする血液鑑定書は全ての血液が鑑定に使われ、再鑑定不可能になっている。最高裁で無期懲役が確定。2012年2月10日、再審請求。
    • KSD事件:財団法人「ケーエスデー中小企業経営者福祉事業団」の創立者古関忠男が、「ものつくり大学」設置を目指し、数々の政界工作を展開したとされる汚職事件。この中で、代表質問で取り上げる見返りに総額5,000万円の利益供与を受けたされる村上正邦については、村上が無罪を主張し、代表質問の原稿を書いた『月刊日本』主幹の南丘喜八郎も代表質問と5,000万円の関係を否定、5,000万円の供与も代表質問の半年以上後である。国策捜査の可能性が指摘されており、村上は、インタビューした魚住昭と共に捜査についての本を出版している。2008年3月、懲役2年2ヶ月追徴金約7280万円の実刑が確定。
    • 京急線痴漢事件:男性が京急線で痴漢をしたとして5月30日逮捕されて起訴、最高裁で実刑判決が確定した。しかし、男性は右手が動きづらい症状を抱えているなど冤罪を指摘する声がある。後に男性は「彼女は嘘をついている」という本を出版して無罪を訴えている。
    • ルーシー・ブラックマンさん事件:一審では証拠不十分として無罪判決。しかし二審では逆転有罪判決となり、2010年12月に無期懲役判決が確定。
    • 恵庭OL殺人事件:無実を訴えるも、懲役16年の有罪判決が確定した。
    • 手稲保険金殺人事件11月に保険金目的で建設会社役員の女性を殺害したとして、会社の実質経営者ら4人が起訴された事件。うち殺人ほう助に問われた2人について一審では「自白は捜査官からの誘導によって得られたとの疑いを払拭できない」として無罪判決(求刑懲役5年)。しかし二審では懲役3年執行猶予5年の有罪判決、最高裁で確定。なお、主犯の実質経営者は無期懲役、共犯の元社長は懲役18年がそれぞれ確定している。
  • 2001年 -
    • 御殿場事件:御殿場駅界隈で発生したと主張される“集団強姦未遂”事件。元少年4人に対し2005年の静岡地裁で懲役2年、2007年の東京高裁でも懲役1年6ヶ月と6ヶ月減軽されただけで無罪は確定しておらず、2009年の最高裁上告棄却で二審判決が確定した後服役し、翌年2010年に出所している。再審請求については検討されていないが、2011年に被害者の元少女に対する民事訴訟を起こしている。
    • 姫路郵便局強盗事件:姫路市の郵便局に黒人男性2人組の強盗が押し入り、現金2000万円余りを強奪した事件。逮捕された2人の外国人男性のうち1人は無罪を主張し、罪を認めたもう1人も共犯は別の人物であると主張したが、一審・二審では懲役6年の有罪判決、最高裁で確定。2009年1月17日に刑期を満了して出所。再審請求中、および退去強制処分取り消し訴訟裁判も継続中。日本弁護士連合会が支援する再審事件でもある[8]
  • 2002年 -
    • 豊川市男児連れ去り殺人事件:捜査段階での自白の信用性が争点となり、一審で無罪判決が下されたが、二審では有罪判決が下され、最高裁で確定した。再審請求を検討中。
    • 平野母子殺害事件(大阪母子殺害放火事件):この事件は大阪のマンションで主婦とその子供が殺害されたあとに放火された事件。この事件で逮捕された被告は一審で無期懲役、二審で死刑判決を受けるも、最高裁で被告を犯人とする決定的な証拠がないとして一審に審理差し戻しをした。差し戻し一審は2012年3月15日に無罪判決を言い渡した。検察側控訴中。
    • 沖縄県南城市未公開株詐欺事件:2002年4月~5月にかけて上場の見込みが薄い企業の未公開株購入を持ちかけ、3人から約4800万円を騙し取ったとされて投資会社社長が起訴された事件。検察は不起訴としたが、那覇検察審査会による起訴議決で強制起訴されていた。2012年3月14日に那覇地裁は1人に対する1200万円の取引については時効が成立するとして免訴、残り2人に対しては「被害者の誤解だった」として無罪判決(求刑:懲役7年)を言い渡した。強制起訴された被告への判決は初めて。検察官役の指定弁護士は控訴した。
  • 2003年 -
    • 湖東記念病院事件:2003年5月22日に滋賀県湖東町(現東近江市)の湖東記念病院で入院患者が人工呼吸器をはずされて殺害された事件。看護助手が逮捕され、捜査段階では罪を認めていたが、裁判では否認に転じた。最高裁で懲役12年が確定し服役中。2010年9月に行った第一次再審請求は、2011年8月24日特別抗告棄却。2012年9月28日に大津地裁へ第二次再審請求。
    • 福岡市「教師によるいじめ」事件:一審二審とも教師・学校・市側が敗訴。判決が確定した。
  • 2005年 -
    • 西武池袋線小林事件:電車内での痴漢事件。一審、二審ともに懲役1年6ヶ月の実刑判決を受け、2010年7月に上告棄却で確定。「目撃証言の犯人の服装と、被告人の服装が一致しない」「被告人の指は膠原病の障害で動かず、公訴事実のような痴漢行為はできない」など不審な点が多く、冤罪の疑いが強く指摘されている[9]。2011年2月14日、再審請求。なお被疑者は2012年1月に仮出所している。
    • 特急あずさ窃盗事件:特急あずさ内で女性の財布を盗んだとされる事件。一審の東京簡裁(浅見牧夫裁判官)は、被害者のでっち上げである可能性を指摘し、無罪判決を下すも、二審の植村立郎裁判長は懲役1年2ヶ月の実刑判決を下した。最高裁で確定。2012年11月27日、再審請求。
    • 宮崎市女性誘拐暴行事件:被害者は、犯人の二人がいずれも単髪・中髪の男だったと証言したが、逮捕された男は、事件から約10日後にドレッドヘアにしており、弁護士は、そのような短時間で髪の毛が伸びるはずがないと証言していたが、DNA鑑定の結果、被疑者と犯人の型が一致した。しかし、弁護側が、DNAの再鑑定をするべきだと主張したが、警察は犯人の精液のついた綿棒を被害者に返したため再鑑定ができず、結局懲役9年が確定した。しかし、裁判で被害者はそれを受け取っていないと主張している。[10]
    • 神戸市質店主強盗殺人事件:2005年10月に神戸市中央区の質店で経営者が殺害されて現金約1万円が奪われた事件。起訴された男性に対して一審神戸地裁は無罪を言い渡すも、二審で無期懲役の逆転有罪判決。2011年12月12日に最高裁は全員一致で上告を棄却し、確定。
    • 旧清川村強盗殺人事件:2005年3月に大分県旧清川村(現・豊後大野市清川町)で遺体が見つかった事件。検察は窃盗で服役していた男を起訴したが、一審は供述調書の信用性を否定。無罪判決を下した。検察は控訴した。2013年9月に福岡高裁で逆転有罪判決が言い渡され、被告人側は上告した。
  • 2006年 -
    • 高知白バイ衝突死事故:走行中の白バイに路外進入のスクールバスが追突したとされている事件。複数の目撃証言やバスに乗り合わせていた生徒たちの証言があったが、バスの運転手は有罪となった。警察による重要証拠物件の捏造が指摘されている。被告側再審請求中。
    • 福島県知事汚職事件福島県知事だった佐藤栄佐久談合に関与したとして起訴され、懲役2年執行猶予4年の有罪判決が確定。
  • 2007年 -
    • 東広島市女性暴行死事件:2007年5月、東広島駅の近くにある短期賃貸アパートの一室で、頭部や顔面を執拗に殴打された女性の遺体が発見された事件。女性の悩みの相談にのっていた探偵業を営む男性が殺害と窃盗の容疑で逮捕・起訴され、無罪を求めて最高裁まで争ったが、2011年8月に上告棄却され、状況証拠のみで懲役10年の判決が確定した(確定判決では殺意は認定されず、傷害致死罪が適用された)。凄惨な被害状況と裏腹に動機が特定されていない不可解さなどから冤罪の疑いが指摘されている上、警察が真犯人に結びつく証拠を隠蔽している可能性も指摘されている[11]。受刑者の男性は現在再審請求中。
    • 羽賀研二未公開株詐欺事件:一審は無罪判決だったが、二審では、被告側の証人である歯科医師が、被告の裁判を有利にするため、虚偽の証言をしたとして、逆転有罪判決。2013年3月に最高裁で、懲役6年の実刑判決が確定。
    • 大阪市西成区自室放火3人死亡事件:2007年、住人3人が死亡した火災で被告を放火罪で逮捕。自白の信用性に疑問を持ち一審大阪地裁は無罪としたが、二審大阪高裁は自白の信用性を認め懲役17年の有罪判決。最高裁で確定。
  • 2008年 -
    • 岩手17歳女性殺害事件:捜査に不鮮明な点があり、また、指名手配されている容疑者の父親が指名手配の差し止めと損害賠償を求める訴訟を起こしている。
    • 津川組相談役射殺事件:2008年9月10日に福岡県中間市で工藤会系暴力団幹部が射殺された事件。4人が逮捕されたが2人は不起訴。起訴された2人も福岡地裁小倉支部の2011年2月7日の判決で「携帯電話の電波状況から、犯行時間帯に現場付近にいたことは推認される」としたが、犯行を認めた捜査段階の調書について、供述内容が住民の証言などと矛盾しているとして「秘密の暴露がなく、(暴力団関係者の)だれかをかばって虚偽の自白をした可能性が高く、実行犯と認定できない」と指摘し、無罪判決(求刑無期懲役および懲役20年)。2012年9月21日の控訴審判決では、「共犯者をかばうために不自然な供述をしたが、射殺を認めた部分は信用できる」として一人に逆転有罪無期懲役。もう一人については検察側の控訴を棄却し無罪維持。
    • 大阪個室ビデオ店放火事件被告は「火はつけていない、火元は別の個室」と主張するも、2014年3月6日に上告棄却で死刑確定。
    • 鹿児島高齢夫婦殺害事件:一審の鹿児島地裁は、無罪判決。検察が死刑求刑した事件では裁判員裁判初となる無罪判決。検察側は控訴したが、2012年3月10日に被告が病死し、公訴棄却となった。
    • 米原汚水タンク殺人事件:2009年6月12日午前6時頃、滋賀県米原市の屎尿処理用タンク槽内から当時28歳の独身女性会社員の撲殺された死体が作業員によって発見された。彼女の交際相手だった既婚の男性上司(当時40歳)が殺人の容疑で逮捕・起訴されながら一貫して無実を訴えたが、2013年2月に最高裁に上告棄却され、懲役17年の判決が確定した。しかし、被害者は男性上司の車の横で頭部を鈍器で乱打されており、遺体の状況からすると犯人が返り血を相当量浴びている可能性がきわめて高いにも拘わらず、男性上司が犯行時に乗っていたとされる車の中から血液反応が一切検出されていないことなど、冤罪の疑いを抱かせる事実が多い[12]
    • NTT西日本社員強制わいせつ致傷事件:2009年8月にNTT西日本社員の男性が、取引先の女性を神戸市内のホテルに連れ込み性的暴行を加えてけがをさせたうえ、約6時間半監禁したとして起訴された事件。本人は合意の上だったとして無罪を主張。一審では自供書が警察官の誘導で作成された可能性が指摘されたが、求刑通り懲役4年の判決。二審ではホテルに無理やり連れ込まれたという被害者の証言について、「やや誇張して述べている可能性がある」と指摘。「ホテルから出られないほどの強制があったとはいえない」として監禁罪については無罪とし、懲役3年の実刑判決が言い渡された。一審が裁判員裁判だった事件での逆転無罪判決は一部も含めて初。なお、この事件では警察官1名が偽証罪で、この1名を含む3名が被害女性の上司に女性の供述通り証言するよう強く迫ったとして証人威迫罪で告発されている。
    • 葛飾区窃盗放火事件:一審は窃盗と住居侵入のみ有罪とし、放火は無罪としたが、二審は前科に対しての証拠採用を拒否したのは違法だとして一審判決を破棄、差し戻し。被告側は最高裁に上告し、最高裁は前科の証拠採用について「顕著な特徴があり、起訴事実と相当程度の類似が認められた場合にのみ許される」という初判断を示し高裁へ差し戻し。差し戻し控訴審で検察側控訴棄却。

2010年代[編集]

  • 2010年 - 8月、大阪市内で中国人男性がゴルフクラブで車をたたき、また「殺すぞ」と脅したとして2011年2月に器物損壊や脅迫を含む暴力行為等処罰法違反で起訴されたが、車に傷がなかったことが判明し、「被害者」が虚偽告訴罪・偽証罪で起訴された。そのため訴因から器物損壊がはずされ、脅迫についても2011年8月29日の判決で「被害者の証言は信用できない」として無罪判決が言い渡された。
  • 2011年 -
    • 広島お好み焼き店夫婦殺害事件:逮捕された容疑者は当初犯行を認めていたが裁判では「覚えてない」と主張し弁護側は無罪を主張する。(2014年現在上告中)
    • 山口県下関市6歳女児殺害事件:2011年11月、下関市のアパートの一室で母親が留守にしていた未明の時間帯、留守番をしていた3人の小さな子どものうち、保育園児の次女(第3子)が何者かに殺害された事件。母親の元交際相手である20代の男が殺人などの容疑で逮捕・起訴され、一貫して無実を訴え続けたが、2012年7月に山口地裁の裁判員裁判で懲役30年の判決を宣告された。現在は広島高裁に控訴中。現場室内からは多数の毛髪や指紋が検出されながら、被告人の男の毛髪や指紋は一切検出されておらず、一方で身元不明の第三者の毛髪や指紋はいくつも検出されていることなどから、冤罪の疑いが指摘されている[13]

日本において一部事実認定の誤りを主張して争っている事件[編集]

犯罪行為があったことを認めつつも、一部容疑に関して冤罪が主張されている事件や、犯行当時責任能力が一部もしくは完全になく、刑罰の違法性が指摘されている事件に関する一覧。また、下記には死刑囚が死刑執行を遅らせる為に再審を請求している場合もあることを留意されたし。

1950-70年代[編集]

1980-1990年代[編集]

日本以外の著名な冤罪事件また、事件発生地が日本以外の冤罪事件[編集]

以下は冤罪の疑いがあるものも含まれる

  • 1627年 - 魔女裁判再審事件ドイツケルンで魔術を駆使したとして火炙りになった女性カタリーナ・へノートに対し、発生から385年後の2012年2月に再審手続きが開始された。
  • 1831年? - ペールベイユ荘事件:この地域に失踪者が多かったこと。失踪者はペールベイユ山荘を最後に足取りが途絶えていることの2点を根拠に追い剥ぎ行為をしているとされ主人と妻と使用人が処刑される。以前からペールベイユ荘での殺人が噂されていたこともあり1831年10月12日に失踪者がでたことで確信に変わり逮捕・処刑にいたった。ただし証拠などはなく殺害を目撃をしたという目撃証言も信憑性にかけているため冤罪の可能性がある。
  • 1873年 - 楊乃武と小白菜:夫をヒ素で毒殺したとされた妻とその愛人が死刑を宣告された。しかし、後に夫は病死であったと認められた。
  • 1885年 - ピムリコの謎:夫をクロロホルムで毒殺したとして妻が起訴されたが、無罪となる。
  • 1886年 - ヘイマーケット事件:警察による労働者射殺事件の抗議中に、爆発物を投擲し十数名を殺害したとして、9人のアナキストが逮捕・起訴された。うち4人が処刑され、3人に懲役刑が下った。しかし、事件から6年後にイリノイ州知事が被告人全員の無罪を宣言した。
  • 1889年 - フローレンス・メイブリック事件:夫をヒ素で毒殺したとして妻が死刑判決を受けた。その後終身刑に減刑され、14年後に釈放された。
  • 1892年 - リジー・ボーデン事件:両親を斧で殺害したとして娘が起訴されたが、物証の不足を理由として無罪判決を受けた。
  • 1894年 - ドレフュス事件:発生から12年後に再審で無罪判決。ユダヤ人差別が冤罪に大きな要因であることが判明する。
  • 1908年 - オスカー・スレイター事件:ユダヤ系ドイツ人の被告が死刑判決を受けるも、終身刑に減刑され18年間服役。発生から19年後に特別法による控訴審で無罪判決。
  • 1913年 - レオ・フランク事件:ユダヤ人である被告にたいしての地元の偏見が強く陪審員裁判の公正性が最初から疑われていた。発生から2年後に州知事が裁判に著しい問題があるとして知事の権限で死刑判決を終身刑に。これに激怒した地元の民衆が刑務所を襲撃。刑務所から誘拐された後に暴徒に殺害される。1982年に当時少年であった地元の男性が別人の犯行を目撃していたと証言。地元での村八分を恐れた両親から絶対に他言無用と口止めを受けてこれまでこの事実を隠していたが死期間近になり良心の呵責に悩むことなく死を迎えることが告白の動機であると証言する。これにより法廷による無実確認の申請書が提出されるがすでに過去の捜査記録が紛失しているため無実の証明不可能との判断が下される。1986年3月11日、ジョージア州はレオ・フランクを特赦とした。
  • 1916年 - ムーニー事件:デモ中に爆弾によって数十人を死傷させたとして、2人の労働運動家が死刑と無期懲役の判決を受ける。しかし、事件から23年後にカリフォルニア州知事が、有罪判決はすべて偽証に基くものであったと宣言し、死刑判決を受けていた被告人が無条件で釈放された。余罪のあったもう1人の刑期も短縮された。
  • 1919年1920年 - サッコ・バンゼッティ事件:死刑執行から50年後、裁判の不公正が認定。ただし真相は不明。
  • 1931年 - ウォーレス事件:妻を殺害したとして夫が逮捕され死刑が宣告されるが控訴審では証拠不十分で無罪になる。
  • 1932年 - リンドバーグ愛児誘拐事件:無罪を主張するが、処刑された。
  • 1941年 - ルーマニアのソ連侵攻:1941年6月ソ連からベッサラビアブコビナを奪還しようとナチスと協力してソ連に侵攻したとして1946年の共産党人民裁判で有罪判決を受けていたイオン・アントネスクら21人に2006年12月、ブカレスト控訴裁判所が無罪判決。
  • 1942年 -
    • ユダヤ人大量虐殺事件:第2次世界大戦中に起きたセルビアノビサドで、セルビア人やユダヤ人が1000人以上虐殺された事件に関与した罪で起訴されていた97歳の元将校シャーンドル・ケピロに対し、ハンガリーブダペストの裁判所が2011年7月18日、無罪判決。この裁判はナチス戦犯の罪を糾弾するユダヤ系の団体のサイモン・ウィーゼンタール・センターがナチス戦犯の最後の裁判の一つと位置づけていた。検察が控訴するも被告人は裁判中に死亡した[14]
    • ジョン・デミャニュク裁判:ウクライナ人の元赤軍兵士が、ドイツ軍の捕虜となった際にその手先となって収容所で残虐行為を働いたとして、1986年にイスラエルで起訴された。この裁判では容疑者は別人であるとされ釈放されたが、2001年には他の収容所での残虐行為を理由にアメリカで起訴され、ドイツへ送還された。ドイツでの裁判では有罪判決を受けたが、被告人の死後に判決は無効化された。
  • 1943年1945年 - 川北対合衆国事件:第二次世界大戦中、日本兵として連合国軍捕虜を虐待したとして、日本とアメリカの二重国籍者がアメリカ合衆国で国家反逆罪による死刑判決を受けた。後に被告人は恩赦されたが、そもそも捕虜虐待の容疑自体が捏造であったとの見方も存在する。
  • 1946年1956年 - アダムズ医師事件:受け持った患者160人以上が不審死し、そのうち2人の殺害に関して起訴されたイギリスの医師について、1件は無罪となり、残る1件も訴訟は取り下げられた。ただし、詐欺などの余罪については有罪判決が下されている。
  • 1949年 - エヴァンス事件:妻と娘を殺害したとして夫が告訴される。無実を訴える中で検察側の重要な証人で同じアパートの別の同居人が真の犯人と主張するも有罪となり死刑が執行される。ところが死刑執行の数年後に同じアパートから複数の遺体が発見され前述の同居人が最低でも十人以上の女性を殺害した連続殺人犯であることが判明。エヴァンスの妻の殺人も自供。しかし、検察側は誤判を認めず未だに裁判所で誤判の判決は出ていない。1966年に国王の恩赦をうけるが2011年の現在でもいまだに裁判所は有罪の判決を覆していない。裁判所は2004年に被告が犯人である可能性は低いことを認めながらも再審にかかる費用がかかりすぎるため再審を拒否するとの内容。無実の夫が死刑に処されるという悲惨さとともに誤判を認めない検察および司法に対する不信感により議会が死刑の一時中止を1966年に決定。後のイギリスの死刑制度の完全廃止につながる。
  • 1950年 -
    • ローゼンバーグ事件:「原爆スパイ」として夫妻が死刑執行された。夫はスパイ行為を働いていたことが後に確認された。妻については夫のスパイ行為を認識していたことは明らかであるが、本人がどの程度スパイ行為に関っていたかについてははっきりしておらず、無実ではないにしても、死刑は重すぎたのではないかとの主張も存在する。同容疑で有罪になった親戚が親戚の告訴を避けるために架空の自白をして妻の罪を重くしたことを関係者が2001年に告白。
    • 毛沢東暗殺陰謀事件:日本人とイタリア人を含めた7人の容疑者が、アメリカの命を受けて毛沢東の暗殺を試みたとして処刑された。事件には中国当局による捏造の疑いが指摘されている。
  • 1954年 - シェパード夫人殺害事件:映画化もされたTVドラマ『逃亡者』のモデルとなった事件。サム・シェパード医師の死後、DNA鑑定により正式に無罪と認定。(en:Sam Sheppard
  • 1955年 - バートン・アボット事件:状況証拠のみで有罪となり、死刑判決。当時から冤罪を疑われ、何度も死刑執行が延期されたが、結局執行。最後の執行延期命令は死刑執行数分後に発令された。(en:Burton Abbott
  • 1956年 - 進歩党事件:死刑執行から51年経った2011年1月20日に無罪判決。
  • 1960年 - ボドム湖殺人事件:キャンプ中の4人の若者が襲撃され3人が死亡した事件について、45年後に事件の生存者が他の3人を殺害していたとして逮捕、起訴された。しかし、翌年に生存者に対する嫌疑はすべて取り下げられた。
  • 1963年 - ケネディ大統領暗殺事件リー・ハーヴェイ・オズワルドによる単独犯行と結論付けられているがオズワルドは犯人に仕立て上げられたという説がある。オズワルドは2日後にダラス警察の地下駐車場で郡刑務所へ移送される車に乗る直前にジャック・ルビーによって銃撃され死亡した。
  • 1965年1986年 - フェルディナンド・マルコス(第10代フィリピン共和国大統領)夫人のイメルダが、マルコス政権下のフィリピン政府の公金で違法蓄財を使ったとされて米国亡命した際に起訴された事件。マルコス元大統領本人は亡命先のハワイにて病死したため、夫人のみが起訴されたが、どういう経緯で入手したお金か知らなかったと主張して1990年7月2日にニューヨーク市のマンハッタンの米連邦地裁で無罪判決。
  • 1966年 - ルービン・カーター事件:発生から19年後に無罪判決。
  • 1969年 - フォンターナ広場爆破事件:イタリア出身で日本国籍を取得した実業家のデルフォ・ゾルジに対し、ミラノ地裁は2001年6月に終身刑の判決を下したが、2004年3月12日ミラノ高裁でほかに起訴された二人とともに逆転無罪判決。イタリア最高裁は2005年5月3日に二審判決を支持し三人の無罪が確定。
  • 1970年 - ジェフリー・マクドナルド事件:陸軍の特殊部隊グリーン・ベレー在籍の医師ジェフリー・マクドナルドの妻と子供が惨殺された事件。医師のマクドナルドの自作自演の犯行と疑われ告訴されるが証拠不十分で軍の審問では無罪となる。しかしその後妻方の親族が異議を唱え再び裁判になり終身刑が宣告される。現在再審を争っている。
  • 1973年 - マイケル・パルデュー事件:アメリカにおいて3件の殺人事件で3度にわたる終身刑(当時は死刑制度が廃止されていた時期だったが死刑制度があったならこの時点で死刑判決を受けて執行されていた可能性が高い)を受けるも、1997年に違法捜査、違法裁判が指摘され、また矛盾する証拠の数々で無罪判決を得る。しかし、冤罪がなければ起こり得なかったはずの服役中の3度の脱獄などにより殺人に関する無罪を獲得したにも関わらず三振法(スリー・ストライク法)を適用されて再び仮釈放なしの終身刑判決。これに対して釈放を求める声が高まり、逮捕されてから28年後の2001年に2006年まで仮釈放扱いとする条件で釈放。アメリカの貧困層と富裕層における裁判格差、三振法について議論を呼んだ事件。
  • 1974年 -
    • バーミンガム・パブ爆破事件:イギリスで起きた爆破テロ事件で発生から17年後に終身刑を言い渡された6人全員に無罪判決。調書改ざんなどが裁判の過程で明らかになった。イギリス最大級の冤罪事件。冤罪判明後、真相を解明しようという機運が高まるも未解決。
    • ロッジャ広場爆破事件:イタリアのロンバルディア州ブレシアで8人が死亡、102人が負傷した爆破事件。一審は2010年11月16日に証拠不十分として全員無罪。
  • 1975年 -
  • 1978年 -
    • ブリッジウォーター殺人事件:イギリスで新聞少年を殺害したとして4人が有罪となった。ブリッジウォーター・フォーと呼ばれた4人は無実を訴え、1997年に原判決が覆ったが、それまでにひとりは獄中死した。
    • クリスチャン少年殺害事件:6歳の少年に対する強姦殺人事件について、被告人は第二級殺人罪で終身刑を下されて服役した。しかし4年後に事件は連続殺人犯チャールズ・ハッチャーによるものであったことが発覚し、元被告人は釈放された。
  • 1981年 - ムミア・アブ=ジャマール事件:アメリカ合衆国フィラデルフィアで白人警官が射殺され、元ブラックパンサー党員が死刑判決を受ける。2001年に死刑判決は破棄されたが、有罪判決は維持されている。
  • 1982年 - クラウス・フォン・ビューロー事件:妻にインスリンを過剰投与して殺害したとして、夫が一審で懲役30年の有罪判決。その後、1985年の再審で無罪判決。
  • 1983年 -
    • マクマーティン保育園裁判:アメリカ合衆国カリフォルニア州の保育園で、園児らが相次いで性的虐待を受けたと保護者などに告白。保育園の経営者ら6人が逮捕されるも、園児らの証言には矛盾や妄想などが多く含まれるとして裁判ですべて退けられた。1990年に被告人ら全員に無罪判決。
    • デヴィッド・ヘンドリックス事件:一家4人が惨殺された事件。夫のデヴィッド・ヘンドリックスが犯人として逮捕され終身刑が宣告されるが再審で無罪を勝ち取った。
  • 1985年 - イル・モストロ事件:1993年に農夫の男性が容疑者として逮捕されたが、犯行を否認したまま1998年2月22日に73歳で心臓発作により死去した。
  • 1989年 -
    • チャールズ・スチュアート事件:犯人(白人)が保険金目的で自分の妻を殺害後、黒人に罪を着せたが、犯行が露見し自殺した。
    • トロイ・デービス事件:アメリカ合衆国ジョージア州で1989年に白人警官を殺害したとして黒人男性が起訴された事件。物的証拠がなかったものの1991年に死刑判決が確定。確定後も一貫して無罪を主張して、目撃者の証言が変化するなどしたものの、再審棄却が決定。国内外の批判がある中で2011年9月21日に死刑が執行された[15]
  • 1991年 - テキサス州3児放火殺人事件:父親は12年にわたり無罪を主張し続けたが2004年に死刑を執行された。2009年、放火ではなく失火による死亡との疑いが浮上している。
  • 1992年 -
  • 1993年 -
    • ウェスト・メンフィス殺人事件:8歳の男児3人が惨殺された事件について、悪魔崇拝に関与しているとされた10代の少年3人、通称ウェスト・メンフィス3が死刑と終身刑の判決を受けた。少年らは無実を主張していたが、司法取引によって有罪を認め執行猶予となる。
    • マイケル・ジャクソン性的虐待疑惑:13歳の少年に対する性的虐待疑惑について、歌手のマイケル・ジャクソンは容疑を否定していたが、翌年におよそ1500万ドルを示談金として和解。
  • 1994年 -
    • O・J・シンプソン事件:刑事裁判では無罪判決だが、民事裁判では犯罪行為を認定。
    • 藤田小女姫殺害事件:ハワイで起きた著名な占い師の藤田小女姫が殺害された事件。本人は脅されて仕方なく遺体の運搬をしただけと殺害を否定するも仮釈放有りの終身刑判決。陰謀説が囁かれ、裁判過程で別の主犯格の存在が指摘された。
  • 1996年 - ジョンベネ殺害事件:被害者の家族が疑われたり、元教師が逮捕されたりしたものの、いずれもDNA鑑定で犯人のDNAと一致しなかった。
  • 2000年 - ウトロー事件:フランスで集団による児童性的虐待があったとされた。発生から5年後に無罪を訴えていた13人に無罪判決(うち1人は無罪判決が出る前に拘置所内で自殺)。重大な権限の集中する予審判事の暴走が招いた冤罪事件と言われ、予審制度の是非にまで議論が発展した。
  • 2002年 - エリック・オード事件:俳優のエリック・オードイスラマバード国際空港アヘンの密輸を試みたとして逮捕された。オードは懲役7年の有罪判決を受けたが、服役から2年10か月後に釈放された。
  • 2003年 - マイケル・ジャクソン裁判:証拠不十分で無罪判決。
  • 2004年 -
  • 2007年 - ペルージャ英国人留学生殺害事件イタリアペルージャで起きた英国人留学生殺害事件。この事件で懲役16年の有罪判決を受けたコートジボワール人の麻薬密売人と共に殺害に関わったとして被害者の元ルームメートとその元交際相手が起訴され一審有罪判決も二審で逆転無罪判決。[16]
  • 2008年 - タイのタクシン元首相の元妻、ポチャマンが親族会社の株式譲渡で5億4600万バーツを脱税したとした事件:禁錮三年の有罪判決を一審で受けるも、二審のタイの高等裁判所は実刑判決を破棄して無罪を言い渡した。
  • 2010年 - 元IMF専務理事ドミニク・ストロス=カーンが宿泊先ホテルの女性従業員に対して性的暴行を加えたとされた事件:逮捕されるも女性の供述に疑問が生じて不起訴処分になる。

日本において最高裁が事実誤認の可能性を指摘して下級審に差し戻した事件[編集]

最高裁が事実誤認の可能性を指摘して下級審に差し戻した事件には次の事例がある。

  • 幸浦事件:一審、二審で被告三人に死刑判決、一人に懲役刑の有罪判決も、最高裁が二審に差し戻し。その後、二審、最高裁で無罪判決。
  • 二俣事件:一審、二審で死刑判決が下るも最高裁が一審に差し戻し。その後、一審、二審で無罪判決を受け確定。
  • 小島事件:一審、二審で無期懲役判決を受けるも、最高裁が二審に差し戻し、無罪判決。
  • 八海事件:被告の一人は三度の死刑判決を受けるも最高裁が二度の差し戻しの末、最高裁が無罪判決。
  • 仁保事件:一審、二審で死刑判決も最高裁が二審に差し戻し、無罪判決。
  • 名張毒ぶどう酒事件:一審無罪、二審で死刑判決、最高裁で確定も、再審請求審で最高裁が二審の再審開始決定の取り消しを取り消した。
  • 鹿児島夫婦殺し事件:一審、二審で懲役十二年の有罪判決も最高裁が二審に差し戻して無罪判決。
  • 山中事件:主犯とされた男性に一審、二審で死刑判決も、最高裁が差し戻し、殺人について無罪判決。
  • 平野母子殺害事件:一審で無期懲役、二審で死刑判決をうけるも最高裁が差し戻し、差し戻し一審で無罪判決。

注釈・引用[編集]

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  1. ^ 『警察官僚 完全版―知られざる権力機構の解剖』神一行
  2. ^ 『冤罪File 2008年9月号』キューブリック
  3. ^ 読売新聞大阪社会部『警察官ネコババ事件―おなかの赤ちゃんが助けてくれた』(講談社文庫)
  4. ^ 清水潔の文芸春秋での記事、下野新聞バンキシャ等の事件関連報道や記事
  5. ^ 2003年2月の『ザ・スクープ』の冒頭で取り上げられている
  6. ^ 大阪地検:「立証困難」男性の起訴取り消し 裁判員裁判考慮か 毎日新聞 2010年11月27日[リンク切れ]
  7. ^ 名張毒ぶどう酒事件:弁護団、第8次再審請求へ 毎日新聞 2013年10月18日閲覧
  8. ^ 弁護士白書2013年版
  9. ^ 『冤罪File 2008年9月号』キューブリック
  10. ^ [1]
  11. ^ 『冤罪File 2010年10月号』宙出版
  12. ^ 冤罪File No.12◆【米原汚水槽女性殺害事件】本当にカレが彼女を汚水槽に投げこんだのか?
  13. ^ 冤罪File No.17◆「下関市彦島女児殺害事件」真犯人がほくそ笑む!? 裁判員裁判で懲役30年の不当判決!
  14. ^ “ナチ大物戦犯被告が死去 97歳のハンガリー元大尉”. 産経新聞. (2011年9月4日). http://sankei.jp.msn.com/world/news/110904/erp11090413320001-n1.htm 2011年10月4日閲覧。 [リンク切れ]
  15. ^ “米国:有名死刑囚に刑執行 一貫し冤罪訴え、国内外で批判”. 毎日新聞. (2011年9月22日). オリジナル2011年9月25日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/20110925062527/mainichi.jp/select/world/news/20110923k0000m030018000c.html 2011年9月24日閲覧。 [リンク切れ]
  16. ^ “イタリアの英女子留学生殺害事件、元ルームメートらに逆転無罪”. ロイター. (2011年10月4日). http://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPJAPAN-23466520111004 2011年10月5日閲覧。 

関連項目[編集]