内灘町

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うちなだまち
内灘町
日本の旗 日本
地方 中部地方北陸地方
都道府県 石川県
河北郡
団体コード 17365-7
面積 20.38km²
総人口 27,026
推計人口、2012年2月1日)
人口密度 1,330人/km²
隣接自治体 金沢市かほく市津幡町
町の木 クロマツ
町の花 ハマナス
町の鳥 チュウヒ
内灘町役場
所在地 920-0292
石川県河北郡内灘町字大学1丁目2番地1
内灘町役場
外部リンク 内灘町

内灘町位置図(石川県)

― 市 / ― 町
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内灘町(うちなだまち)は、石川県の中西部に位置する河北郡に所属しており、隣接する金沢市ベッドタウンとなっている。

目次

[編集] 地理

西に日本海、南に金沢市、東に津幡町、北にかほく市に囲まれている。

町域のほとんどが砂丘である。河北潟、大野川などがある。日本海側には防風のため、松やニセアカシアが植えられている。内灘海岸は夏に金沢からの海水浴客で賑わう。

東西の距離2.9km、南北の距離9.0kmの広袤(こうぼう)を持つ。最高海抜高度58.51m。

[編集] 隣接している自治体

[編集] 歴史

町内にある小濱神社黒津船権現)は約1300年の歴史をもつ。

戦前は遠洋漁業が盛んであった。

戦後、1952年から砂丘地の大部分が米軍に接収され米軍砲弾試射場が建設された。ここで、反基地運動の先駆けとなる内灘闘争が起こった。1957年に米軍は撤収した。この間に試射場の補償事業として公共施設や道路が建設された。

そして砂丘が開墾され、河北潟の干拓がすすみ、現在は金沢近郊の住宅地となっている。

[編集] 略年表

[編集] 人口

Demography17365.svg
内灘町と全国の年齢別人口分布(2005年) 内灘町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 内灘町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
内灘町(に該当する地域)の人口の推移
1970年 10,890人
1975年 16,870人
1980年 20,814人
1985年 23,032人
1990年 24,688人
1995年 26,367人
2000年 26,560人
2005年 26,896人
2010年 26,933人
総務省統計局 / 国勢調査

[編集] 経済

[編集] 産業

[編集] 産業別人口 (2000年)

  • 第1次産業人口 159人
  • 第2次産業人口 4,511人
  • 第3次産業人口 9,082人

[編集] 姉妹都市・提携都市

日本の旗 羽幌町北海道
中華人民共和国の旗 呉江市(中国)、提携1993年10月7日

[編集] 地域

[編集] 公共機関

[編集] 警察

[編集] 消防

[編集] 郵便局

普通郵便局
  • 内灘郵便局
  • 鶴ヶ丘郵便局
  • 内灘向陽台郵便局
簡易郵便局

[編集] 医療

金沢医科大学病院

[編集] 教育

  • 内灘町立大根布小学校
  • 内灘町立鶴ヶ丘小学校
  • 内灘町立清湖小学校
  • 内灘町立西荒屋小学校
  • 内灘町立向粟崎小学校
  • 内灘町立内灘中学校
  • 石川県立内灘高校
  • 石川県立児童生活指導センター
  • 金沢医科大学
  • 金沢医科大付属看護専門学校
  • 誠美幼稚園

[編集] 交通

[編集] 鉄道路線

[編集] 道路

都道府県道
道の駅

[編集] 路線バス

[編集] マスメディア

新聞
ケーブルテレビ

[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

サンセットブリッジ内灘
5月4日に開催。内灘海岸にて行われ、非常に様々な凧が揚げられる、世界規模の凧の祭典。地元の学校が製作した大凧の掲揚などでは、単なる掲揚にとどまらず、安定性や上がった高さ、デザインなどの観点から、順位が決められ、表彰されるなど、凧の町内灘を象徴する祭りである。このほかにも内灘町では、凧に関する様々な催しが開かれる。
7月下旬に開催。町総合グラウンドに特設ステージが建てられ、歌や踊りの披露、盆踊りなど、様々な催しが行われ、9時からは花火大会も開催される。小濱神社秋期祭礼の連合会による獅子舞実演や、隠し芸大会なども開催された。

[編集] 内灘町を舞台とした作品

[編集] 出身人物

[編集] 外部リンク

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