六月蜂起

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スフロ通りのバリケード描画(背後にパンテオン)、1848年6月パリ。オラース・ヴェルネー英語版画。

六月蜂起(ろくがつほうき、フランス語: les journées de Juin)は、1848年6月23日から6月25日のフランス労働者による暴動である。第二共和政失業者に仕事を与えるために創設した国立作業場の閉鎖後に起きた。ルイ=ウジェーヌ・カヴェニャック将軍による鎮圧で、1,500人が殺害され15,000人の政治犯がアルジェリアに追放された。その後カヴェニャック将軍が行政権の長に指名され、ルイ・ブランはその政府から司法による迫害を受けた。このことは「民主的社会的な共和制」(République démocratique et sociale)の望みの終焉と、急進的共和主義者Radical Republicans)に対する自由主義者の勝利を示した。

経緯[編集]

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脚注[編集]

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