公野勉

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公野 勉(くの つとむ、1967年8月1日 - )は事業家・映画プロデューサーである。また、2005年から2008年度まで東京大学大学院情報学環において「映画産業論」の特任准教授2010年現在、日本大学講師と文京学院大学特任教授。山口県生まれ。

目次

[編集] プロフィール

SFX映像とキャラクタービジネスの老舗円谷プロダクションにおいて、ウルトラマン等のマーチャンダイジング映像を中心に、特撮テレビコンテンツの製作・事業運営に従事し、版権利用を事業の特徴とする実業家。映画プロデューサー。

映画プロデューサーとして、配給会社ギャガ・コミュニケーションズの製作・配給部門に在籍時代、製作作品の全国配給・単館配給のロードショー事業を行い、流通と製造の両面を管掌した。

当時、同系資本であった日活ギャガより転籍した後、配給・製作部門の取締役に就任。同社が撤退して久しかった全国配給機能を新設、全国公開作品群の開発と整備を行った。市場規模と配給規模の事前算出による製作費原価を設定するという、クリエイティブ先行ではない、市場逆算型のコンテンツ製作を旨としている。[要出典]また後進育成のために2005年から2008年度まで東京大学大学院情報学環において「映画産業論」の特任准教授として講義を行っていたほか、現在も日本大学で「メディア制作論」、文京学院大学で「コンテンツプロデュース論」他の教鞭を取っている。

[編集] 略歴


[編集] 特徴

公野には映画事業者として大きく4つの特徴がある。

  1. 鮫肌男と桃尻女』のような渋谷系エッジ・ムービーから、CGムーピー、アニメーション作品、または『レディ・ジョーカー』のような文芸作品等、単館作品から全国公開作品まで、幅広く手掛けるオールラウンドプレイヤーであるのが第1の特徴である[要出典]
  2. もともと円谷プロダクションのようなキャラクター系映像製作を出自としているために、特撮キャラクター作品への志向が強いと言われるが、むしろ円谷時代に培った特撮技術を持ち込んだ映画製作技法が公野の第2の特徴と言える。[要出典]紅色の夢』『infinity∞波の上の甲虫』『Soundtrack』『真夜中に交わした約束』『NOEL』『八月のかりゆし』などは、通来の邦画の作風とは赴きを異にして、伝統的な特撮や先端デジタル技法を用いた作風が目立つ(現在では普通に使用されている HD-camによる全編撮影は彼の作品が世界初となる [1]。またデジタル上映機(DLP)による日本初の商業上映は公野の作品によって行われている)[2][3]ただこれは技術に偏ると言うことではなく、むしろ特撮やデジタル技法を駆使することにより、映画が本来的に持つテーマや演出の効果的なパフォーマンスを狙ったのであり、さらに技術的話題を創出することによって効果的な宣伝展開を目論んだものである。[要出典]
  3. そして第3の特徴として、公野がプログラム・ピクチャー(商業計画的作品製作)を標榜する映画製作者である点。公野は円谷プロダクション時代、マーチャンダイジング事業による安定的な製作体制を体感していたために、(1)独自制作ラインの開発・整備、(2)キャラクター作品、という2点への拘りが強い。それはこの2点の制作モードこそが安定的な製作事業の源泉となると捉えているためと考えられる。独立系製作現場での経済的困窮を長年経験してきたこともあり、そのプロデュース・スタイルはすべての事業責任(つまり経済的責任)をプロデューサーが負う代りに、監督に対してその資本的要望を強く提案するタイプであるが、一度組んだスタッフはその後も公野と組むケースが多い。[要出典]
  4. 一方で新人クリエイターの育成に腐心しており、常に新人クリエイターに商業作品へ参加させることを志向している。これが公野の第4の特徴と言える。またこの特徴の発展的ケースとして、公野は東京大学大学院において、「映画産業論」の講義を行い(2005年~2008年度)現在も日本大学文京学院大学において講師を務めている。[要出典]

[編集] 製作・製作参加作品(一部)

[編集] 脚注

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