公正発展党

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トルコの旗 トルコの政党
公正発展党
Adalet ve Kalkınma Partisi
党首 アフメト・ダウトオール
成立年月日 2001年8月14日
トルコ大国民議会議席数
312[1] / 550
政治的思想・立場 保守主義
経済自由主義
国際組織 欧州保守改革同盟[2]
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党支部の看板
電球のマークは党のシンボル

公正発展党(こうせいはってんとう、トルコ語Adalet ve Kalkınma Partisi, AK Parti, AKP)は、トルコ政党中道右派を標榜し、経済政策では欧州連合 (EU) 加盟や自由市場を目標とする保守政党であるが、イスラーム主義系政党福祉党、およびその後継政党である美徳党を前身としており、所属議員のイスラーム主義色が強く、トルコ内外からイスラーム主義政党であるとみられている。

沿革[編集]

公正発展党の前身は、1997年に非合法化されたイスラーム主義系政党福祉党、およびその後継政党である美徳党である。

2001年6月22日美徳党の解党を受け、前イスタンブル市長のレジェップ・タイイップ・エルドアンアブドゥッラー・ギュルビュレント・アルンチュら美徳党の若手活動家らを中心に、公正発展党が旗揚げされた。なお、このとき元福祉党党首ネジメッティン・エルバカンの流れを汲む旧美徳党党首レジャイ・クタンらの古参幹部は至福党を起こし、旧美徳党系政党は分裂している。

公正発展党は、当初美徳党の流れを受け継いでイスラーム化政策を強調していたが、2002年11月3日に行われた総選挙においては、イスラーム色を抑えて中道右派を標榜した。

この選挙で、公正発展党は得票率34.26%を獲得して第1党となり、得票率10%に満たない政党には議席が配分されないトルコの選挙制度に基づいて550議席中363議席を獲得する地すべり的な勝利を収め、単独与党となった。このとき、エルドアン党首は被選挙権が剥奪されていたために議員になれず、首相には副党首のギュルが就任する。エルドアンが被選挙権を回復して補欠選挙に当選し、首相に就任するのは翌2003年の3月である。

公正発展党は、結党直後から、軍部や司法関係者からは、国是である世俗主義原則を脅かす存在として警戒心をもって見られてきた。2002年の総選挙では、投票直前の10月23日に、検事総長によって公正発展党解散に向けた提訴が行われたが、却下される事件も起きた。

2007年に、司法界出身で世俗主義擁護派で知られたセゼル大統領が任期満了を迎えるにあたり、後任の大統領候補として、副首相兼外相のギュルを擁立した。しかし、ギュルは、軍によって「宗教的反動勢力」として認定・弾圧された福祉党出身であり、また「イスラーム復興」を縹渺しているため、世俗主義擁護派の世論の猛反発を受けるなど、政教分離をめぐる論争では、世俗主義勢力と明白な緊張関係にある。

ギュルの大統領選擁立問題をめぐり、公正発展党政権は、ギュルの大統領選出が、議会における大統領選挙結果が憲法裁判所に違憲と判断されたことにより頓挫したことを受けて、国民の信を問うとして同年7月22日に前倒しで総選挙を実施。5年間の同党政権下での経済発展の継続を訴えたこの選挙で、公正発展党は前回選挙の得票率を10ポイント以上上回る得票率46.7%を獲得、再び議会の過半数を制した。

2014年8月、党首であったエルドアンが大統領となったため党を離れ、後任の党首にアフメト・ダウトオールが就いた。

政策[編集]

公正発展党は、2001年の結党から2002年の総選挙までの間は、公共の場での飲酒やレストランでのアルコール飲料の販売の禁止をうったえるなど、急進的なイスラーム化政策を打ち出すこともあった。その後、選挙運動中および選挙後は改革政党としての面を前面に出し、また、国会議場でのスカーフ着用問題を回避するため、女性立候補者はすべてスカーフを着用しない人物を登用するなど、イスラーム色を抑え、中道右派を標榜している。

しかし、翌2003年には、イラク戦争時の米軍の領内通過案(大量の造反者を出し、賛成票が反対票を上回るものの、出席議員の過半数に満たず、否決)や、刑法改正(姦通罪の新設を目指すが、民法上の妻以外に私的に複数の妻を持つ公正発展党議員が反対。条項廃案。[要出典])など、イスラームが絡む場面では大量の造反者を出しており、必ずしもイスラーム色が抑えられているとはいいがたいところを見せている。

名称[編集]

同党の正式名称は公正発展党Adalet ve Kalkınma Partisi 英語名称は"Justice and Development Party")だが、この呼称が使われることは、一般の報道をはじめ、公正発展党自らの選挙ポスターなどですらほとんど無く、通常はAK Parti(発音:アク・パルティ)の呼称が用いられる。AKとはトルコ語で「白色」を意味するが、通常使われるBeyazと異なり、「正義」や「公正」といった意味も含まれる。

シンボルマークは光る電球。標語は公式のものではないが、「すべてはトルコのために(Her Şey Türkiye İçin)」が好んで用いられる。地方選挙などでは、トルコの部分が自治体名に変えられることもある。

総選挙での得票率、獲得議席数[編集]

公正発展党が参加した総選挙での得票率、獲得議席数は以下の通り[3][4][5]

党首 得票数 得票率 獲得議席
2002年 レジェップ・タイイップ・エルドアン 10,808,229 34.3% 363
2007年 レジェップ・タイイップ・エルドアン 16,340,534 46.7% 341
2011年 レジェップ・タイイップ・エルドアン 49.8% 327

歴代党首[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Türkiye Büyük Millet Meclisi Milletvekilleri Dağılımı”. Türkiye Büyük Millet Meclisi. 2014年8月31日閲覧。
  2. ^ EPP broke promise to upgrade AK Party to full membership” (英語). AKPARTI ENGLISH. 2013年11月12日閲覧。
  3. ^ Milletvekili Genel Seçimi sonuçları (トルコ政府統計局 国政選挙結果 1983年-2002年)
  4. ^ Ntvmsnbc Secim 2007(NTV MSN NBC 2007年総選挙結果特集(トルコ語))
  5. ^ AK Parti”. AECR. 2014年8月31日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]